やきもち
「ごめん。おまたせ!秀…、一……」
また、だ。
今日は、秀一と外に出かける約束をしていた。
そして今少し遅れて俺は待ち合わせ場所についたのだけれど、奴は近くの喫煙所で煙草を吸っていたようだ。
………数人の女子に囲まれて。
秀一はイケメンだ、それは俺も認める。
それに加えてスタイルの良さやクールさを持ち合わせていて、結構女子にはモテるようだ。
解せない。安室さんが女子に囲まれているのはよく見るしそれは俺も納得できる。
しかしこいつが女性に好かれているのはなんだかわからないけどイライラするのだ。
安室さんほど近づきやすいわけじゃないから、秀一がナンパされている場面を多く見るわけではないけれどそれでもごくたまにこうやって女性に話しかけられている。
「ぐぬ……許さん男の敵……」
小さくて可愛らしい女子に話しかけられて、それを見下ろしながら優雅に煙草を吸う恋人を見ていたらイライラでなんだか出かけるどころではなくなってきた。
おそらく優雅に立っているというわけでなく、こいつらをどうやって躱すかくらいのことを考えているのだろうけれどそれはそれでムカつく…
童貞に喧嘩を売っているとしか思えない。
少し離れたところで佇んでその様子を睨んでいると、どうやらこちらに気付いた恋人が助かったとばかりに煙草を灰皿に押し付けた。
もう我慢ならん。
俺は女性から離れてゆっくり近づいてくる恋人に思い切り叫んだ。
「秀一の馬鹿野郎!!もう二度と顔見せんな!!!バーーカ!!」
「お、っおい…」
力任せに声を出すと、俺は来た道を走って引き返した。
いつもなら気にしないけれど今日はなんだか許せなかった。
秀一が何か言っているようだったが気にしない。あんなやつもう知らん。
「はっ……っはぁ…はぁ…」
ダメだ…走ってきたはいいけれど体力が持たない……
家まで全部走って帰るのは無理そうだ。
ぜぇぜぇと乱れる息を整えながら、とぼとぼと来た道を歩く。
さっきのことを思い返していると少しずつ頭が冷えてきた。
二人で出かける約束をしていたのに勝手に一人で怒って帰ってきてしまったことだとか、もう顔見せんなとかひどいことを言ってしまったことだとか。
もしかしたら秀一怒っているかもしれない…別れるって言われたらどうしよう。
どうやって謝ったら許してくれるか考えて少し泣きそうになりながら自分の家のドアを開けようとしたところで、突然肩を掴まれた。
「……へ…?」
「…はぁ…どうしたんだ急に…」
振り返ると少しだけ息を乱した恋人がいた。
ここまで走って追いかけてきてくれたのだろうか。
急に帰ってきてしまった俺にも全く怒っていないようで、なんて心が広い男なのだと感動する。
とにかく悪いことをしたのは俺の方なのだからちゃんと謝らなければ。
「…秀一……ごめ、」
「…どうした?体調悪いのか?」
「……は??」
俺が謝ろうと口を開くと、秀一は手首を掴んで俺を引き寄せると顔を覗き込んできた。
こいつは今何と言った?体調が悪い…?
俺が怒っていることにも気づかずに追いかけてきたのかこいつ…
驚いて呆けていたけれど、なんだか再びイライラしてきた。
反省していた俺の心を返せ。
「もういい!離せ…!」
「…??何を怒っているんだ?」
「うるさい!変態!触るな!」
「…おっ、おい……ちょっと来い」
「は?おい離せ!スケベ男!」
マンションの廊下で大きな声で叫んでいると、焦ったような声を出した秀一に家の中に押し込まれた。
手首を掴まれながらバタバタと抵抗する。
「おい落ち着け…」
「うるさっ…んん…」
玄関に入ってすぐに、手首を掴んでいるのと反対の手が腰に回されたかと思うとキスで口を塞がれた。
必死に肩を押して抵抗する。
今はそんな気分ではないし俺は怒っているのだ。
しかし俺の抵抗なんて気にしていないかのように秀一は俺の口内に舌を入れてきた。
「んっ…ふぁ…」
必死に抵抗するけれどそれも関係ないかのように舌が絡め取られる。
この手の深いキスには未だに慣れることが出来ない。
最終的に俺は身体を強張らせたまま秀一にしがみついた。
何度も舌で口内をなぞられて、思考がとろとろとしてきたところでゆっくりと口が離される。
「は…ぁ…てめ……」
「……晶太、どうした?俺が何かしたか?」
「……………」
力がうまく入らない体を支えられながら、顔を覗き込まれる。
いつもより優しい声色に少しだけ安心してしまうのがすごく悔しくて、俺はぎゅっと恋人のシャツを握った。
「…………ん?」
「秀一が、女の子といるから…」
「………っ……」
ぼそぼそと小さな声を出す。
次に話すことを考えながら、だんだん自分の怒っている理由が小さすぎて恥ずかしくなってきた。
あんなに暴れて怒ったのに理由が完全に童貞で、この時点で完全に俺の敗北が決定している。
10:0で俺が悪い。
「俺は、女の子にナンパなんてされたことないのにずるい……」
「……は??」
「なんだよ!!小さくて悪かったな!どうせ童貞だよ!」
最後まで理由を話し終わると、今まで真剣な顔で聞いていた恋人が呆けたような声を出した。
なんだか恥ずかしくなった俺は胸元を掴みながら反抗する。
うるさい。俺だってお前みたいにイケメンに生まれて一人でもいいから彼女が欲しかったと言っているんだ。
別に秀一に不満があるわけではないしむしろ好きだけれど、人生に一度くらいは彼女がいてもいいと思うのだ。
「……俺は、」
「……なんだよ?」
「お前は、俺が女性に取られそうだから嫉妬してくれたと思ったのだが。」
「……えっ…」
一瞬、意味が理解できなかった。
誰が何に嫉妬してるって……?
「…………嫉妬…?」
「……ぁあ。」
「………嫉妬…、」
少しずつ頭が冷静になるのと同時にじわじわと顔が赤くなっていって、それが少しずつ体に広がっていくのを感じた。
いや、俺は女の子に声をかけられている秀一が羨ましくて…、でも安室さんにはそんなこと思った事がなくて。
じゃあ、俺は何に怒っていたんだ…?
シャツをぎゅっと握りながら懸命に頭を動かす。
顔が熱くてうまく頭が回らない。
「……晶太?」
「う、うるせえ!こっちみんな!」
恥ずかしくて目の前がぐるぐるする。
なんだか楽しそうに俺の名前を呼ぶ恋人が憎らしくて仕方がなかった。
俺が秀一に嫉妬なんて、こいつはなんて馬鹿なことを言うんだ。
俺はそんな女々しい人間じゃなかったはずだ。
そう思うのに、どんどん顔が熱くなっていって爆発してしまいそうだった。
「晶太、……晶太。」
「やめろ!嬉しそうな声を出すな!」
「……嬉しいからな。」
こいつはこんなに余裕そうなのにどうして俺だけこんなに動揺しないといけないのか。
どうにかしてこいつを出し抜いてやりたい。
そう思った俺は、掴んでいたシャツを思い切り引き寄せた。
気を抜いていた秀一が少しだけよろけて傾いてきた、その隙に奴の唇を舐める。
「……っ……、」
「嫉妬、した。……だから俺が一番だって証明しろよ。」
驚いて目を見開く恋人の胸元に縋りながら甘えたような声を出した。
すると思惑通り恋人が息を呑むのがわかる。
よし、これで顔を上げてからかってやれば完璧だ。ざまあみやがれ。
そう思っていると、突然俺の体が恋人によって抱え上げられた。
「うわぁ!?なに!?離せっ!」
「安心しろ。優しくする。」
「えっ…どういう……やめっ…うわぁ!?」
俺を抱え上げた恋人は、俺の制止の声も聞かずにすたすたと歩くと俺をベッドに投げた。
そして俺が驚いているとすぐに上から覆いかぶさってくる。
まずい。と思って顔をあげると、俺をギラギラとした目で見下ろす恋人の姿。
この後、必死に泣きながら謝って許してもらうまで俺は奴に体をいじめられることになるのだった。