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背に腹は代えられない

「はぁ…!?痴漢被害の調査…!?」
「ん…?あぁ…そういう依頼だからな。」
「何言ってるんですか。そんなの僕が許さないです。」
「仕方ないよ。俺はこれで食べてるんだし…」

風呂上がりに麦茶を飲みながら口うるさい恋人のお説教を聞き流した。
普段から細々と探偵をして食い忍んでいる俺からしたら、浮気調査だとかそういう依頼も大事な仕事なのだ。
断れるはずもない。

「だからって……、」
「だから降谷に協力依頼してるんだよ…一応警察でしょ?そばにいて取り押さえてくれれば…」
「零、です。だからってなんで恋人が他人に触られてるのを見てないといけないんですか…」
「たのむよ!俺もう本当にお金ないんだよ。」
「…はぁ……わかりましたよ。」

なんとか頼み込んで、恋人に協力させることが出来た。
どんなに恋人が反対しようとも、もうこれ以上仕事が入らなかったら俺はもう干からびて死んでしまう。
その日は降谷が不満げにタオルを持って風呂場に行くのを苦笑しながら見送ったのだ。


「どう?完璧な女の子じゃない?似合う?」
「………はい、驚きました…。」
「へへ…今回はちょっと自信作。」

調査当日、痴漢を捕まえるために変装を施した俺は完璧な女の子に変身している。
ミルクティー色のふわふわのウィッグを被って化粧もし、少しだけ短めのスカートをはいた。
降谷と同じで俺も見た目には少しだけ自信があった。
普通にしていれば恋人ほどではないが異性にはそれなりにモテる。しかし華奢なので男受けもするのだ。降谷がいい例である。
その見た目を生かして今回は女装をしてみたのだが思いのほか似合っていて自分で新しい可能性を感じていた。
こっちを売りにして探偵業も悪くないのではないか…?

「かわいい?ねぇねぇ…」
「はいはい。可愛いです。この中はどうなっているんですか?」
「ぎゃぁ!スカート捲るな変態!」
「男物か…ところで、このスカート短すぎませんか?」
「これくらいがいいんだよ。」

戸惑いもなくスカートをめくってくる変態の手をつねりながらそんな会話をする。
もうすぐ電車が来る頃だろうか。

「どうやら、いつもこの列車の同じ時間に痴漢の被害に会う女性が多いみたいなんだ。」
「だから、その調査依頼をなまえにですか…?」
「まぁ…、男だしいいんじゃない?」
「僕が良くないんです!!!」
「はいはい。あ、来たみたいだよ?」

電車が来たので二人で乗り込む。
この時間の列車はそれなりに混んでいて少しだけ息苦しい。
俺は自分の見た目が完全に女性なのをいいことにぴったりと恋人にくっついた。
普段は、男同士だからこうやって外でくっついたりできないのだ。
いい機会だ。そう思いながら恋人の手に自分の指を絡めた。

「どう?悪くないでしょ。」
「……っ…、まぁ、悪くないです。」

照れる恋人ににこにこと笑いかける。
こうやって素直じゃないけどわかりやすいのが降谷の可愛いところだ。
しかし、何駅か通り過ぎたけれど一向に痴漢が現れない。
もしかして俺の見た目じゃ不満だったのだろうか…なんだかすこしだけショックだ…。

「わっ……」
「なまえ…っ…!」

駅について電車が止まった途端、たくさんの人が入れ替わって出入りした。
そのときの流れによって、不覚にも降谷と離れてしまう。
これでは痴漢が出たときに捕まえてもらえないじゃないか。なにをしているんだ。
そう勝手に逆切れしたけれど、もしかしたら今日はもう痴漢は出ないかもしれない。
後で合流しよう。そう考えて俺はおとなしく電車に揺られた。

「………?」

それから少し経った頃、なんだか腰になにか触れた感触がしたのだ。
気のせいだろうか。
そう思っていると今度は確かに男の手が自分の尻に触れた。

「……っ…!」

痴漢だ。
俺はそう確信した。
降谷は見ているかわからなかったが、このまま触らせておいて捕まえなければならない。
俺が男だと気づけば痴漢も驚いて隙を見せるはずだ。
そう考えた俺は暫く男に自分の体を触らせることにした。

「…ひっ…!?」

おとなしく立っていると、服に手を入れられて腹を撫でられる。
嘘だろ…最近の痴漢てこんなことするのか?
びっくりして少しだけ出してしまった声を抑える。
このままでは胸を触られて、すぐに俺が男だとばれてしまう。
そう思って男の手を掴んで懸命に抵抗した。

「……ふ、…っ…うそ…」

結局抵抗もむなしく男に胸を触られたのだが、関係ないというように手が止まってくれなかった。
もしかして物凄い貧乳だと思われているのだろうか。
それともホモなのか…?
そう思うと急に怖くなって俺はサッと顔色を変えた。
懸命に男の手を掴んで抵抗する。
もう逃げないとまずいと頭が警報を鳴らしているのがわかった。

「……っは…?」
バタバタと抵抗していると突然隣から手が伸びてきて俺の手首を掴んだ。
そこで気づいてしまったのだ。自分が囲まれていることに。
おいおい嘘だろ、痴漢が複数なんて情報聞いてないぞ。
それにこんなに触ってくることも聞いていない。
途端に依頼主に恨みの感情が沸いた。

これでは抵抗が全く出来ないではないか。
それをいいことに痴漢の手が自分の太ももに伸びて、内側を撫でられる。
体中がぞくぞくして本当に気持ちが悪い。
これ以上は本当にやばい、そう判断した俺は声を出そうと口を開いた。

「ち、ちょ、本当にやめ…た、助け…んんっ」

後ろから手のひらで口を塞がれた。
これでは抵抗もできなければ助けも呼べない。
怖くて涙が出てくるのがわかった。
こんな依頼受けなければよかったのだ。恋人の言う通りだった。
怖くなって抵抗しながら下を向くと、ちょうど自分のパンツに痴漢が手を入れようとしているのが見えた。
もうダメだ。そう思ってぎゅっと目を閉じる。
涙が自分の頬を伝った。

そこで、

「はい、痴漢の現行犯です。警察を呼んだので次の駅で降りてくださいね。」
「ふぇ……」

間一髪、恋人の手によって助けられたのだ。
そのあと、恐怖で震える俺の代わりに痴漢の後始末もすべて行ってくれた降谷は、俺を車に乗せて家に送ってくれた。
今は泣きながらシャワーを浴びて、紅茶を飲みながら家のソファで恋人に泣きついている。

「だから言ったじゃないですか…」
「もうこんなことしない…女装もしない…」
「はいはい。絶対やめてくださいね。」
「絶対ヤダ…もうやだ…降谷の言う通りだった…」

ぐずぐずと恋人の胸に縋りついて泣きつく。
もう本当にこりごりだった。知らない人間に体を触られるのがあんなに怖くて気持ち悪いことだとは知らなかったのだ…。
今度からはちゃんと仕事を選ぶことを心から誓いながら、俺は恋人に優しく撫でてもらうのであった。