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唐突に愛してる

ベッドに預けていた重たい頭を持ち上げる。
荒くなった息は明らかに熱を含んでいた。
視界が揺れるのは涙のせいか、それとも体調のせいなのか。
不意に、部屋の壁が数回叩かれる音がしてそちらに目を向ける。
入り口付近に立っている男は口元に手を当てながら俺の様子を確認すると、そのまま口を開いた。

「大丈夫か?」
「うるさい…出てけ」
「お前…βじゃなかったのか?」
「…っ…誰にも言うな」

油断した。
まさか薬まで飲まされるなんて。
今までΩだということは完璧に隠せていたつもりだったのに、よりにもよってライとの任務で気を抜くとは思わなかった。
いや、むしろこいつだから油断したのかもしれない。
いつの間に信頼なんてしてしまったのだろう。
この場所だってライが取ってくれたホテルで、本当に安全なのかもわからないのに。

「分かったから…少し落ち着け」
「仕事は…?」
「なんとかなった」
「…そう」

安心して吐き出した吐息に少し喘ぎが混ざって、慌てて口を塞ぐ。
相手の方を盗み見ると先程と変わらずにそこに立ち尽くしていた。
ただ、冷静な表情の中で瞳にだけは欲情の色が浮かんでいて、背中を嫌な痺れが走って慌てて目を逸らした。
これ以上一緒にいたら自分の身が危ない。
俺が我慢できたとしても、αであるライの理性がいつまで持つのか分からないのだから。
近くに投げておいたシーツを被って、目元だけ外に出した。
乱れた呼吸の音が静かな部屋で煩いくらいに響く。
もう一度目線をやれば相変わらずその色はこちらを向いていた。

「ライ…その目、やめてくんない?」
「…お前も…、…いや、なんでもない」
「…は、ぁ…な、んだよ…」

くそ…腹ん中、熱い。
なるべく相手と距離をとるために無駄に広いベッドの端に移動した。
背中が壁に当たる。
どんなに離れたとしても、ホテルの部屋ではたかが知れているのだけれど、気持ちの部分で少し楽になった。
少しでも気を紛らわせようと足先を擦り合わせていると、ライが動く気配がしたので身構えながらそちらを見る。
いつの間に用意したのか、水の入ったペットボトルを握った男はこちらに近寄ろうとしていた。

「あ、…それ以上…こっち…くんな…」
「…コードネーム」
「…っ…、出て…けよ」

一歩一歩近づくたびに強くなる甘い香りに噎せ返りそうになる。
いつでも動き出せるように体制を低くした俺を安心させるためか、ライは動きを止めると両手を小さく上げた。
それから近くにあった一人がけの椅子に腰掛ける。
長い足を組んだ男は被っていた帽子を乱暴に脱ぎ捨てた。
黒髪が流れる様子をしばらく黙って見詰めていた。

「嫌…も、出てけ…」
「無理だ。一室しか取れなかった」
「…はぁっ!?」

今こいつ、なんて言った?
まさかこんな狭い部屋でαと一緒に一晩過ごせと言うのだろうか。
しかも、フェロモンを抑えられないこの状態のまま。
うまく動かない頭でもわかる。自分は無事では済まない。

「ふざけんな野宿でもしろ」
「何があるかわかんねえだろ」
「え…?」
「…てめぇで身守れんのか?」

その言葉に何も返すことができなかった。
ミスをしたのは俺で、本来このホテルに泊まる予定だってなかったのだ。
実際ライだってここが本当に安全なのかわからないのだろう。
何も言えなくなった俺を確認して、ライは一つ息を吐くとポケットから取り出した煙草にマッチで火をつけた。
守ってくれると言うことだろうか。

「悪い…」
「何もしない、安心しろ」
「…うん」


「はー、っ…ぁ…く、るし…」
「……」
「ら、い…見な…で…」

あれからどのくらい経った?
一体いつまでこの地獄のような時間は続くのだろうか。
熱い。何もかもが熱い。
焦らされるような感覚の中、脳も体も痺れてしまって必死に呼吸を繰り返すことしかできなかった。
ライは相変わらず椅子に座りながら俺のことを真っ直ぐ見つめていて、その視線に貫かれることすらこの体は快感として拾い上げる。
けれどどんなに見るなと懇願しても黙ったままそのグリーンは冷たく俺の方を向いていた。

「く、そ…嫌、…も、限界…」

どうして俺だけ乱れないといけないのだ。
こんな惨めな思い、もううんざりだ。
苦しいのは向こうも同じなはず。それなのにどうして俺だけ。
これだけのフェロモンの中で、一体どんな精神力をしているのだろうか。
相手の余裕も無くしてやりたい。
あいつだって、俺のことを抱きたくて仕方がないはずだ。

「あ、違…ダメ…違う…こんなの…、俺じゃ…」
「おい…大丈夫か?」
「ライ…お、ねが…離れて…」

駄目だ。
これ以上口を開いたら何を口走るか分からない。
それは分かっているけれど、体も脳も言う事を聞かない。
必死に自分を抱きしめて抵抗していたけれどそれも結局無駄で、誰かに操られたように勝手に動いた身体が限界まで乾いてしまった口を無理やり開いた。

「な、んで…冷静でいられんの…」
「…あ?」
「俺、もうこんな…限界…なのに…は、やく…」
「…っ…、」

違う。こんなの本心じゃない。俺じゃ、ない。
腹の奥が熱くて、耐えられなくて、何度も浅い呼吸を繰り返す。
ぼやけて見えないはずなのに、ライの喉が上下に動くのがやけに鮮明に見えた。
途端、一気に彼の香りが強くなった。
やばい。逃げないと。
焦って動かした足先がシーツを擦った。
思考がうまく回らない。
うなじ辺りから生まれた甘い痺れがゆっくりと背中を滑り落ちていく。
何とか持ち上げていた頭が酷く重くて、そのままベッドにひれ伏すような体制で倒れ込んだ。

「冷静に見えるか?…今すぐ抱き潰してやってもいいんだぞ」
「え、ぁ…やだ…来んな…う、ごけな…」
「冗談だ…落ち着け。水飲め、ほら」
「あ、…触っちゃ…」

力の抜けた体が男の手で乱暴に抱き起こされた。
中の疼きが酷くなって、苦しくて抵抗しようとしたけれどいつの間にか体に力を入れられなくなっていた。
片手でペットボトルの蓋を開けたライに無理矢理飲み口を押し付けられる。
ボトルを徐々に傾けるのに従って口の中に水が流れ込んできた。
常温のはずのそれも冷たくて気持ちが良くて、必死になって与えられる水を喉に通していく。

「もういいか?」
「は…もっと…足りな」

飲み切れなかった水が口の端を伝って首筋を流れる。
それすら気持ちが良くて、潤んだままの目を細めた。
不意に、体を支えていた男の指が首に触れた。
乾燥した指先の感触に驚いて咄嗟に顔を背ければ、ボトルの水が体にかかる。
白いシャツが張り付いて、肌が透けた。

「あ…つめた…」
「…お前な…」
「ライ…苦し…換気して…お、願い」
「…我慢しろ」

窓に手を伸ばすと、伸びてきたライの手に阻まれた。
苦しい。溺れてしまいそうだ。
触れ合った部分から広がる熱が体の中に吸い込まれる。
中、熱い。疼く。もう、これ以上は…。
先に我慢が出来なくなったのは、俺の方だった。

「…はーっ…ふ…でも…も、俺…こんな、嫌…」
「おい…コードネーム?」

駄目。もう、おかしくなる。自分がどこに居るのかすらわからない。
脳が溶ける。
よく見ると男の額には汗が浮かんでいた。
馬鹿だ。俺も、この男も。
既に感覚のない手を持ち上げてライの胸元に縋った。
それから、薄く開いた唇を男の唇に重ねる。
そのギリギリの理性、俺が引きちぎってやる。

「すきにして、いいから…」
「は、…クソ」
「ライ…、来て…早く」

蕩ける視界の中、相手の首に腕を絡める。
ライは持っていたボトルの水を全部飲み干してそのまま床に投げ捨てると、抱いていた俺の体を乱暴にベッドに押し付けた。
力の抜けた体が必要以上に押さえつけられたのと同時に、肌に張り付いていたシャツが無理やり引きちぎられた。
どうやら思っていたより相手も限界だったようだ。
汗が流れて、シーツに染みを作る。
相手の理性と一緒に自分のプライドもなくなってしまった。

「後悔するなよ」

俺の体に乗り上げて顔の横に手をついたライの長い髪の毛が、重力に従って流れ落ちる。
相手の荒い息をどこか遠くなった意識の中聞いていると、欲情の色が濃くなったエメラルドが射抜くように俺を捉えた。
首筋に顔を埋めて俺の匂いを確かめたライは、無意識に身構えた俺に不敵に笑いかける。
正気に戻った時が怖いな、なんて呟いてから鬱陶しそうに髪をかきあげるその様子を黙って見つめていた。
貪るようにキスをしたのは一体どちらからだっただろうか。