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怒るなら、上手に

人生において、刺激というものが苦手だ。
新しいことに挑戦するとか、新しい友人を作るとか。
それは些細なことから、大きなことまで、例外なく全部。
とにかく平凡が良い。
そんな俺は普通に勉強して、普通に就職をして、何の変哲もない一般人を貫いてきた。
面白みのないことで埋め尽くされる俺の人生に、唯一刺激を与えてくる幼馴染みがいる。

降谷零。
そいつは昔から何をやらせても完璧にこなす、まるで漫画のキャラクターのような全てが完璧な奴。
何故だかずっと一緒にいた俺達に共通点はほとんどなく、降谷と比べられることが特に苦痛ではなかった俺は、なんの疑問もなく一緒に過ごしてきた。
けれど今になって考えてみれば、あいつにとって一緒にいて刺激を貰えるような人間は沢山いるはずだ。
それなのに大人になって忙しいはずの今も、本当に感心するほどマメに連絡を寄越してくる。
どうして降谷のような完璧な人間がずっと俺のそばに居るのか。
それが小さな疑問としてずっと俺の中に居座っているのだった。


「…ねむい」

何度もしつこく誘われるものだから、仕方なく入店したポアロという喫茶店。
窓から差し込む光が暖かくてあくびが止まらなくなりそうだ。
俺は適当な席に座りながら笑顔を振りまいて忙しなく動く友人を眺めた。
一体どこからそんな体力が湧いてくるのだろうか。
女性からの視線を一身に集める彼の姿は俺にとっては、昔から見慣れた光景。
何を話しているのかは聞こえないけれど、会話を楽しむその横顔を何となく見つめながら時間を潰した。
珈琲を飲みながらしばらくぼうっと眺めていると、そんな俺の視線に気がついたらしい。
降谷は首をかしげて髪を揺らしながら、目を細めてこちらに微笑んだ。
柔らかく笑う彼の頬がほんの少しだけ色付いて見える。

「っ…?」

また、だ。
胸の奥で小さく何かが動いた。
少し前からずっと悩まされている、原因のわからない息苦しさ。
困惑しながら胸に手を当てていると、降谷は俺から視線を外して女性に言葉を返した。
先程の笑みはそのままに。
一体何が嬉しいのだろう。
それこそ太陽のようなその笑顔は、子供の頃を思い出させる。
何だか居た堪れなくて、目に付いたカップを持ち上げてコーヒーを口に含んだ。
それから顔を上げると、もう一度絡む視線。

「あんまり見るな…、目立つだろ…」

また目を逸らしたら、きっと怪しまれる。
そう思って細められる紺碧を眺めながら、ひらりと片手を持ち上げてぱくぱくと口だけを動かしながら声を出さずに名前を呼んだ。
この場ではきっと俺しか知らない、あいつの本当の名前。
たったの二文字だけれど、俺にとっては精一杯の感情表現。
それなのに、そんな俺を見た幼馴染みはすぐに俺から目をそらすと、女性との会話を切り上げてお盆を持ち直しながら奥に歩いていく。

「何なんだよ。忙しいヤツ…」

真面目な顔で食器を洗い始めた幼馴染みに、心の中で悪態をつく。
そもそも自分は何故ここに呼ばれたのだろうか。
これでは女性にモテるところを見せつけられただけだ。
確かに降谷の作る飯は美味い。
けれど手料理を食べるのは初めてではないし、そもそもこんなところ来なくても「なまえには栄養が足りてない」だのなんだの理由をつけて作ってくれる。
それなのに、どうして。
ふと湧いた疑問はいくら考えても答えを出すことが出来なくて、やがて俺はそれを放棄することにした。

「、…んー…」

頬杖をついたまま、小指で乾燥した唇に触れる。
先程感じた心臓の動きが気になって仕方がない。
自分の、いちばん苦手な感覚。
落ち着かなくて指先でカップを何度か引っ掻いた。
緊張するとか、ドキドキするとか、それが生きている中で1番苦手で、嫌いなことだった。
それを感じたらドラマも映画も途中で見るのを辞めてしまう程。
理由はわからないけれど今の俺は確かに緊張している。
さっきの降谷の笑顔が、頬の赤らみが、頭から離れない。
深くは考えなかった。考えられなかった。
心臓が握られるようなその感覚がただただ気持ち悪くて。
とにかくその日俺は、逃げるようにその店を後にしたのだ。


「なまえっ!!!」
「…あ、降谷」

あれから数週間。
よくわからないけれど、あの時感じた緊張は降谷が原因だと思った。
だから、距離を置いた。
それなのに俺の手首を握るのは他でもない幼馴染み自身で。
振り返るとスーツのジャケットを腕にかけた幼馴染みが、息を切らせて立っていた。
珍しく髪を乱して、ネクタイも曲がっていて、そして目の下には隈。
一体何日寝ていないのか。いつも完璧なはずの幼馴染みの、初めて見るその姿が少し痛々しくてドキリとした。
まただ、あの感覚。
心臓がいつもと違う動きをする、あの感覚。
嫌だ。逃げ出したい。そんな感情が内側から湧き出して止まらなくなる。

「っぁ、」
「どうして逃げた?僕がどれだけ心配したと…っ」
「うん、ごめん…で、も…しばらく放っといて」
「…、なまえ?」

電話もメールも返さなかったのは悪かったと思っている。
でも、今は会いたくない。
胸のあたりを握りながら俯く俺を見て、つり上がっていた降谷の眉が次第に戻っていく。
力強く握られていた手首も、いつの間にか解放されていた。

「…どうした?」
「な、んでも…」
「無いって顔じゃない」
「…ぅ、…」
「僕には言えないようなことか?」

心配性なところは、昔から変わらない。
自分がどんな顔をしているのかわからないけれど、今のお前よりはマシだと言ってやりたくなった。
それなのに胸を押さえていた俺の手首を優しく握りながら、顔を覗き込んで本当に心配そうに眉を下げるものだから、また胸が痛くなる。
いつもより近くに感じる降谷のにおいが、痛い、苦しい。
さっさと逃げてしまいたい。
だから、渋々口を開いた。

「ぁ、…最近降谷といると、変なんだ…ここ、ずっと握られてるみたいで、苦しくて…」
「…っ…は、?」
「よく分からないけど…そのうち慣れると思うから、それまで待って欲しい」

もう、隠したって仕方がない。
服の上から胸を押さえながら、真剣に相手の顔を見上げた。
さっきまで心配顔だったはずの降谷のタレ目がちな瞳が見開かれて、光を取り込んだ空色がいつもより薄く見えた。
それから、俺から手を離した幼馴染みは顔を抑えながら大きなため息をつく。
まるで呆れ返ったとでも言わんばかりに。
深く、長く。

「ごめん。勝手なのは分かってるんだけど、やっぱり落ち着かなくて…連絡はこっちから…」
「…っお、前な」
「へ…何?」
「〜〜〜っなんでもない!来い!!」
「は?ちょっと、おいっ…」

話を聞いていなかったのか、降谷はジャケットを俺の頭に乱暴に被せると、腕を掴んで早足で歩き出した。
足がもつれて転びそうになりながら一歩後ろを必死でついていく。
こんなに急いで一体どこに行こうというのだろう。
頭のジャケットが邪魔で、空いている手で持ち上げた。
一体何なのだ。
言い返してやろうと顔を上げた。
けれどその時に目に入った、降谷の赤くなった耳が、俺の思考を止める。

「っあ、…」

何故だか顔が熱くて、息が止まるかと思った。