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明日の予報は2

「安室先輩!今日もよろしくお願いしますね!」
「え…?なまえくん?」

ポアロに出勤してすぐ。
目の前で嬉しそうにニコニコと笑っている彼のことを僕はまじまじと見つめた。
空いた口が塞がらないとはこういうことを言うのだろうか。
まるで、先日自分がされたことをすべて忘れてしまっているかのような、そんな無邪気な表情。
あの日の出来事は全部自分の夢だったのではないかと錯覚させられそうだ。
驚いて声も出ない僕に気付きもしないで、なまえくんはエプロンの紐を結び始めた。

「…?先輩?どうしたんですか?」

後ろで紐を結びながら彼は不思議そうにこちらを見上げると、ぱちぱちと瞬きを繰り返した。
本当に、いつも通り。以前と変わらない接し方で。
僕の顔を覗き込んで首を傾げれば、髪の毛がふわふわと動く。
返事をしない僕を心配してくれているのか、さっきまでの笑顔から一転。
彼の眉が下がっていく。

「体調悪いとか…?休みますか?」
「いえ、実はお菓子を作りすぎてしまって」
「え?お菓子…ですか?」
「はい。クッキーなんですけど特に渡す相手もいないですし、困っているんです」

作りすぎたというのは、本当だった。
渡す相手なんていっぱいいるじゃないですか!皆欲しがりますよ!
そう大きな声を出す彼に、優しく笑い返す。
コロコロと変わる表情が可愛らしい。

「なまえくんもですか?」
「そりゃあそうですよ!先輩の料理、美味しいですし」
「へえ、じゃあ良かったらなまえくん、食べに来ませんか?」
「行きます!」
「…、…」

いくら彼でも流石に来ないだろう。そう思って発した言葉。
目をキラキラと輝かせたなまえくんの食い気味な肯定の返事を聞きながら、頭が痛くなるような思いがした。
本当に、この子は。


「やったー!先輩の家だ!」
「適当にくつろいでください」
「安室先輩って畳派なんすね。なんか意外かも…」

そうですか?
曖昧に返しながらお茶を淹れようとキッチンに立つ。
きょろきょろと落ち着きなく動く彼の頭が目に入って思わず少しだけ笑ってしまった。
…それにしても、本当に来るとは思わなかった。
こんなに無防備で、本当に大丈夫なのかと心配になる。
僕が言うのも変だけれど。

「すげー!このクッキー、本当に先輩が作ったんですか?」
「はい。好きなだけ食べてください」

僕の言葉を聞いた彼の瞳が、その瞬間キラキラと輝いた。
嬉しそうな彼の顔を見て、思わず息が止まるようだった。
そんなに甘いものが好きだったのだろうか。
彼は僕に礼を言うと皿の上に並べられたクッキーを見た。
けれど、そこでぴたりと動きを止めてしまう。
焼き菓子を掴もうとした手が空中で停止した。

「どうしたんですか?何にも入ってませんから。安心してください」
「え…?なんの話ですか?…へへ、全部美味しそうでどれにしようか迷っちゃって!」
「…」

口を開けそうになる僕にはやっぱり気付きもせずに、なまえくんは嬉しそうにやっと選んだクッキーを指で掴んで口に放り込んだ。
美味しいと笑う彼は本当に嬉しそうに目を細めた。
まるで、あの日のことなんてすべて忘れてしまったかのような。
僕がもやもやする気持ちと戦っている間も、一つ、また一つと彼の口の中にクッキーが消えていく。

「せんぱい…?」

その様子をぼうっと眺めていると、いつの間にか彼が心配そうな顔でこちらを覗き込んでいだ。
口の端に、クッキーの欠片。

「安室先輩?やっぱり体調悪いんですか?もしかして、俺、無理言っちゃったかな…」
「なまえくん」
「へ?」
「無防備」

あの日と同じ台詞を呟いた僕は、彼が背もたれにしていたベッドに無理矢理彼を押し倒した。
さっきまで心配そうに僕のことを見ていたその目が、僕の下で真ん丸に見開かれて。
自分に起こったことが何もわかっていない顔。
クッキーを掴んでいたその手は力が抜けたまま放り出されている。
シーツの上で広がる短い髪を見ていたらあの日のことを思い出してゆっくりと目を細めた。

「せ、んぱ…」
「この前、僕に何されたのか覚えてないんですか?家にまで上がって」
「え…、あ…」
「逃げられないんですよ?…それとも、期待した?」

ゆっくり、ゆっくりと顔を近づけて耳元で囁くと下にいる彼が体を動かした。
顔は見えないけれど返って来たその反応に、思わずくすくすと笑う。
すると、投げ出されたままだった手が持ち上がって僕の服を掴んだ。
彼の頭を撫でている手を動かすたび、髪が指の間を通る。

「し、てな…」
「ん?…なまえくん?」

消え入りそうな声が耳元で聞こえる。
顔を上げると真っ赤に色づいた彼の顔が見えて、不意打ちに思わず驚いてしまった。
涙で潤んだその瞳から目が離せなくなる。
まさか、そんな顔をしているとは思わなかった。
驚いて目を見開いている僕を視界に入れたなまえくんは、ゆっくりと僕から視線を外す。
そして僕の服を掴んでいた手を離すと、自分の身を守るかのように胸元で握りしめた。

「だって…冗談かと思って…」
「は…?」
「先輩、女の子にモテるし、ダメダメな俺のことからかってるのかと思って、だから…」

顔の赤いなまえくんは僕から視線を逸らしたまま、落ち着かない様子できょろきょろと辺りを見る。
思わず漏れたため息に反応して、彼の体が震えたのを見逃さなかった。
閉店後に二人きりであんなことされておいて、よく気が付かないものだ。
そう思うとなんだか無性に腹が立った。
上げていた顔をもう一度彼に近づけていくと、慌てた様子で僕の肩を押した。

「や、やめ…っ」
「なんで?」
「なんでもなにも!こんなの、駄目…だから…」

吐息が感じられるその距離で。
彼からふわりと自分の作ったクッキーの甘い香りがした。
なんだか意地悪したくなった僕は舌を伸ばして、ずっと彼の口元に居座っているクッキーの欠片を舐め取る。
すると、色気のない悲鳴と共になまえくんの足が自分の下でピンと伸びるのが分かった。

「あ、わ…学生に手出すなんて…犯罪、だ…」
「学生っていっても、君は成人しているだろ?」
「そ、だけど…こんな、ヤダって言ってるのに…無理矢理したら…」

消え入りそうな声でそう呟いた彼を見て、思わず笑みを零す。
きつく閉じられているその唇に指を滑らせると、彼は自分の身を守るようにさらに体を縮ませていく。
その間も僕は彼の唇を親指で撫で続けた。
ゆっくり、意識させるようになぞったり、押したり。
その行動を繰り返した後、あの日と同じように警戒するなまえくんに向かって口を開いた。

「ねぇ、なまえくん」
「へ、…ぁ…な、に…」
「知ってますか?本当に嫌がっている人は、そんな顔しないんですよ」
「な、に…っぁ、」

いつもは元気に僕を見るその瞳が、少しずつ蕩けていくのをずっと見ていたのだ。
唇を撫でていた手を離して、今度は首を優しく撫で上げる。
人差し指と中指でゆっくり、ゆっくりと。
困惑した様子のなまえくんがひくりと喉を動かすのが伝わってきた。
すると、さっきまで固く閉じていた唇が緩んで開いていく。

「そ、な…顔って…」
「真っ赤ですよ。耳も、首も、胸元まで。ほら…」
「わ、わっ…ボタン、外したらっ…!」

反応が鈍いのを良いことにボタンに手をかける。
僕の行動に驚いて理性が戻ったのか、抵抗しようと振り上げた彼の手を反射的に掴んだ。
少々乱暴にシーツに押し付けると、驚いたのか見開かれたその瞳を見つめながら指を絡ませる。
なまえくんがベルトにつけている鍵の束が音を立てるのが静かな部屋に響き渡った。

「や、っ…せ、んぱ…」
「嫌じゃないでしょう?このまま顔を近づけたらどうなると思います?」

絡めている指を動かして間を擦ると、そのたびに彼の指先が動く。
僕の発した言葉を聞いたなまえくんの視線が僕の口元に移動して、それと同時にじわじわと顔が茹蛸の様に赤くなっていった。
僕の視線から逃げるようにぎゅっと閉じられた瞳。
それが可愛らしくて口角を上げた。
そのまま彼の返事を待たずに顔を近づけていく。

「ダメ、動い、ちゃ…や、…」
「ふぅん?」
「ひゃっ!?」

彼の言葉を無視して、震えるその唇を塞いだ。
繋いでいる手に力が入り、小さく悲鳴が聞こえる。
体を固くするなまえくんを無視して下唇を甘噛みした。
逃げるように動く彼がシーツを乱していく。
わざと音を立てて何度も触れるキスを繰り返して、稀にその唇に舌を這わせているといつしかその体から力が抜けていった。
甘い香りがする。

「あ…は…ふっ、ぁ…」
「気持ちい?」
「く、るし…」

呼吸の仕方が分からないのか苦しそうに息をする彼の、上下に動く胸元を見つめる。
けれど、潤んだその綺麗な瞳を見ていたらもう、我慢していられなかった。
もう一度唇を重ねる。
すっかり力の抜けてしまった彼の口に遠慮なしに舌を捻じ込んでやると、流石に驚いたのか鼻から抜けたような声を出しながら足を動かした。
きっと初めての経験なのだろう。
反応が良くて、もっと虐めてしまいたくなる。

「ン…ふぁ…っぁ、ッ」

甘い。焼き菓子の味。
顎を固定してやりながら口の中をくまなくなぞってやれば、やがて抵抗も弱くなっていく。
上顎を擦るたびに、彼の体がぴくぴくと反応を示すのが可愛くて、時間を忘れてその行為を繰り返した。
しばらくたってから視線をずらすと背の低いベッドから落ちた彼の片腕が視界に入る。
力の抜けたその指が畳に触れると、なまえくんは無意識なのかそこに爪を立てた。
いけない子だ。
それをやめさせるために一度唇を離せば、僕たちの間を銀色の糸が繋いで、やがてぷつりと切れてしまった。

「ダメ。僕に捕まって。離さないで」
「は、ふ…ン、ぅ…ぁ…?」

優しく手首を握って自分の方に引き寄せてやると、もうすっかり蕩けてしまった彼の瞳がぼんやりとこちらを見た。
僕の言葉を理解しているのか、それとも反射的になのか。
その手が服を掴んだのを見て優しく頭を撫でてやる。

「いい子です」
「あ、むろ…せんぱ…」
「気持ち良いからもっとしてほしいって、顔に書いてありますよ」

口の端を伝う唾液を拭ってやる。
くすくすと笑っていると、下に寝転がる彼が恥ずかしそうに頷いた。
今度はこちらが驚かされる番だった。
思わず目を見開いた僕の顔をぼんやりと見る彼が目を細めて小さく口を開く。
いつも元気にはしゃぐ彼の、見たことのない一面。
唇の間から覗く真っ赤な舌とその表情にくらくらと眩暈のような感覚。

「なまえ」

いつの間にかこちらがすっかり理性を奪われていた。
そんなことにも気が付かずに、カーテンを閉め切った静かな部屋の中。
僕は誘うように濡れて光る彼の唇に噛みついた。