魔法の言葉
※ほんのちょっとスケベです
「すまない。遅くなった、待ったか?」
「へっ…!?だ、大丈夫だよ!」
突然開けられたドアに、驚いて声が裏返った。
部屋に入ってきた恋人はタオルで頭を拭った後、下に向けていた顔を上げる。
平均よりも小さな体をさらに小さく丸めてベッドの上で毛布に包まっている俺を視界に入れると、困ったように眉を下げて笑った。
「どうした…?怖いか?」
「こ、わくないよ!ちょっと緊張してただけ…だし…」
声がどんどん小さくなって萎んでいく。
所謂恋人同士の俺達は、ようやく今夜一線を超えようとしていた。
嬉しい反面、緊張で今日まで何も手に付かなかった。
「今日じゃなくてもいいんだぞ?…無理してるなら…、」
「やだ」
「なまえ」
「今日…したい。ダメ?」
子供みたいに首を振る俺を見て恋人は一体何を思っただろう。
真面目な顔の彼が1歩ずつこちらに歩み寄るたびに、心臓がドキドキと音を立てる。
緊張で落ち着かない俺が座っている隣に腰を下ろした恋人は、安心させるように頭を撫でた。
髪の間を指が通るのが気持ちよくて目を細める。
「無理するな」
「祐也…?」
「安心しろ。なまえの嫌がることはしない」
「何にも嫌じゃないよ。…ね、ねぇ。俺、どうしたらいい…?」
色々調べたんだけど、今になったら何にもわかんなくなっちゃって。
そう言いながらもじもじと足を動かした。
毛布から少しだけはみ出した足先に恋人の指が触れる。
驚いて少しだけ肩が震えると、自分だけ緊張しているかのようで恥ずかしくなった。
「なまえ」
「な、何…?」
俯いていると大好きな低い声で名前が呼ばれて、それと同時に包まっていた毛布が取り上げられてしまった。
冷やされた部屋の空気が少しだけ肌寒い。
毛布を奪われた俺の格好を見た恋人の目が見開かれるのを確認すると、じわじわと顔に熱が集まってきて、今すぐこの場から逃げてしまいたくなった。
「…、その格好…」
「あ、えと…ズボンは別に履かなくてもいいかなって…思ったんだけど…」
少しずつ小さくなっていった声は、恋人の耳に届いただろうか。
貸してもらった彼のパジャマは俺の小さな体には大きくて。
まるでワンピースみたいになっているその服の裾を一生懸命引っ張った。
反応を示さない彼を見ながらやっぱりきちんと服を着ていれば良かったと後悔する。
嫌われたらどうしよう。
ゆっくりと息を吐き出しながら眼鏡の位置を治す彼の表情は読めない。
「あ、の…ごめんね…俺、わぁっ!?」
「嫌だったらすぐに抵抗してくれ」
「へ…!?あ、うん…わかった。」
不意打ちで肩を押されて、体がベッドに倒れ込んだ。
目を白黒させる俺に覆いかぶさってきた恋人からは、シャンプーのいい香りがする。
それと同時に部屋の電気が落とされて、心臓が1度だけ大きな音を立てた。
突然真っ暗になってしまった視界。
外した眼鏡をテーブルに置く音。
ベッドが軋む音。
そして二人分の息遣い。
いろんな音が心臓の音と混ざり合って、不安で、一生懸命腕を伸ばして恋人の服を掴んだ。
額に柔らかいものが触れて、キスをされたのだと気がつくのに少しだけ時間がかかった。
「何も見えない…けど…」
「大丈夫だ。ここにいる」
「…う、…ん…」
「ボタン、外すぞ」
瞼にも唇が落とされた。
顔の横に腕をついた恋人が、器用に片手でボタンを外していく。
こんなに暗いし眼鏡もしていないのに、どうして分かるのだろうか。
俺を不安にさせないようにか、本当にゆっくり、ゆっくりとその動作が繰り返された。
自分の肌が晒されていくのにどう反応したらいいのか分からない。
近くにいる恋人のぬくもりを感じながら、何も見えない中でしきりに視線を彷徨わせた。
「怖くないか?」
「うん…大丈夫」
「触るぞ」
「う、ん…」
その言葉通り大きな温かい掌がお腹に触れた。
喉が引き攣った音を出したのと同時に、触れた手がゆっくりと肌を滑っていく。
恋人の服を握っていた手の力を強めると、小さく笑ったのが近くで聞こえた。
「大丈夫か?」
「ぁ…うん、平気…だけど…」
「…ん?」
怖くないし、不安でもない。
優しくして貰えるのも嬉しいけれど、何だか物足りない。
不意に、恋人の息遣いが近くなったかと思うと唇に柔らかいものが触れた。
少し触れただけのその唇が離れていくのがなんだか勿体なくて、追いかけるように頭を持ち上げて自分からもう一度キスをした。
「ねぇ、もっとして…」
「…」
「あっちょ、と…そこじゃな…、うぁ…」
恋人の唇が、俺が求めていたのとは違う場所。首筋に滑った。
ちゅ、と何度もわざとらしい音を立てながら首や耳にキスが落とされる。
その間も肌に触れている手が腰から胸に上がって、快感を引き出すように動いた。
緊張よりも気持ちが勝って、冷房なんか意味がないくらい体温が上がっていく。
胸元にちくりとした痛みが走って、痕を付けられているのが分かった。
自分が裕也のものになっていくようで嬉しくて、胸がいっぱいになる。
「ゆ、や…ぁ…」
「なまえ、痛くないか…?」
「は、ぁ…い、たくない……」
なんだか恥ずかしくて、「気持ちいい」という言葉を口にすることが出来なかった。
あまりにも優しく触ってくるせいで、心臓がはち切れるのではないかと思うほど煩く音を立てた。
きっと触れられた場所から相手にも鼓動が伝わってしまっているのだろう。
強い刺激ではないのに、勝手に口から声が漏れる。
乱れる俺を心配する恋人の声が耳に届いた。
「なまえ?大丈夫か…?」
「う、ぁ…はふ…」
「こっちも触るぞ…?」
朦朧とした意識の中でキスをされながらの質問に、見えているのか分からないけれど一度だけ小さく頷いた。
なんとなく伝わったのか、恋人が次の行動に移っていく。
優しく優しく触れられるたびに心臓が押しつぶされるかのよう。
苦しい。
こんなに優しくされるなら、もっと酷くされたほうがいい。
力を入れた足先が既に乱れているシーツを掴んだ。
上半身を触っていた恋人の手がゆっくりと下に伸びて、熱を持ったそこに触れようとするのがなんとなく分かる。
「あ、待っ…て、裕也…」
「…ん?」
「も…や、だ…これ、やめて」
息も絶え絶えに恋人の手首をやんわりと握ると、すぐに動きを止めてくれた。
部屋に響くのは冷房の音と二人分の息遣い。
荒くなった息を整えながら、俺の体に覆いかぶさっている相手に抱きついて頬をすり寄せた。
しばらくすると初めの宣言通り、恋人はすぐに俺に触れていた手を離した。
「すまない。怖かったな。今日はやめて寝るか…」
「あ、…ちが…くて」
「…ん?」
申し訳なさそうな声がして言葉の選択を誤ってしまったことに気がついた。
俺が伝えたいのはそういう事じゃない。
安心させるように頭を撫でるその手が気持ち良かったけれど、今すぐ訂正しなくてはならない。
恋人の服を掴む。それと同時に部屋の電気が付けられて、さっきまでほとんど見えていなかった視界が鮮明になった。
やめてほしくない。
眩しくて目を細めた俺の前で、恋人が体を起き上がらせるのが見えてすぐにその手を掴んだ。
「違うの、祐也…やめないで」
「え…?けど今…」
「あのね…優しくしないで…おかしく、なる」
「…は?」
「もっと…酷くしてよ」
こんな恥ずかしいこと、言わせんなよ。
そう思いながら柔らかい枕に後頭部を擦る。
髪の毛が乱れていくけれど、そんなこと気にならなかった。
力の抜けていた足を伸ばして恋人の体に絡ませると、力いっぱい自分の方に引き寄せた。
不意打ちにバランスを崩した恋人が覆いかぶさってきたので、すかさず抱きしめて耳元で囁く。
もう、電気も付けたままでいいから。
「あんなに優しくされたら、俺…変になる…から」
「…、…」
「お願い…」
「…っ、くそ」
眉が顰められたかと思うと、今まで優しく触っていたその手が俺の手首を力強く掴んだ。
ついさっきまで驚いたように見開かれていた彼の目が、今は俺のことを射抜くように見つめている。
その中に欲情の色が見えて、堪らなくなった俺は思わず足先をシーツに擦り付けた。
縫い付けられた手首は動かそうとしてもびくともしない。
いつも俺の作った料理を美味しそうに食べてくれる大きな口が開かれて。
そのまま首筋に顔を埋めたかと思うと、強く噛みつかれて体が大きく震えた。
「ひゃ、あ…ぁ」
「もう、手加減してやれないぞ」
耳元で囁かれたその声に小さく頷くと、唯一身に着けていた下着に手が掛けられる。
涙で滲む視界。
噛み付いたそこを労わるように優しく這う舌の感触が快感に変化して、ゾクゾクと背中を駆けていった。
少しだけカサついた手が体に触れるたびに口から吐息が漏れる。
「逃げるな」
あ、やばい。
そう思った時にはもう遅くて、さっきまでの彼からは考えられないくらい乱暴に下着が脱がされた。
ギラギラと光る瞳に見つめられると心臓が煩く音を立てた。
胸がぎゅうっと締め付けられるようで、苦しい。
これじゃ、結局さっきと何も変わらない。
「よそ見するな、なまえ」
「ひ、ぁっ…急に…触っ、ちゃ…ン、ッ…」
突然、緩く勃ち上がったそこを握られた。
勝手に漏れる声を抑えようと片手で口を塞ぐ
必死に鼻で呼吸をするたびに上下する胸の突起に親指が触れると、顔に熱が集まっていくのを感じた。
すると、口元に当てていた手が掴まれて代わりに恋人の唇で口が塞がれた。
触れるだけの可愛いものではなく、食らうような激しいキス。
まるで口の中の空気まで奪われていくような行為に、息が苦しくなって思わず足をばたつかせた。
「は…、なまえ。鼻で呼吸しろ。できるな?」
「…ふぁ、は…ふ…」
こくこくと何度も頷くと、いい子だとばかりに頭が撫でられる。
気持ちいい。
視界が蕩けて、内腿が震える。
縋るために恋人に手を伸ばすと、いつの間に服を脱いだのか汗ばんだ胸元に触れた。
耳元で吐き出される吐息。
大きな手の感触。
全部が熱くて、苦しい。
「好きだ。なまえ」
「ぁ…俺、も…」
自分を抱こうとする恋人の顔が、その瞳に映る自分の顔が、はっきりと見える。
電気くらい消してもらえばよかった。
後悔した時には既に遅い。
ゆるゆると呑まれていく意識の中、恋人に全てを委ねるように瞳を閉じると、その大きな体に思い切り抱きついた。