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微熱の始まり2

※ちょっとだけ注意

仕事終わりの飲み会の席で、酔いつぶれる風見さんはいつも以上に目立っていた。
酔っ払うなんて珍しい、だとか好き勝手に言われている彼を少しだけ離れた席で眺める。
この間の一件以来なんだか避けられているような、そんな気がするのはきっと間違いではないと思う。
今も、皆に心配されるほどに彼の様子がおかしいのは俺のせいなのだろうか。
そう思ったら胸の辺りがチクチクと痛んで、美味しくもない酒を一気に飲み干した。

しばらくすると、話題は風見さんをどうやって帰らせるかという方向に変わっていった。
肩を叩いても反応しない彼を皆は心配そうに眺めている。
それを他人事のように見ていると一人の同僚が俺に耳打ちしてきた。
「降谷さんに連絡した方が良いのではないか」と。
俺には関係ない。
そう思っていたのだけれど、その名前を聞いた途端に対抗心のようなものが胸の中をいっぱいに満たして、居てもたってもいられなくなった。
思い出すのはあの日、降谷さんの話を楽しそうにする彼の姿。
誰が渡すもんか。
ゆっくりと席から立ち上がると、同僚の制止の声も聞かずに風見さんに近づいていった。


「あー、…重い…しんど」

好きな人。しかも上司を自分の家にお持ち帰りだなんて、自分は何を考えているのだろうか。
すっかり眠ってしまっている風見さんを自宅のベッドに転がした俺は、力尽きたようにそのまま床に座り込んだ。
普段から鍛えてはいるのだけれど、意識のない人間を一人で運ぶのがこんなにしんどいとは。
特に風見さんと俺では身長も体格も違い過ぎる。
とりあえず息を整えた俺は、彼が明日仕事なのかを確認するためにポケットから携帯を取り出した。
連絡先を開くとすぐに見つかる降谷の文字。
あの日のことを思い出して不意にベッドに目をやれば、顔を赤くしたまますやすやと眠りこける上司が視界に入る。
俺の苦労も、今日までの悩みも、全部知らないかのような顔。
それを眺めていたらなんだかもやもやしてきて、立ち上がって風見さんに近づいた。

「ねぇ、なんで避けるの?気まずくなった?」

苦しそうな首元に手を伸ばしてネクタイを緩めていると、鼻の奥がツンと痛くなった。
こんなに苦しいのなら、あの時風見さんを酔わせようなんて思わなければよかった。
全然面白くなんかないじゃないか。
降谷さんに怒りをぶつけたところで何にもならないことは理解しているはずなのに、そう思わずにはいられなかった。
こんなに好きなのに、どうして。
じわじわと滲んでいく視界。
目に溜めきれなくなった涙が頬を伝って落ちていく。
零れ落ちた涙が風見さんの頬にぶつかると、閉じていたその瞳がゆっくりと開いていく。
起こしてしまった。
突然のことに反応ができなくて、咄嗟に反応することができなかった。

「…ん」
「あ、…」
「みょうじ…?」

初めはぼんやりと天井を見つめていた彼の瞳が、ゆっくりとこちらを向いた。
うわ言のように呟かれた自分の苗字。
あの時は名前で呼んでくれたのに。
まるであの日起きたこと全部が都合の良い夢だったかのようだ。
俺の姿を捉えたその途端に大きく見開かれたその瞳を確認すると、一気に我に返ったような気分になった。

「おい…どうした?」
「な、んでもない…です」

慌てて目元を擦った俺を見て驚いたのか、いつもより上擦った上司の声が耳に届いた。
成人してるくせに、子供みたいに泣いてしまうなんて恥ずかしい。
別に酔っているわけでもないのに、自分はどうしてしまったのだろうか。
とめどなく流れる涙を止めることができなくてベッドから上半身を起こした上司から必死に顔を逸らした。

「どこか、…痛いのか?」
「ど、こか…」

胸が痛い。苦しい。
思わず胸元を押さえた俺を見た上司の眉間に皺が寄ったのを見逃さなかった。
今更心配なんかするなよ。ずっと俺のことを避けてたのはあんたじゃないか。
どうやって誤魔化したらいいのか分からなくて、逃げるように少しずつ後ろに下がっていった。

「あ、俺、大丈夫…だから…へ、…わぁっ!?」
「みょうじっ!」

涙で視界がぼやけていたせいか、それとも動揺していたのか。
一歩ずつ後ろに下がっていた足が床に落ちていた水筒を踏みつけた。
その拍子に身体が後ろに傾いて、ぐるん、と視界が回る。
白い天井が見えてすぐに思い切り目を瞑った俺の耳に届いたのは、上司のいつも以上に大きな声。
情けないけれど動揺して冷静な判断をすることができなかった。
けれど、いつまでたっても衝撃に備えていた体に痛みが訪れることはなかった。

「…っ…あれ…?」
「おい、…大丈夫か?」

恐る恐る目を開けると、視界に広がるのは真っ白な天井。
体に伝わってくるこの温もりは一体何なのか。
恐る恐る首を動かせば、自分に覆いかぶさる上司の姿が見えて途端に心臓が煩く動き出した。
庇うように頭の下に入れられた腕のおかげで、まるで抱きしめられているような体制で。
自覚した途端に鼻を掠めるのは、物が少ないあの部屋と同じ香り。
それと混ざり合う酒の匂いがじんわりと脳を犯していく。
思わず背中に回して抱きしめ返そうとしてしまった腕を、最後の理性を使ってゆっくりと床に下ろした。

「…みょうじ?」
「え…あ、すいませ…」
「怪我、してないか?」

近すぎて、このままでは唇が耳にぶつかってしまいそうだ。
耳に当たる吐息がくすぐったくて、一気に熱が顔に集まった。
低くて優しくて、心地が良い音の振動。
風見さんの口元から与えられる刺激が確実に俺を追い込んでいく。
当の本人はそれに気が付いていないのか、覆いかぶさった体制のまま俺の心配を続けた。

「…みょうじ?」
「あ、もう…大丈夫…だから…っぁ」

震える片手を持ち上げてやんわりと肩を押せば、彼は抵抗することもなく起き上がった。
温もりが離れていったにもかかわらず体の火照りが引いていかない。
俺は今、どうしようもなく情けない顔をしているに違いない。
上司の両目がそんな俺の姿を確認した瞬間、これでもかというくらいに大きく見開かれた。
それはきっと冷めない顔の熱だとか、先ほどよりもぼやけて見える視界が関係しているのだろう。
恥ずかしくて顔を逸らしながら、少しだけ乱れた息を整えようと懸命に息を吸った。

「お酒…」
「…ん?」
「…弱いならあんまり飲まない方が良いですよ。こんな簡単に部屋に連れ込まれるなんて、無防備だ」
「…、…」
「風見さん…?」

肩を掴む左手に少しだけ力を入れた。
返事がないことが不思議で思わず見上げると、俺を見つめていた上司の視線が投げ出された俺の右手にゆっくりと移動していた。
少しだけ力を入れれば、自分が今までずっと何かを持っていたことに気が付く。
俺の手は手放すことなく大切な携帯をしっかりと握っていた。
そこに表示されているのは先程見ていた降谷さんの連絡先。
途端に眉間に寄った皺と、こちらを射抜くように鋭くなった視線。
上司のまとう雰囲気が変わったことに気がついた脳みそが警報を鳴らしたけれど、咄嗟に動くことが出来なかった。

「無防備…?」
「…え、か、ざみさ…」
「こんな簡単に部屋に入れて、無防備なのはどっちだ?」

握っていた携帯が少し乱暴に取り上げられて代わりに指が絡められる。
彼の鋭い視線が目を逸らすことを許さない。
鎖骨の間に少しだけカサついた指が触れれば、大袈裟に身体が震えた。
俺の反応を見たその目が更に細められるのを、ぼやける視界の中で確認することができた。
ゆっくりと焦らすように鎖骨から喉を滑って上がっていく指が、確実に自分を追い込んでいく。
喉が鳴るのを抑えることができなかった。

「…ひ、…ん、ぅ」
「みょうじ」

首を撫でていた指が優しく頬に触れた。
真剣な顔から目が離せなくて、痺れてしまったみたいに後頭部がじんじんする。
大好きな名前を呼ぼうと口を開いても、思ったように喋ることができなかった。
何とか出そうとした声が空気を震わせることはなくて。もどかしい。
頬を撫でる上司の手の動きはまるでその感触を覚えさせるかのようだ。

「この前のこと」
「…へ、…」
「覚えてるか」

その質問を頭が理解するよりも先に、風見さんの親指が唇に触れた。
何度も何度も、押したりなぞったり動き回る指の感触を追っているうちに少しずつ思考がぼんやりとしてくる。
気持ち良い。もっと、触って欲しい。
蕩けていく視界に身を任せていると、すっかり開いてしまった口に風見さんの指がゆっくりと差し込まれた。
抵抗することもなくそれを咥えた俺を見た彼は少しだけ眉を動かす。

「…どうだ?」
「…ふ、ぁ…ン、ん…ッお、ぼえて…る…」

人差し指と中指が口の中を掻き回す。
自分が一体何をされているのか、もう考えている余裕はなかった。
二本の指は無防備な舌を挟み込んで引っ張ったり、壁をなぞったり。好き勝手に動き回る。
飲み込むことができなかった唾液が口の端を伝っていく感覚と、蕩けていく視界。
動かない思考の中で、必死に上司の質問を理解しようと努力した。

「ン…う、ぁ…きもち…良かった…です…」
「…、…また、してほしいか?」

狙ったかのように指で上顎を擦られた途端、ぞくぞくと甘い快感が背中を駆け上がった。
力の抜けていた足で床を擦る。
指を噛まないように質問に答える間にも、絡められている指が優しく握り返された。
もう、時間の感覚もわからない。
やがて口内を暴れていた指がゆっくりと引き抜かれると、乱暴に外された彼の眼鏡が床に置かれた音が耳に届いた。

「…、…」
「ん…?」
「し、てほし…、…」

もう、何も考えられない。
ただ与えられる刺激が心地よくて、いつもより鋭いその瞳を見つめ返す。
吐息が感じられるほどに近づいてきた唇に、自分から噛み付くようにキスをした。
恥ずかしいなんて感情はもうどこかに置いてきてしまったようだ。
触れ合ってすぐに侵入してきた舌に体を震わせる。
固まって動けずにいると、舌を動かせと言わんばかりに俺の顎を掴んでいた指でとんとんと頬を叩かれて、思わず夢中になってその要求に応えた。

「ン…ふぁ、…ぁっぅ…」

鼻から抜けたような自分の声と水音が、狭い部屋に響く。
今度は舌で上顎をなぞられる刺激に、反射的に指先を動かすと先ほど投げるように置かれた眼鏡のフレームが指先に触れた。
この前経験したあの呑まれるような熱が身体を襲って、もう戻れなくなりそうだ。
風見さんの口から吐き出される熱い吐息が、ぎらぎらと欲情した視線が、気持ち良くて仕方がない。

「う、ぁっ…はっ…ふ」
「なまえ、」
「あ、…も、っと…」
「は、っ…」

太腿に固いものが押し付けられていることに気が付いて、開いていた目を細めた。
溜まっていた涙が頬を伝って流れ落ちる。
きもちいい。何も考えられない。
自分のよりも大きくて少しだけカサついた手が、いつの間にか乱れていた服から侵入して肌に触れた。
その手がへその辺りからゆっくりと体を撫で上げて、そのまま胸に伸びる。
まるで女の子でも触るみたいな優しいその手付きのせいで、自分の性別すら忘れてしまいそうだ。

「か、ざみさん…すき…」

うわ言みたいに呟いた俺の言葉を聞いた風見さんは、まだ少しだけ赤みを帯びた顔で愛おしそうにこちらを見降ろした。
汗の滲む額、余裕のない顔。
目を逸らさないで欲しくて、呂律の回らない状態で懸命に彼の名前を呼ぶ。
ぼんやりする思考の中うまく音を聞き取れない俺に気が付いたのか、彼は返事の代わりに触れるだけのキスを落とした。
この上ない幸福を感じながら、大きな手に服を脱がされるその様子をただ他人事のように眺めていた。