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微熱の始まり

※ゼロ茶ネタあります。注意

風見さんのことが好きだ。
一体いつからその感情が芽生えたのか。
それは分からないけれど、いつの日か彼のことを目で追うようになっていた。
真面目で、正義感が強くて、強い意志の宿った瞳がとても格好良い。
そんな魅力的な上司に片思いしている俺の気持ちを知っているのは、同じく上司である降谷さんだけ。
いつも真面目に聞いてくれる彼にはすごく感謝している。

風見と一緒に酒を飲むと面白いものが見られる
ある日、降谷さんにそんなことを言われた俺は思わず目の前で楽しそうに細められる瞳を見つめた。
一体、何が見られるというのだろうか。
それよりも、降谷さん、風見さんと二人で飲みに行ったんだ。
羨ましいという感情が膨れ上がった俺は、思わず目つきが悪くなるのを隠すためにそっと目を逸らした。
分かりやすかっただろうし、隠せていなかったと思う。けれど、どうやら見逃して貰えたらしい。
上司は俺の反応を見ながら相変わらず楽しそうに笑っていた。
とにかくやってみろ。
彼のその言葉がずっと頭の中を回っていた。


「お邪魔します」
「あぁ。よく来たな」
「すいません。せっかくの休日なのに押しかけてしまって」

結局、すんなりと一緒にお酒を飲む許可を貰ってしまった俺は、彼の家にお邪魔することになった。
ラフな格好で出迎えてくれた風見さんが新鮮で、思わず目を輝かせたのを見られてはいなかっただろうか。
通された玄関に足を踏み入れた途端にいい香りがして、落ち着かない心臓を抑えつけるように胸に手を当てた。

「気にしないでくれ。迷惑なら断っているよ」

そう言いながら呆れたように眉を下げる風見さんが眩しくて何度も瞬きを繰り返す。
目の前で光が弾けるような感覚。ぼやけてしまった焦点を合わせようとまっすぐ彼の目を見た。
風見さんの眉間に寄っている皺が相変わらず存在を主張していて。
思わずそこに伸びそうになった手を静かに下ろしながら、他愛のない会話を続けた。
仕事のことや、降谷さんのこと。
終わりがないと思われた会話がひと段落して、部屋に向かって歩き出した風見さんの後を追いかけた。
広い背中をぼうっと眺める。
やっぱり、格好いい。

「みょうじ」
「へ!?あ…なんでしょうか」
「…どうした?ぼうっとして」

彼がふいにこちらを振り返るので、驚いた心臓が一度だけ大きな音を立てた。
完全に気を抜いていた。
変な顔、していなかっただろうか。
慌てる俺が手に持っていたビニールの袋を、風見さんの手が取り上げるように受け取った。
ここに来る途中に買った酒やつまみ。
風見さんはそれを見せつけるように持ち上げると再び歩き出した。
どうやら変な顔を見られていなかったようで安心して立ち止まっていた俺は、不審に思われないように慌ててその後を追った。

「風見さん、意外に部屋綺麗なんすね…」
「どういう意味だ」
「いや、いつも忙しそうだし」

綺麗に整頓された部屋をきょろきょろと見渡す。
お前が来るから片付けたんだよ。
そう恥ずかしそうに呟いた風見さんの言葉に、一瞬だけ息が詰まった。

「ほら、いいから座れ」
「失礼します」

彼の香りにつつまれた、物の少ない部屋の中。
真ん中にぽつんと置かれたテーブルを挟んで向かい合って座ったその時に、やっぱり二人きりだなんて失敗したかな。なんて少しだけ後悔した。
いつも、どうやって話していただろう。
会話が続かなかったらどうしようか。
そう思いながら袋の中身をテーブルに広げる彼の手元を見つめた。

「降谷さんも、呼んだ方が良かったですかね」
「…、…それは勘弁してほしいな」

そんな俺の冗談をきっかけに、2人での飲み会が始まったのだった。


「あ、の…風見さん…?大丈夫ですか…?」

やってしまった。
テーブルに突っ伏して重そうな頭を不規則に揺らす上司を前に、後悔だけが頭の中を支配する。
俺は、酒には誰よりも強いという自信があった。
酔わせてやろうと思ってはいたけれど、まさかこんなになるとは。
初めは仕事での俺の頑張りを褒めてくれていたのに、飲ませていくうちに降谷さんの話ばかりし出す風見さんに、ムキになっていたのだと思う。
そんなに降谷さんのことが好きなら、やっぱり呼べば良かったじゃないか。
そう思いながら夢中で飲ませていたらいつの間にかこうなっていた。

「…、…」
「…風見さん?え…ちょ、ちょっと!?起きてますか?」

さっきまで、降谷さんに相応しい男になりたいと騒いでいた風見さんから反応がなくなった。
慌てて突っ伏している彼を抱き起すと、潤んだ瞳がこちらを向く。
赤みを帯びた顔から目が離せなくなった。
こんな風見さん、見たことが無い。
降谷さんが言っていた面白いものとは、これのことなのだろうか。
そうだというのなら、全然面白くなんかない。
彼が降谷さんに夢中だということが分かってしまったくらいだ。

「降谷…さん」
「風見さん!しっかりしてください。降谷さんに連絡しますから」

風見さんの口から何度も上司の名前が飛び出す。
そのたびに胸に針を刺されているみたいにちくちくと痛みが増していった。
そんなに会いたいなら、会わせてやる。
怒られるのは風見さんだろうし。
もう完全に投げやりでポケットに入れていた携帯を取り出した。
画面に親指を滑らせていると、突然手首が握られた。
驚いて視線を上げる前に思い切り肩が押されて、背中が床に叩きつけられる。
衝撃に息を詰まらせた俺の耳には、さっきまで手の中にあった携帯が滑っていく音が聞こえた。

「い…ってぇ…」
「みょうじ…」
「か、ざみ…さん?」

名前を呼ばれて瞑っていた目を開けると、こちらを見降ろす上司と白い天井が目に入った。
眩しくて目を細めたのは部屋の照明のせいか、それとも。
じんじんと痛む背中をさするために手を動かそうとしたところで初めて、自分の手首が床に押さえつけられていることに気が付いた。

「風見さん。離してください。携帯、拾いますから」
「そんなに、降谷さんが好きか」
「…へ?」

手首を握っていた大きな手が、するすると上にあがってきて指が絡められた。
思わずそちらを向くと、風見さんの指の腹が誘うように俺の指の間を擦っている。
どんなに遠くで静かに主張する携帯を見ようとしても、どうしてもゆっくりと絡められる指の動きを目で追ってしまう。
全身の血液がじわじわと顔に集まって、息が苦しくて。
酔っていないのに、まるで酔っているかのような感覚。
風見さんから発せられた質問の意味も、うまく理解することができない。

「みょうじ。僕を見ろ」
「あ、あの…俺、おれ…」

素直に上を向けば、涙で潤んだ瞳がまっすぐにこちらを見つめていた。
赤らんだ頬から目が離せなくて、思わず喉が鳴ったのが聞こえていなければいいのだけれど。
思わず動かした指先が応えるように彼の指の腹を擦ってしまって、自然に体が跳ねる。
何もわからない。ぐるぐると目が回っているかのようだ。
慌てて足に力を入れたけれど、靴下がフローリングを擦るだけで何もできなかった。

「逃げるな」
「ちょ、え…ちょっと…!風見さん、」

慌てる俺の目の前で、眉間に皺が寄せられて目つきの悪いその瞳が細められた。
上司の顔がゆっくりと近づいてくることに気が付いて、必死に声を上げる。
思い切り顔を反らしたけれど顎を掴まれて無理矢理前を向かされた。
冷たかったはずのフローリングの感触も分からない。
吐息もかかるほどの距離に近づいて、焦点が合わない。
あつい、溺れそうだ。

「僕を見てくれ、なまえ」
「は!?、っ…ン…ん」

降谷さんばっかり見て、俺を見てくれないのはあんたじゃないか。
そう反論しようとした口が乱暴に塞がれた。
酒のにおいに頭が支配される。
密着した胸から早い鼓動が伝わってきて、堪らなくなった俺は思い切り目を瞑った。
何度も角度を変えて触れる唇にも、誘うように擦られる指にも頭が付いて行かなくて意識が遠くなっていった。


「んぅ…っふ、ぁ…」

いったいどのくらい、上司に支配されていたのだろうか。
あんなに邪魔だった彼の眼鏡も気にならなくなって、いつの間にか息の仕方も忘れてしまった。
頭も視界も、気持ちが良くてぼんやりする。
力が入らずに開いたままだった口の中で舌先に上司の熱い舌が当たって、反射的に舌を伸ばした。
夢中で舌を絡めていると、俺の耳を撫でていた手がぴたりと止まった。
どうしたのだろうか。
慌てて体を起こした上司のせいで、密着していた体が離れていく。

「…?は…ぁ、…ふ…はぁ…」
「…っ、…、みょうじ!?」

もう、やめてしまうのだろうか。
縋るように上司の顔を見つめると、見開かれた目と視線が交わった。
もっとして欲しい。
必死に呼吸を整えながら指を絡めて、誘うために指の腹で擦る。
首を傾げる俺の目の前で、上司の顔がさっきまでの比ではないほどじわじわと赤くなっていった。

「かざみさ…もっと…」
「…はっ!?え、えっと…」

蕩けてしまった視界の中で、俺に跨ったままの風見さんが落ち着かない様子で何度も眼鏡の位置を直しているのが見える。
お酒に酔うというのは、こんな感じなのだろうか。
ふわふわして、何も考えられない。
気持ち良い。
いつの間にか解放されていた手を伸ばして風見さんの短い髪の毛を掻き混ぜる。
何度も俺の名前を呼ぶ上司に応えるように、その頭をゆっくりとこちらに引き寄せた。


「どうだ。面白いもの、見られたか?」

その質問にじんわりと顔を赤らめた俺に、降谷さんはまた楽しそうに目を細めた。