×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -
雑音の正体

「ん…いってぇ…頭割れる…」

目が覚めた瞬間、ズキズキと痛みだす頭を押さえた。
ベッドに頭を預けながら昨日の記憶をゆっくりと引きずり出していく。
確か上司の家にあげてもらって二人で飲んで…それで。
仕事の愚痴を聞いてもらったり、アドバイスをしてもらったり。
それなりに充実した時間を過ごしたのだ。
家に帰った記憶はないからおそらくそのまま寝落ちしたのだとは思うのだけれど、それならば何故自分はベッドの上にいるのか。
その疑問がわいてきた俺は、ゆっくりと目を開けた。
…開けてしまった。

「……っ、!?」

視界いっぱいに写る上司の寝顔に、思わず声を上げそうになった。
なんとか手で口を塞いで出かかった悲鳴を喉に押し込んでいく。
あまりの衝撃に頭が動かなくなって、途端に冷や汗が止まらなくなった。
どうしよう、眠りにつく前の記憶がない。
なぜこんなところにいるのか。
しかも恐れ多くも、尊敬する上司のベッドの中に。
痺れていく思考を動かしながら自分と相手の格好を確認すると、二人ともしっかりと服は着ていたのでひとまず心から安心した。

「やばい…」

風見さんは、真面目で格好良くて憧れの上司だ。
そんな真面目な人がただの部下である俺と同じベッドに寝ているというこの状況が非常にまずい。
とにかくすぐに離れようと体を後ろに引こうとすると、なぜか動くことができなくて恐る恐る自分の体を確認した。
すると、上司のたくましい腕が自分の腰に回ってがっちりと固定しているのが目に入って、すぐに血の気が引いていった。
見てはいけない物を見てしまった気がする。

「いやいや…夢だ…これは悪い夢…」

ぶつぶつと呟いて自分に言い聞かせる。
しばらく動けずにいると、俺を抱きしめながら寝ている上司が少しだけ体を動かした。
その時に何故か抱く力が強くなって、大袈裟に肩が跳ねる。
思わず顔を上げて上司の顔を確認した。
相変わらず眉間に皺を寄せながら難しい顔をしているのが目に入る。
眼鏡してない顔、初めて見たかも。

「疲れないのかな…」

恐る恐る手を伸ばして彼の眉間に触れる。
腰に回った手が一瞬だけ動いたけれど、なんだかこの状況に慣れてしまった俺は気にせずにその行為を続けた。
人差し指と中指で優しく皺を伸ばしていく。
手を離すと一瞬だけ優しい顔をするのだけれど、すぐに元の顔に戻ってしまった。

「…おもしろいかも」

俺は相手が上司だということも忘れて、眉間に居座り続ける皺を無くすために何度も奮闘した。
けれど結局、何度挑戦してもその強敵を倒すことはできなかった。
眉間に触れていた手を、今度は目の下の隈に滑らせる。
いつも隙を見せない彼がこんなに触られても起きないなんて。
身体に出るほど疲れているのに家に押しかけたりして、悪いことをしたかもしれない。
なんだか申し訳なくなるのと同時に、そんな状態で俺なんかのために時間を割いてくれたことに少しだけ喜びを感じてしまう。

「…あ、れ…?」

そこでふと、風見さんが枕を使わずに自身の腕枕で寝ているのが目に入った。
枕、あるのに。…どうして。
そこまで考えて、その肝心の枕が自分の頭の下にあることに気が付く。
俺に貸したから使えなかったのだ。
こんなに疲れているのに、休むべきなのはあんただろ。
なんでそんなに優しいんだよ。
その瞬間。きゅ、と心臓が締め付けられたような感覚がして、サッと顔が青くなった。

「え、…え、嘘…」

慌てて胸を抑える。
煩く主張し始めた心臓が信じられなくて、目を見開いた。
まるで、恋したみたいじゃないか。相手は上司だぞ。
これはただの、憧れの感情。
意識したとたんに鼻を掠める風見さんの香りが苦しくなって、余計な考えを振り払うために何度も首を振った。

「はぁ…なにやってんだ。俺は」

二日酔いで頭がおかしくなったのかもしれない。
しばらくすると心臓が落ち着いてきたのでもう一度見上げると、風見さんは相変わらず眉間に皺を寄せたまま眠っている。
その様子を眺めていると、段々自分の眉間にも皺が寄ってくるようだ。

「自分にも優しくすればいいのに」

人にばっかり優しくしているから、自分の疲れが取れないのだ。
考えてみれば怪我ばかりしているような気がするし、休憩中に眠そうにしているところだって何度も見かけたことがある。
もっと、人に頼ればいいのに。
たとえば、俺とか。

「もっと…」
「……」
「もっと、甘えてください」
「…甘えた結果が、これなんだが」

一体いつから起きていたのだろうか。
突然聞こえてきた声に、目を見開いた。
目を瞑っている上司の顔がみるみる赤くなっていく。
腰に回された手に力が入って、顔を見せないとばかりに胸に抱き寄せられた。
さっきよりも強くなった上司の香りに眩暈がする。
耳まで熱くて、何も考えられない。

「まさか家まで付いてくるなんて…」
「え、…え…起きて…」
「お前は…」
「か、ざみさん…?」
「警戒心くらい持ってくれないとこちらも気が気じゃないんだ」

強く抱きしめられるたびに布の擦れる音が鼓膜を揺らすから、煩くて仕方がない。
一体何を言われているのか理解するのに時間がかかった。
何を言われているのかはわかったけれど、一体どういう意味なのかわからない。
ただ、風見さんの胸から伝わってくる鼓動が物凄く早くて、堪らなくなった。
苦しい。くるしい。
はやく解放してもらわないと、息ができなくなってしまいそうだ。

「え、と…離…し」
「すまない。もう少しだけ甘えてもいいか?」
「…あ」
「なまえ…」

抵抗しようとその胸を押そうとした瞬間。
上司は赤くなった俺の耳に口を近づけて、寝起きでかすれた低い声でそう囁いた。
すごく優しいのに苦しそうな声に、俺は黙って頷くことしかできなかった。
顔が熱くて、仕方がない。
落ち着けなまえ。風見さんはただ甘えているだけだ。疲れているんだ。
もうひと眠りすればいつも通りの彼に戻ってくれるはず。

恐る恐る腕を回した背中が、思ったよりも広いことに気が付いてしまうと、とたんに締め付けられていく心臓が自分を追い込んでいくようだった。