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色の雫

※案の定、管理人が書きたい話を書きました。
※砂糖の成分しかないです。


「なまえくん…大丈夫か?」
「うん。ごめんなさい…車濡らしちゃった」

ソファーに座らされて、彼の部屋着を着た僕は反省しながら俯いた。
事の発端は、僕が家を飛び出したことだった。
外を歩きながら一人で落ち込んでいる時にちょうど雨が降ってきて。
ずぶ濡れになっているところをたまたま通りかかった風見さんに見つかってしまった僕は、彼が乗っていた車に拾われて家に入れてもらっていた。
道の端っこでしゃがみ込みながら濡れている僕を見た時に風見さんが見せた慌てた顔が思い出されて、罪悪感に胸が痛む。
彼はコーヒーの入ったマグカップをこちらに差し出すと、僕が受け取ったのを確認してから隣に腰を下ろす。

「汚れてなかった?」
「車の心配はしていない。風邪でもひいたらどうする」
「え…?」
「何度も言っているはずだ。自分を大切にしなさい」

風見さんは謝る僕に向かって怒ったように低い声を出した。
身を案じるその言葉に、思わず勢いよく顔を上げる。
彼は眉間に皺を寄せながらこちらをまっすぐに見つめていた。
くらくら、する。
僕の体には大きくてぶかぶかな彼の部屋着。
鼻を掠める柔軟剤のいい香りと、射抜くような彼の視線が色々な感覚を麻痺させていく。

「うん…」
「もう、寒くない?」
「さ、むくない…」

こんなに悪い子なのに心配してくれるんだ。
一体何があったのか聞かずに傍にいてくれる彼の優しさに心がじんわりと温まっていく。
ソファーの上で膝を抱えていた僕はマグカップをそっとテーブルに置くと、隣に座る彼にぴったりと寄りかかった。
彼のぬくもりが、香りが、心の隙間を満たしていく。

「今あったかくなった…」
「へっ…!?…そ、そうか」

恥ずかしがり屋の彼は俺の言葉を聞くと少しだけ気まずそうに視線を逸らしてから指でメガネを持ち上げた。
さっきまで格好良かったくせに、僕から動くとすぐにこれだ。
相変わらずの彼が何だか眩しくて、僕も少しだけ視線を下にずらした。
視界に入ったのは、行儀よく膝に置かれている大きくて温かい手。
思わずそれを優しく両手で包み込んだ。
たくさんの人を守ることができる、大切で素敵な手。
その手を持ち上げて頬をすり寄せると、彼が驚いたようにこちらを向いた。

「な…っ…」
「僕に触るの、嫌?」
「い、や…そんなことは…」

嬉しい。けれど結局、強硬手段に出てしまった。
頬を撫でる手が気持ち良くて、目を細めながら彼を見つめた。眠りにつく直前みたいに、視界がうとうとする。
するとじわじわと赤くなっていった風見さんは目を逸らそうとして視線を彷徨わせてから、覚悟を決めたように恐る恐るこちらを向いた。
心臓が、煩く音を立てる。

「なまえくん…その顔」
「え…?っわぁ!?」
「その顔、他では絶対、見せないでくれ」

その瞬間、自分の顔を隠すように彼の胸に抱き寄せられた。
驚いて口から情けない声が漏れる。
腕の中にすっぽり収められると、嫌でも体格差を思い知らされる。
途切れ途切れに紡がれたその言葉を理解するのに、少しだけ時間がかかった。
それって…。
急に視界がチカチカと光り出したような錯覚に襲われた。

「頼む」
「…わ、かった」

幸せすぎて、苦しい。
息を吸うたびに、彼に溺れてしまいそうで。
抱きすくめられたまま上を向くと、予想通り首まで真っ赤になっている姿が見えた。
きっと僕も彼に負けないくらい赤くなっているのだと思う。
視線が交わると、背中に回されている手に少しだけ力が入った。
今しかない。
雰囲気に任せた僕はそのまま彼に近づいていく。

「な、…えっ…なまえ…く、」
「おねがい…」

彼の胸元を少しだけ握って目を細めると、喉が鳴る音がやけに鮮明に聞こえた気がした。
大きな手が恐る恐る頭の後ろに伸びてきて僕の髪を少しだけ撫でる。
密着した体から風見さんの速い鼓動が伝わってきた。
彼の顔にゆっくりと近づいていくたびに、少しずつ焦点が合わなくなっていって、視界がぼんやりとぼやけていく。
後頭部を支えていた手の指で優しくうなじを撫でられたのがなんだかくすぐったくて、少しだけ身じろいだ。
もう少しの距離が、永遠に続きそうだ。

「か、ざみさ…」

ゆっくりと、目を閉じる。
吐息が感じられる距離まで近づいた時、彼の服を強く握りしめた。
もう少し、あと少し。
心臓があまりにも煩くて、耳を塞いでしまいたくなった。

けれどその時、一生懸命に距離を埋めていた僕たちの唇の間に、彼の大きな手が割って入ってきた。
それと同時に額に感じる、柔らかい感触。
手の平で口を塞がれて思わず目を見開いた僕の視界には、真っ赤になって必死に顔を逸らす彼がいて。
雨の音が、少しだけ煩くなった気がした。


「やっぱり、駄目だ」
「え…?」
「君のお兄さんに、認めてもらうまで」

彼は大きな手で僕の手を優しく包み込むと、こちらをまっすぐ見つめてそう言った。
まだほんのりと赤い顔が少しだけ格好悪い。
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
その言葉の意味を飲み込んでいくのに、少しだけ時間がかかる。
兄さんに、認めてもらう?
もしかしていつも兄さんのことを気にしていたのは、怒られるのが怖いからではなくて。

「それまで、待っていてくれるか」
「う…ん」
「そうか。ありがとう、なまえ」

その瞬間。
僕の耳は周りの音を拾わなくなった。
外から聞こえていた雨音も、車の音も、あんなに煩かった心音すらも。
彼の声以外、鼓膜を揺らすことはなくて。
なんとか紡ぎ出した俺の返事を聞いた彼は、安心したように目を細めて少しだけ微笑んだ。
こんなの、ずるい。
すぐにでも彼と一緒になりたくて、必死に焦ってもがいていた自分が恥ずかしくなった。

「悪い大人…」
「え…?」
「僕だって、一緒に頑張るよ」

そう言って手を握り返す。
赤い顔を見られるのが恥ずかしくて、俯きながらそう伝えた。
風見さんの、真面目で正義感の強いところが本当に好きで好きで堪らない。
どうすれば認めてもらえるかなんて全く分からないけれど、二人でならやっていけると思った。


「そのためにはまず、家飛び出してきたこと謝らないとな…」
「えっ…!?」
「兄さん、怒ってるかな…」

兄と口喧嘩して家を飛び出したところを拾ってもらったのを今まですっかり忘れていた。
僕の口から漏れたその言葉を聞いた途端、風見さんの顔が青ざめていく。
その様子に思わず笑ってしまった。
やっぱり、怖いんだ。
兄さんは怒るとすごく怖いけれど、お仕事だともっと怖いのだろうか。
そう思いながらコロコロ変わる彼の表情を眺めた。
けれど、ふと思い出して時計を確認した途端。
僕は彼と同じように顔を青くすることになってしまった。

「あっ…門限!!過ぎてる!!」
「はっ!?」
「やっべぇ…!」
「ちょ、ちょっと…!」

勢いよく立ち上がると、風見さんの手を引いて玄関に走った。
一度同じように門限を破った時の記憶が蘇ってきて、少しずつ血の気が引いていく。
その時の僕は今の格好が彼の部屋着だとか、シャワーを借りて同じ香りを纏っているとか全てを頭から飛ばしてしまっていた。

家に帰ってすぐ、顔を青ざめさせた兄に肩を掴まれながら問い詰められることになるのは、少し考えたら分かることのはずだったのだけれど。
火照った頬を一生懸命冷まそうとしていた僕には、そんな余裕なんてなかったのだ。