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※風見さん出てきません

どうしよう。
あれから、彼の顔が頭から離れない。
主張し続ける鼓動が煩くて胸元を握った。
彼に握られた手首を、撫でてもらった頭を、思い出すたびにドキドキして。
自分が自分ではなくなってしまったみたいだ。
全てを包み込むようにソファーの上で膝を抱えた。

「あれ…?なまえ…?」
「ん…あ…兄さん…」

しばらくそのままじっとしていると、兄が仕事から帰ってきてドアを開ける。
真っ暗だった部屋に廊下の光が入ってきて僕を照らした。
入ってきた兄はソファーの上で膝を抱えた僕を見て、驚いたように目を真ん丸に見開いている。
少し反応が遅れてしまった。
いつも、兄とどうやって話していただろうか。

「どうした…?体調でも悪いのか?電気も付けないで」
「…体調、」

真っ暗な部屋の中で小さくなる僕のことを心配してくれたのか、電気を付けた兄は荷物を置くと僕の傍に近寄ってきて目の前にしゃがみ込んだ。
俯く僕の顔を覗き込んだ兄と目が合う。
どうしよう、うまく笑えない。
すると僕の顔を見て眉を顰めた兄が、その大きな手で僕の額を覆った。
昔から風邪をひいたときにはいつもこうやって体温を確認してくれるんだ。
思わず安心して目を細めた。

「なまえ」
「なんでもないよ…」
「学校で何かあったか?兄さんには言えないことか…?」
「…え、と…そういうのじゃなくて…」

目の前でしゃがんでいた兄は、一つだけため息を吐くと隣にゆっくりと腰を下ろした。
ちらりと目線だけでそれを確認する。
正直こんなに心配されるだなんて思っていなかった。
まさか兄さんの部下に恋をしました。なんて言えるわけないじゃないか。
そんなこと言われたって兄さんが困るだけだ。
この悩みは口外するわけにはいかない。
意志を固めるように、膝を抱える力を強めた。

「今日のお夕飯どうしようかな…って」
「…なまえ」
「っわ、あ!?」

回らない頭でそう呟くと、突然伸びてきた兄の手に肩を掴まれて物凄い力で引き寄せられた。
バランスを崩した体はそのまま横に倒れる。
思わず縮めていた手足を伸ばした。
驚いて思い切り目を瞑った僕の頭は、そのまま兄の肩に引き寄せられた。

「に…いさん?」
「俺じゃ役に立たないか?」
「ちがうよ…もう、いいから」
「なんでも聞いてやる。兄さんはお前のそんな顔、見たくないな」

そう言いながら、兄はあやすように僕の頭をぽんぽんと叩いた。
一定の速度で刻まれるそのリズムが僕を安心させる。
気持ちいい。
じんわりと伝わってくる温かい体温は、ゆっくりと自分の中に染み込んでいくようだった。
目を細めていると、頭を撫でていた兄の手が止まって優しく僕の頭を抱き寄せる。

「にい…さ…」
「相談してくれるか?兄さんに」
「…あっ!ずるい…反則だよ」

その一言に、ぼんやりしていた意識が戻って来た。
さてはこうすれば僕のことを丸め込めること、わかってやっていたな。
全部に気が付いて頬を膨らませている僕に、兄は困ったように眉を下げて笑う。
僕だって兄さんのこといっぱい考えて悩んでいたのに。
こうなったらこの悩み、半分押し付けてやる。
結局、僕は兄の策略通り秘密を口外することになってしまった。

「…本当になんでも聞いてくれるの?」
「ああ。なんでも聞く。兄さんに任せろ」
「ありがとう…えっと…あの…僕、好きな人ができたみたい」
「そうか…ん?…、…っ、…え?」

膝の上に手を置いて、俯きながらそう打ち明けた。
すると兄は返事をして少ししてからその言葉の意味を理解したようで。
素っ頓狂な声を上げたかと思うと、肩に置かれていた手がぱっと離れていった。
…まだ、驚くところじゃないのだけれど。
心配になって視線を向けると、顔を青くして目を見開いた兄がこちらを見ていた。

「え、ちょっと大丈夫…?体調悪いのは兄さんの方じゃないの?」
「あ…うん…だいじょうぶ…」
「顔色悪いよ…?」
「いや…それより、相手は…?…学校の子か?」

様子のおかしい兄が心配で、兄の太ももに手を置きながらその顏を覗き込んだ。
やっぱり、顔色が悪い。
仕事で疲れているのなら、僕のことなんていいから早く休んでほしい。
兄は片手で顔を覆いながら、数回頭を振った。
心配する僕の声を振り払うように聞いてきたその質問に、今度は僕が言葉を詰まらせる番だった。

「あ…えと…」
「言えないような相手なのか!?」
「う…ん…あのね…驚かないで聞いてね…」
「やっぱり…待っ」
「この間来てた兄さんの部下の人…風見さんって人…眼鏡の…」

僕が漏らしたその言葉を聞いた瞬間、兄さんは人形のように固まって動かなくなった。
まるで僕の口から出る言語が理解できなかったかのようにその名前を復唱した後、ゆっくりと僕から目線を逸らす。
そして、両手で顔を覆ったまま力尽きたようにソファーにもたれ掛かった。
兄の部下に恋するなんて、呆れているのだろうか。怒らせたかな。
言ってから、底の知れない後悔が自分の中を満たしていく。
嫌われたかもしれない。兄さんに嫌われたら、僕…。
じわじわと自然に溢れ出る涙を止めるのに必死になっていると、ゆっくりと起き上がった兄が心なしか震えた声でこちらに話しかけた。

「ど、こが…好きなんだ…」
「えっ…」
「好きなんだろ…風見のこと。どこに惚れた?」
「え…と…大人っぽくて正義感が強いところは格好いいし…怖そうなのに笑うと優しくて、その顏がどうしても頭から離れなくて…」
「あ…やっぱり、止め」
「それに、真面目そうなのにすごく大胆だった」
「…だっ!?」

兄は起こしていた体をもう一度倒すと、あの時か…と小さく呟いた。
こんなこと相談するの初めてだ。
思えばずっと兄さんさえいればいいと思っていたし、今まで恋なんてしたこともない。
本気で人を好きになったのも初めてで。
なんだか恥ずかしくて顔が赤くなった。

「それで、…風見さんのこと、教えて欲しいな…」
「…なまえ、良く聞け。まだお前に恋愛は早い…と思う」
「は…?」
「悪い大人に騙されてるんだ。お前は襲われたんだぞ。自覚を持て」
「違うよ!風見さんはそんな人じゃない。あの時だってすごく優しかったし…」

恋愛は早いって…兄さんは僕のこといくつだと思ってるんだ…?
兄は起き上がると、僕の肩を掴んでそっと顔を覗き込んだ。
さらさらの髪の毛が揺れて、綺麗な瞳と目が合った。
兄の鋭く光るその瞳が僕を守りたいと、そう語り掛ける。
けれど僕は引かなかった。
風見さんはそんな人じゃない。
心配するように細められた優しいあの瞳が、大きな手が、僕を騙していたなんて思えない。

「…、…クソ…ッ」
「にい…さ…」
「ちょっと出て来る。お前は早く寝ろ」
「え…?ちょ、ちょっと何言って…兄さん!?」

まっすぐ見つめ返していると、兄は僕から目を逸らして小さく舌打ちする。
いつもより乱暴に僕の頭を撫でた後、立ち上がって机の上の携帯を拾い上げた。
そして一度脱いだ上着を掴むと大股で玄関に歩いていく。
僕の制止の声なんて聞こえていないかのようにドアノブに手をかけると、そのまま外へと消えていった。
急に仕事でも入ったのだろうか。
突然一人取り残された僕は、しばらくソファーの上で呆けているしかなかった。


それから数日後、兄は何を思ったのか僕に風見さんの連絡先を教えてくれた。
ただし、連絡するときは必ず自分に報告するという条件付きで。
一体どういうことだ。過保護にも程がある。
けれど心配そうな顔で門限の話をする兄を見ていたら、もう少しこのままでもいいかと思った。
我儘な僕はまだ、格好良くて心配性な兄の一番でいたいのだ。