×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -
君のいない世界

部屋に静かに優しく響く楽器の、心地よい音で意識が浮上した。
いつものように起き上がろうとすると、なんだろうか。
物凄く体がだるくてうまくいかない。

「あれ。起きた?…大丈夫か?」
「…スコッチ。」

だるい体をそのままに、声の聞こえた方に頭だけを動かすと椅子に座ってベースを弾く男の姿があった。
こちらにふわりと人懐っこい笑みを浮かべた後、少しだけ申し訳なさそうに眉を下げて、起こしちゃったか?と不安そうに口を開く。

「大丈夫……っていうか俺……。」
「全く、お前も無茶するよな。下手したら死んでるぞ。」

彼に言われてから初めて体に巻かれた包帯を見て、自分がヘマをしてしまったのだと気がついた。
体中傷だらけのようだ。
体を癒すようにそのままゆっくりと目を閉じると、彼の大きな手によって一定のリズムを刻むベースの低い音が鼓膜を揺らした。
重たい音の振動が体に染み込んできて、まるで波に揺られているかのようで心地がいい。
この音を聞きながらこのままずっと、眠ってしまいたい。
男の指が紡ぐ優しい音楽に体を預けていると、ふと俺の願いを打ち切るかのようにその音が止まった。
残念だ。
目を開けるのが億劫で、俺は目を開けずにベッドに体を預ける。

「起きてるか…?」
「うん。」
「ほら。水、飲めるか?」

静かな足音の後に控えめに声がかけられたので、ゆっくりと目を開けながら男を見ると心配そうにこちらを覗き込んでいた。
この男は、どうしようもなく優しい。
今だって、その優しさが俺の心に小さな傷をいくつも作っていくのだ。

「自分で飲める……」
「おいおい、フラフラだぞ。支えてやるから、ほら。」
「…ありがとう。」

上半身だけなんとか起き上がってコップを受け取ろうとすると、ぐらついた俺の体をとっさに男が支えてくれる。
こちらにふわり、と笑いかけるとゆっくりと俺の口元のコップを傾けた。
水が喉を通って体に染み渡る冷たい感触が気持ちいい。
まるで今まで干からびてしまっていたかのように、自分の体に潤いが戻ってくるのを感じた。
そのまま目を閉じると、男はコップをどこかに置きながら慌てて俺の体を胸に抱き寄せた。

「お、おい。つらいのか…?」
「……つらく、ない。」

男の胸に頭を預けながら目を細める。
体は辛くないけれど、心が痛くて辛いと悲鳴を上げていた。
ズキズキと痛む胸が鬱陶しくて、服をぎゅっと握ると男の眉が顰められる。
そんなに俺のことを心配しないで欲しかった。
本当は、あの時に死んでしまいたかった。
けれど目を覚ました時にこの男の紡ぐ音を聞いた時、生きていてよかったなんて思ってしまったのだ。

「…スコッチは、優しすぎるんだ。俺が女だったら黙ってないよ。」
「ははっ。もう体は大丈夫そうだな。…お前が女だったら、…そうだな。俺も黙ってないぞ。」
「……そ、っか。」

強がりで言ったはずの冗談がこんな形で自分を苦しめるだなんて思わなかった。
楽しそうにケラケラと笑う男の笑顔が俺には眩しすぎる。
このままその唇を奪ってしまったら、この男はどんな反応を見せるのだろうか。
驚く?悲しむ?…軽蔑されるかもしれない。
けれど、こんなに優しすぎる人を困らすような真似は俺には到底できそうになかった。
そのまま男の胸に体を預けていると、怪我人は大人しく寝ろ!と優しくベッドに寝かされる。
そっとベースを持ち上げる男の気配を感じながら、訪れる幸せな時間のために俺はそっと目を閉じたのだ。

「弾いてもいいか?」
「うん。」

やっぱり、この男には人を殺す武器よりも人を癒す楽器が似合う。こんな世界にはいるべきじゃない。
本当は気持ちを全部打ち明けて、こんな場所から2人で逃げ出してしまいたかった。
けれどそんな子供みたいな駄々をこねたところで上手くいくはずがないのだ。
いつになったらこの気持ちはこの男に届いてくれるのだろうか。
何度も苦しんだけれどそれでもその大きくて優しい手から紡がれる音楽を聴いていると、またそのうちでいいか、なんて思ってしまったんだ。
そのうちなんて、来なかったのに。



「……え?嘘…じゃ、」
「……、…嘘じゃない。」

スコッチが、死んだ。
その言葉は俺の心に深く重くのしかかる。
鈍器で頭を殴れたかのように景色が歪んだ。
背中からじわりと押し寄せる絶望を押し殺して、揺れる瞳に気づかないふりをして、それが悪い冗談だという最後の希望に縋るように男に言葉を返す。
けれど、現実はそう甘くはなかったようだ。

「……そ、か。」
「最後まで、お前のことを心配していた」
「…うん。バカだなぁ…。」

やっぱり、優しすぎる。
どうしようもない馬鹿だ。
俺なんかよりも自分のことを大切にして欲しかった。もっと俺の前で音楽を奏でてほしかった。
不思議と、瞳から涙は零れ落ちてはこない。
なんだか部屋に帰ったらいつものようにあいつが笑って迎えてくれる気がしてしょうがないのだ。
俯く俺のことを、目の前の男がただ黙って見つめていた。

「ちゃんと、全部言えばよかったなぁ。」
「…、…」

バカは俺の方だ。
こんなことになるくらいなら、全部吐き出してこっぴどく振られていた方がましだった。
もしかしたら、あの時に伝えていれば2人で幸せになれたかもしれない。なんてありえない幻想がもう一生心から消えなくなってしまった。

「俺は大丈夫だよ。…ライ。」
「…そうか。」

不安そうにこちらに手を伸ばす男に気づいて、しっかりと顔を上げる。
辛い、苦しい。
けれど、追いたいとは思わなかった。
お前が生きたかった、大切にしていたこの世界をもう少しだけ堪能したいだなんて、俺は弱虫だろうか。

あいつの大好きだった音楽を勉強して奏でてみるのも、一緒に夢見た平穏な生活を送ってみるのも、悪くないかもしれない。

−−−−−−−−−−−−−−

そんな、スコッチに片想いし続けた主人公と、主人公に片想いする赤井さんと、勝ち逃げしたスコッチのお話が読みたいです。
亡くなる前に主人公のことを赤井さんに任せるずるいスコッチ。
1人の日常に慣れてくるとその都度忘れて欲しくないみたいに何度も夢に出てくるスコッチと、その度にたくさん泣いて不安定になる主人公が書きたかったのですが力量不足でした。

安室さんとはスコッチ繋がりで一緒に心を痛めて、表面上だけでも一緒にお友達して欲しいです。
赤井さんに少しずつ心を開いてきた頃に赤井さんも事実上死んでしまったら主人公さんはどうなってしまうのでしょうか。