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夢を、見た
夢の中で俺は大好きな彼といたのだ。
本当に都合のいい夢だった。
さらに都合のいい事に俺は夢の中では自然に笑顔が作れて、彼に笑いかけていた。
夢の中では彼を笑わせることが出来たのだ。
だからオレは調子に乗って彼に告白した。好きだと。
彼は微笑んで、俺に笑いながら答えてくれた。
本当に、幸せだった。
でも、起きた時に残ったのは底の知れない虚しさだけだった。
「…夢、……あれ……?」
ここは、どこだろうか。
見たことの無い広い部屋、俺は大きなふかふかのベッドに寝かされていた。
起き上がって自分の体を確認すると、自分の体にしては大きなぶかぶかのパジャマが着せられている。
喉がカラカラだった。
一体どれくらい寝ていたのだろうか。
「俺…、ポアロで、倒れて…それ、から」
思い出せなかった。
最後に思い出せるのは彼の悲しそうな顔だけ。結局、お店で倒れて彼に迷惑をかけてしまったに違いなかった。
どんなに見渡しても、病院というわけではなさそうだ。
もしかしたら俺は誘拐されてしまったのだろうか…。
とにかく、それならすぐにここから逃げなければならない。
ここから逃げて、彼に謝らないといけない。
そう思ってベッドからそっと体を下ろした。
「……わっ、」
足に力が入らなくてそのままぺたんと座り込んだ。どうやら思ったよりも体が弱っているようだ。
とりあえず、手を使ってペタペタと床を移動して、この部屋のドアから死角になる位置に体を移動させて落ち着かせる。
どうしたら逃げられるのか。
俺には全くわからなかった。
部屋の隅でいつものようにうずくまっていると、なんだか安心して再びうとうとと微睡んできた。
次に意識が浮上したのはドアが開くような音がした時だった。
少しだけ目を開けると、誰かが部屋に入ってくるのがうっすら見えた。
「…………?!森山くん?!」
その人は俺の名前を呼ぶとベッドに駆け寄り、驚いているようだ。
そして部屋中を見渡して、俺の方を向いた。
「……はぁああ……良かった……」
脱力したように息を吐く。
そしてこちらに歩いてくる。
あるい、て、あれ……
「どうしたんですか?ちゃんとベッドで寝なくてはダメですよ。」
「……、ぇ……、」
まだ俺は夢を見ているのだろうか。
目の前には、座り込む俺に目線を合わせて屈みながら困ったように俺に笑いかける彼がいるのだ。
「…………ぁ、」
「とりあえず、ベッドに戻りましょう。」
彼は俺に手を差し出してきている。
きっとまだ俺は、都合のいい夢を見ているのかもしれない。
でも、現実と同じようにうまく言葉は出てこなかった。
俺は彼の手を取る。
とても暖かくて大きな手だった。
そして立ち上がろうと頑張るのだが、やっぱりどうしても足に力が入らないのだ。
「…立てないんですか?」
「……ぁ、ごめ、なさ……」
彼が一瞬悲しそうな顔をしたのを俺は見逃さなかった。
俺は彼に嫌われないように必死に謝った。
怖くて顔が見れなくて、俯く。
「……わっ?、!」
「大丈夫です。僕が運んであげますよ。」
突然の浮遊感に驚いた。
彼は突然俺の体を優しく抱き上げたのだ。
床に落ちるのが怖くて、俺は必死に彼の体にすがり付いた。
人に触れるのが久しぶりでなんだか暖かくて安心した。
「つきましたよ。ゆっくり降ろしますね?」
「ぁ……、」
ベッドに優しく降ろされて彼のぬくもりが離れていって、なんだかとても名残惜しい気持ちになった。
彼にもっと触れていたいなんて、馬鹿みたいな考えがまだ出てくるのだ。
「あの、俺……ここ……」
「安心してください。ここは僕の家です。昨日のこと、覚えてますか?」
「…………」
ふるふると首を横に振った。
どうやらここは彼の家のようだ。
いつもエプロンを着ているはずの彼は今ラフな格好で俺の前にいる。
本当にここは現実なのだろうか。
「……あの、店員、さんは……」
「安室です。」
「……ぇ?」
「安室透。僕の名前です。」
「あむろ、さん」
俺は初めて聞く言葉を覚えた子供のようにその言葉を繰り返した。
すとんと、自然に体に入っていくような感覚がした。
その日初めて、俺は突然連れてこられた彼の部屋で、訳も分からないまま大好きな彼の名前を教えて貰ったのだ。
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