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2度目に僕が見ることが出来た彼の表情は、笑顔ではなくて泣き顔だった。

僕は病院で点滴を受けながら眠っている彼を見つめている。
いつもお店で遠くから見ている彼をこんなに近くで見ているなんて、少しだけ現実味がなかった。
あの後、意識を失った彼を見てハッと冷静さを取り戻した僕はお客様に頼んで救急車を呼んでもらい、彼を空いているソファに寝かせたのだ。
医者によれば、軽い栄養失調とのことで点滴が終われば帰れると言われた。
ずっと生きた心地がしていなかった僕は命に別状がないとわかって本当に安心している。
どうやら、なにか重い病気を持っているというわけではないようだ。

「森山くん、ごめんなさい。」

僕は眠っている彼の手を優しく握った。
彼がお店で倒れる前、あれほど毎日のように通っていた彼はぱったりとお店に来なくなったのだ。
いつも彼が座っている席は寂しくぽつんと空いていた。
なんだか仕事にも身が入っていなかったように思う。

彼がお店に来なくなる数日前僕はいつものように接客をしながら、なんとなくお店の外にぼんやりと目をやった。
そろそろ彼が来る頃だろうか、と。
するとよく知った真っ黒なあいつが店の前で立ち尽くしているのが見えたのだ。
あんなところに怪しいやつがいたらお客様に迷惑だと、腹を立てながらぼくは店のドアを開けた。

「おい!赤井!店の前に立つな。他のお客様に迷惑だろうが……は、…」
「あぁ、すまない。」
「森山くん!?おい!貴様なにしてるんだ!今すぐその手を離せ!!」

奴にいつものように文句を言ってやったところで、そこに彼が立っていることに気が付いた。
それと同時に、赤井が彼の手を掴んでいるのも目に入る。
いつものように彼は無表情だったけれどなんだか彼の体が震えていることに気が付いて、怖がっているのではないかと直感的に感じたのだ。
奴が握っている彼の細い手首が折られてしまいそうで、なんだか僕も怖くなった。

手を離させるために怒鳴りつけてやりながら僕はちらりと彼の様子を伺う。
その瞬間、驚いて僕は思わず彼の名前を叫んだ。

「森山くん!?!?」
「……っ……」

彼はくりくりとした瞳からはらはらと涙を零していたのだ。
その大きな瞳でもためきれなかった涙が重力に従いぽろぽろと頬を伝って地面にシミをつくっていく。
少しだけ、綺麗だと思った。
赤井も驚いたようで、隣で息を呑んでいるのがわかった。
そして、彼は赤井の手を振りほどくと逃げるように帰っていったのだ。
あまりのことに、僕はすぐに反応することができなかった。

「森山くん待って!おいっ貴様一体彼に何をしたんだ!!」

あの無表情な彼を泣かせるなんて絶対にこいつがなにかしたに違いない。
僕は確信をもって奴を問い詰めた。
本当に腹が立ってしかたがなかった。そして、どうして自分がこんなに腹を立てているのか分らなかった。

「なんだか、彼が消えてしまいそうだったからな。」
「はぁ!?馬鹿にしているんですか!?」
「はぁ…、君は早く自覚した方がいいようだ。」

赤井はいつものようにわけのわからないことを言い出す。
呆れたような奴の口調に腹が立ってしかたがない。

「そんなことで僕が騙されると思っているんですか!?」
「……、すまない。」
「あとでしっかり彼に謝ってください。」
「あぁ。」

そんなやり取りをしたのを覚えている。
しかしそれからしばらく彼が来ることはなくて、僕の心臓にはなんだか穴が開いてしまったかのようだった。
それから何日か経ってお店に現れた彼を見て、本当に良かったと思った。
もしかしたら奴のせいで嫌われてしまったのではないかと思ったのだ。
いつものようにそわそわと店に来て、きょろきょろと周りを見渡した彼はいつもの特等席に腰を下ろしていた。
僕はそれから彼にいつもの、答え合わせのいらない質問をするために一旦お店の奥に入った。
悲鳴が聞こえたのはそれからすぐのことだった。
いったい何かと思って振り向くと、よく見知った彼が床に倒れているのが見えたのだ。
心臓が止まるかと思った。思い出すだけでも体が冷えるのがわかる。

「……ん…んん…っ」
「森山くん?」

彼の手を握りながら下を向いていると、ぴくりと手が動いて彼が少しだけ呻いた。
パッと顔を上げるとなんだか苦しそうにしている彼がいて、また不安が募っていく。

「…なさ…ごめん…ごめんなさい…」
「森山くん。森山くん。大丈夫だ。安心して。」

苦しそうに何度も謝る彼にそう、優しく声をかける。
謝りたいのは僕の方だった。
あの時君を引き留めていれば…
いや、もっと早く君の体調の変化に気づいてあげられていたらもしかしたら。もっと早く栄養のあるものを食べさせてあげればもしかしたら…こんなことにはならなかったかもしれないのに。
君には僕の作ったハムサンドを、食べていてほしかったのだ。

「森山くん…?」
すると、ふと彼の瞳がうっすらと開いた。
良かった。意識が戻ったのだ。
そう思っていると彼と目が合った。
普段彼と目が合うことはなかなかないから、なんだか新鮮だった。
そして、彼はまだ虚ろなままのその瞳で僕のことをとらえると、目を細めて安心したようにふわりと、

笑ったのだ。

「……好き、……です…。」

「え…?……っ」
その言葉の衝撃があまりにも強くて、僕は頭を鈍器で殴られたのかと思った。
その言葉はきっと僕に向けてではなく、彼の見た目を変えた誰か他の女性への言葉かもしれなかった。
でもその時の僕は、彼が誰に向けてその言葉を放ったのかよりも、その言葉自体に衝撃を受けたのだ。

もしかして、僕は君のことが……

その瞬間、僕は叶う可能性のない自分の恋心に気づいてしまったのだ。

衝撃から立ち直れないままもう一度彼に目をやると、さっきの笑顔はやはり僕が見た幻覚であったかのようにそこにはなく、彼は再びすやすやと眠っていたのだった。