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今日も俺は彼を一目見るためにポアロに足を運んだ。
こんなに外に出るのなんて前までの自分では絶対にありえないことだ。
何日も何日も部屋に籠ったことだってあったし、ご飯を食べなくて倒れたこともあった。
しかし今は外に出て、さらにご飯を食べているのだ。
それだけ彼の存在は俺の中で大きいものになっていた。
緊張しながらポアロに入ると、今日もきらきらした笑顔で女性の接客をしている彼が目に入る。
当たり、だと思った。
彼はもしかしたら他にも仕事をしているのかもしれない。
毎日お店にいるわけではないし、たまに仕事の途中でお店からいなくなってしまう時もあった。
今日も俺はいつもの席に腰を下ろす。ここからならお店全体が見渡せるからだ。
つまり、ずっと彼の事を目で追うことが出来た。

「いらっしゃいませ。ご注文は?」
「コーヒーとハムサンドで」
「かしこまりました。」

いつもの決まったやりとり。この時だけ俺は普段とは違ってハキハキとしゃべることができる。
彼としゃべっている時だけ俺は普通の人間になれている気持ちになるのだ。
本当は何度も何度も繰り返したことで慣れてしまっただけだということもわかっていた。
けれど、ほかの人たちのように普通に言葉を発して、その返しに彼に微笑んでもらえるこの瞬間だけは、自分が変われたような幸せな気持ちになれた。


彼は男の俺から見てもとびぬけて綺麗でかっこいい見た目をしている。
なら、女性から見たらそれは尚更のようで、いつもお店の中は彼目当てでやってくる女性が何人もいた。
女性たちは彼を熱っぽいまなざしで見つめていたし、彼はそんな女性たちにも優しくふわふわと笑っては彼女たちを喜ばせていた。
そんな彼を見ていると自分とは完全に住む世界が違うということがわかって少しだけ落ち込んだけれど、それ以上にキラキラの彼をずっと見ていられるからそんな女性がいればいるほど俺は得をするのだ。
だって、俺には彼を笑顔にすることはできないから。
俺は笑い方を知らない。きっと、子供の時は笑っていたのだろうけれど成長するにつれて笑顔の作り方を忘れてしまった。
現に、彼女たちは綺麗な笑顔を彼に向けていたし、彼もそんな彼女たちに答えるようにふわふわと笑ってみせた。
人を幸せにするには自分が笑わなきゃいけないということを、ここに来てから俺は学んでしまったのだ。
少しだけ鏡の前で笑顔の練習をしてみた。
けれど、笑えなかった。

それがつらいと思ったことはないし、しかたがないと思った。
だって、こんな俺と彼が釣り合わないなんてことずっとわかっているから。
だから彼女たちがどんなに彼に熱っぽい視線を送ったって、彼の体に触れながら笑顔を見せたって、彼がそんな彼女たちと楽しそうに笑っていたって俺は表情を変えずに彼を眺めながらハムサンドを頬張ったし、幸せだとすら思った。
店員とただの客、そんな関係で俺は満足していた。それ以上になれるなんてそんなこと考えられるはずもなかった。

だから俺は毎日、遠くから大好きな彼の笑顔を眺めた。
彼が自分以外の他人に見せている笑顔で俺は幸せになるのだ。