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気づいた時には、彼はそこに座っていた。
正直彼がいつからこの店に現れたのか僕には全くわからない。
僕が気づいた時には毎日のようにお店に来ては必ず同じ席に腰を下ろしていた。

僕が彼の存在に気づいた一つの理由として、あまりにもあやしいというものがある。
それは目を隠すように伸ばした前髪であるとか、そわそわとお店に入ってはキョロキョロと周りを見渡してからいつもの決まった席に腰を下ろすという行動だった。
彼の座っている特等席は、この店全体が見渡せる配置になっている。
そして、いつも何をするわけでもなくコーヒーとハムサンドを食べて少しだけぼんやりとしてから帰っていくのだ。

もしかして、僕のことを探っているのか?組織の人間に頼まれた?
その考えが頭をよぎって、僕はそれから彼をマークするようになった。



ある日を境に、彼は全く違う見た目で店にやってきた。
初めは新しいお客さんかと思った。
しかし、どこかそわそわしながらお店に入り、キョロキョロと周りを見渡していつもの席に腰を下ろす彼の癖のようなものは、見た目が違ってもそれが彼だということを物語っていた。

目が隠れる程長かった前髪が短く切られていることで、ほんの少しだけ眠たそうなまぶたや、男性にしてはくりくりとして大きめの印象的な瞳や形の良い鼻が良く見えるようになっている。
それに黒くてボサボサだった髪の毛は少しだけ茶色に染められて、不器用にワックスがつけられていた。
以前とはガラリと変化した彼の見た目は、なかなか女性受けが良さそうなものになっていたのだった。
顔にコンプレックスがあるのかと思っていたから少しだけ拍子抜けする。

誰かに恋でもしたのだろうか。
彼の大きな変化に少しだけ興味がわいて、僕はなんとなく近づいていった。

「あれ……?もしかして森山くん……、ですか?すごく雰囲気変わりましたね。」

しまった。と思った。
彼の名前は、以前珍しく彼が大学のレポートだろうか、なにか資料を机に出している時にこっそり覚えたのだ。
森山晶太
それが彼の名前のようだった。
見知らぬ店員が自分の名前を知っていたら誰でも怪しむだろうし、組織の人間ならなおさらだ。

「あ……そ、そうなんです。イメチェンで……、似合わない…ですよね…」
「いえ、とても似合ってると思いますよ。」
「ほ、本当ですか、嬉しいですっ!」
「素敵だと思います。」

しかし予想と反して彼はそんなこと耳に入ってないかのように、僕の前で嬉しそうにふわふわと笑って見せた。
可愛らしく笑うものだから、少しだけ息をのむ。
なんだ、笑えるじゃないか。
そう素直に思った。
彼は表情筋を持っていないかのように1度も表情を変えたことがなかったし、それがよく知る組織の男に似ていて、それも僕の警戒心を強くしている理由だったのだ。
彼の見た目は誰が見たって以前より明らかに似合っていて、素敵だというのも本心だった。


「ご注文は?」
「コーヒーとハムサンドでお願いします。」
「かしこまりました。少しだけ待っていてくださいね。」

今日も答えの分かり切った質問をした。
毎回のように何度も何度も繰り返されるやりとり。
いつもどもりながら喋る彼も、この言葉だけはスラスラと返してくるのだ。

彼の体は平均よりも少しだけ小柄で、くたびれたワイシャツから除く腕はあまりにも白くて細いようだった。
もっと栄養のあるものを食べさせてやらなくてはというお節介の気持ちが少しだけ湧いたけれど、それを抑えて僕はいつも通りの返答をした。


「お待たせしました。いつもありがとうございます。」
「……っ、こ、こちらこそ、いつもありがとうございます。」

さっきの笑顔が嘘であったように、目も合わないしその顔には表情が見られなかった。
あまりにもその瞳に光が見えなくて、もしかしたら先程彼が表情を変えたのは僕の夢だったのかもしれないと、ありもしないことを考えた。


もう1度彼の笑顔が見たい。
そんな馬鹿みたいな考えが浮かんでは消える。
僕の脳みそは、彼が組織の人間かもしれないなんて警戒心を持っていたことをすっかり忘れてしまった代わりに、あの時の彼の笑顔を覚えてしまったのだ。