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はじまりは、俺がポアロという喫茶店にたまたま入ったことだった。
キラキラした綺麗な髪の毛を揺らしてふわふわ優しい笑顔で接客をしている彼を一目見て、かっこよくて綺麗な人だ。そう思った。俺の目には彼が今までの人生で出会った誰よりもキラキラと輝いて見えたのだ。

それが俺の人生で初めての恋だったのかもしれない。一目惚れ、だった。
男だとか名前も知らないだとか、そんなことは関係がなかった。

それからどうしても彼のことが忘れられなくて、なんとなく喫茶店に通うことが俺の日課になった。
根暗で人とコミュニュケーションを取るのが苦手だった俺はなんとか見た目だけでも彼と釣り合うような人間に近づきたくて、ある日を境に目を隠すように長く伸ばしていた前髪は思い切って短くしたしボサボサだった髪も少しだけ茶色に染めてみた。ワックスの使い方だって一生懸命勉強したのだ。

もうすぐ成人するというのに恥ずかしいことだが、俺は人と目を合わせるということを最も苦手としていて、今までずっと前髪で隠していた瞳を外に晒しているという事実にそわそわして落ち着かなかった。
でも俺は彼を一目でも見るために黒縁の眼鏡で少しだけ顔を隠して思い切って外に出ると、緊張しながら今日もポアロに向かう。他人に顔を見られていると考えるだけで顔に熱が集まるのがわかった。
そして、俺はいつもと違う見た目でいつもと同じ席に腰を下ろした。

「あれ……?もしかして森山くん……、ですか?すごく雰囲気変わりましたね。」
「あ……そ、そうなんです。イメチェンで……、似合わない…ですよね…」
「いえ、とても似合ってると思いますよ。」
「ほ、本当ですか、嬉しいですっ!」
「素敵だと思います。」

きっと褒めてくれたのは店員としての社交辞令だろうし、彼に比べたら俺の見た目なんて天と地ほどの差があるのだ。
それでも、話しかけてもらえたことがものすごく嬉しくて、自然に笑うのが抑えられなかった。
もしかしたら生まれて初めて心の底から笑ったかもしれないし、生まれて初めて人に笑顔を見せたかもしれない。そんな気持ちすら湧いてくるのだ。
彼と話すためなら自分の見た目も、性格だって直せる。そう思った。


「ご注文は?」
「コーヒーとハムサンドでお願いします。」
「かしこまりました。少しだけ待っていてくださいね。」

俺は彼の決まった質問に、いつもと同じ決まった返事をする。
すると、先程の俺とは比べ物にならないくらいキラキラした綺麗な笑顔を見せて、いつものように店の奥に消えていくのだ。
彼が店に毎日いる訳では無いから、必ず食べられるわけでわけではないのだが、彼が出勤している時には毎回決まってコーヒーとハムサンドの二つを注文した。
ハムサンドは彼が作っているのだそうだ。
日課のようにここに通ってハムサンドを食べている俺の血や肉のほんの一部は彼の作ったハムサンドで出来ているのかもしれない。
それが嬉しくて、なるべく他のものはあまり口に入れないように努力した。
そんな、底が見えない深海のように真っ暗で砂粒のように小さな小さなことが最近の俺の幸せなのだ。


「お待たせしました。いつもありがとうございます。」
「……っ、こ、こちらこそ、いつもありがとうございます。」

店員と客の対応でしか彼とは接したことがないし、目はあまり合わせられないし、笑顔も見せられない。
それ以上接することや近づくことが出来るなんて大それたことも考えていない。

それでもその数分のやりとりが、俺の中での唯一の生きる希望なのだ。