×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -


▼ ▲ ▼


「森山くん、ゆっくりでいいから食べてください。」

俺は、優しく料理を差し出す彼の手を見つめた。
夢ではないのはわかっていた。でも、夢じゃないならどうして彼はこんなに自分に優しくしてくれるのだろうか。
彼は、確かに『自分の家にいてくれ』とそう言ったのだ。
どうしてだろうか、俺なんているだけで彼に迷惑をかけるにちがいなかった。
だってこうしてうまく喋れないまま店に迷惑をかけたことを謝ることすらできないのだ。
最低の人間だと思うけれど、どうやって謝る機会を作ればいいのかまったくわからないのだ。
店員と客。それが彼と普通に接することが出来て、さらに自分も幸せになれる距離だったのに。
なにを間違えてしまったのか、俺は迷惑をかけたうえにこんなに彼に気を使わせているのだ。
とにかく、早く良くなってすぐに家から出ていかないと。そう思った。

「……、ぁ、ありがとう、ございます。」

彼から料理を受け取る。
とても暖かかった。さっきまで彼に迷惑だとか思っていた自分が嘘のように今は幸せを感じる。
俺は彼のサンドイッチを食べるために店に通っていた。
しかし今はどうだろう、彼の家で彼の手料理を手渡されているのだ。
これが現実なんて本当に信じられない。
うまく食べられるだろうか。緊張しながらスプーンを口に運んだ。

「……、…っ…」

あったかくて、すごく美味しかった。
人の手料理を食べたのがものすごく久しぶりに感じてしまうほどに、幸せが身体にしみこんでいくような味だった。

「どうですか?おいしいですか?」
「……、……」
「……ん?」
「……、幸せ、です。」
「……っ…、」

彼の質問にどうしても答えたくて、俺は素直に彼に気持ちを伝えた。
嬉しくてなんだか顔がぽかぽかと温かくなっていくのがわかる。
でも、彼はなんだか驚いた様子で俺を見ていた。
もしかして、『美味しい』と答えるのが普通だったのだろうか。

「もういいんですか?」
「はい…。あの、ごめんなさい……」
「大丈夫です。ゆっくりでいいんですよ。」

結局残してしまったけれど、いつもでは考えられないくらいたくさんご飯を食べた気がした。
残してしまうなんて作ってくれたのに本当に申し訳なくて謝ったのだけれど彼は優しく俺に微笑んでくれた。

彼はよく笑う、笑顔の素敵な人だ。
それに対して、俺は笑顔の作れない暗い人間。
彼とこんなに近くで接していてそれをすごく実感してしまう。
絶望と幸福が同時に自分に押し寄せて来る感覚がとてつもなく怖かった。
いつ俺はこの人に嫌われてしまうのだろうか。
一緒にいればいるほどその期間が短くなってしまう気がして涙が出そうになった。


「森山くん、僕はこれから仕事に行ってきます。」
「ぁ、…お店、ですか?」
「はい。なるべく早く帰ってきます。」

どうやら、彼は今日も仕事に行くようだ。
当たりの日。
俺がいつも店に入って幸せになれる日だ。
今日は働いている彼を見ることができないのかと、倒れてしまった自分を少しだけ恨んだ。

「なにかあったらすぐに連絡してください。これ、僕の携帯の連絡先です。」
「……っ…、わかりました…」

すると、彼は俺の手に優しく紙を握らせてくれる。
彼の連絡先のようだ。
もしかしたら使わないかもしれないけれどなんだか教えてもらえたのがすごくうれしくて、俺は何度もぱちぱちと目を開いて彼と紙を見つめた後に少しだけふにゃりと下手くそに笑えた気がした。
普通の人が当たり前にやっているようなことを彼とできるのがなんだか嬉しくてたまらないのだ。
彼といると自分の悪いところがたくさん分かってしまうけれどそれと同じくらい幸せで、自分が変われているような気持ちにしてくれる。
彼といればいるほど自分が彼のことを好きになっていくのがわかった。

もうこれ以上近くにいたら彼の事を諦められなくなってしまうかもしれない。
そして、もし彼に嫌われてしまったら俺は生きていける自信がない。
彼と恋人になりたい。そう思ってしまう自分と、そんなこと絶対にできるわけがないという自分が心の中で何度も戦った。

以前の自分だったら、恋人になりたいなんてそんな考え絶対に出なかったに違いない。
もしかしたら少しずつだけど本当に自分が彼によって変えれているのかもしれなかった。
俺は自分と戦いながら、お仕事に行く彼に向かって「いってらっしゃい」と当たり前の挨拶をしたのだ。