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あれから、森山くんは点滴が終わっても目を覚まさなかった。
そのまま家に帰してしまったらまた倒れてしまう気がして、不安になった僕は自分の家に彼を引き取ったのだ。

次の日になって部屋に入った時に彼がベッドにいなかった時には本当にヒヤっとしたけれど、部屋の隅で座り込んでいるのを見て心の底から安心した。
もしかしたら普段からそうして座っているのかもしれない。
でも今は病人らしく、おとなしくベッドに座ってもらっている。
ベッドまで運ぶために彼の体を持ち上げたときに、怖がっているのか一生懸命僕にすがって服を握る彼がとてつもなく愛しかった。

……そして、どうやら彼は昨日の記憶がないようだ。
なんだか、彼のことを好きになってしまったことがばれてしまうような気がしたからすこしだけ安心する自分がいた。


「森山くん、体調は大丈夫ですか?なにか欲しいものはありますか?」
「あ…の……、…」
「ん?」

部屋の隅で彼のことを見つけた時からその瞳はずっと不安そうに揺れていた。
だから僕は彼の目線にあわせて、子供に話しかけるように優しく声をかける。
本当に、この子は人と会話をすることに慣れていないようだ。

「あぁ、そうだ。森山くん喉乾いたでしょう?水を持って来たんです。飲めますか?」
「……の、めます。」

彼にコップを差し出すと、コクコクと頷いてコップをそっと受け取ってくれた。
なんだか小動物を相手にしているようでとても可愛らしい。
どうやらとても喉が渇いていたようで一生懸命こくこくと水を飲んでいる彼に安心する。
体調は戻っているようだ。
しかし身体は弱ったままのようで、自分の力で立ち上がれない様子なのが気がかりだった。
しばらくは休みをもらって彼の体調を気遣った方がいいかもしれない。

「森山くんよかったら、しばらくうちにいてください。」
「えっ…?」
「その足じゃ帰ってもなにもできないでしょう?」
「……、でも、…あむろ、さんは……」
「僕は大歓迎です。ちゃんと食べて栄養をとってください。そうだ。ご飯作ってきますね。」

本当は半分以上僕のわがままだ。彼を自分の見えるところに置いておきたかったのだ。
彼の体調も本当に心配だったけれど、本音は僕の作ったごはんで彼に元気になってもらいたかった。


僕は彼を部屋に残してキッチンに立つと、彼のために食事を作った。
あまり普段食事をしていなそうな印象と病み上がりというのもあって卵がゆを作ることにした。
鍋を見つめながら先ほどの彼を思い出す。
いつも遠くから眺めているだけだった彼が、自分のパジャマを着て自分のベッドに座る姿を見てとてつもない優越感を感じてしまった。まるで自分のものであるかのような…
彼には思いを寄せている女性がいるということもわかっているのに、何度も言い聞かせたのに、そんな馬鹿な考えが出てきてしまうのだ。
どうしてこんな気持ちに気付いてしまったのか、僕は少しだけ自分の心を恨んだ。

「……わぁっ!危ないあぶない…」

そこで、現実に意識を戻すと吹きこぼれそうな鍋に気付いて慌てて僕はコンロの火を止めたのだった。


「森山くん、起きてますか?ゆっくりでいいから食べてください。」
「……、ぁ、ありがとう、ございます。」
「熱いから気を付けてくださいね。」

鍋からお皿におかゆをよそって、スプーンも渡した。
彼は相変わらず食べることに慣れていないようにゆっくりと一生懸命おかゆを頬張っている。
お店でいつも遠くで見ていた彼がこんなに近くで食事をしているのがなんだか不思議な感覚だった。

「どうですか?おいしいですか?」
「……、……」
「……ん?」
「……、幸せ、です。」
「……っ…、」

ぼんやりしながら食事をする彼になんとなく質問を投げかける。
なにか小さく言っている彼の顔を覗き込むと、相変わらず無表情だけれどおかゆの温かさのせいだろうか、すこしだけ頬を染めて彼は確かに「幸せ」だと、そう言った。
この子は、どれだけ僕を夢中にすれば気が済むのだろうか。
幸せなのは僕の方だった。
大好きな彼を家に入れて、自分の作った料理をおいしく食べてもらえるのだ。

自分の中にとてつもない大きさの幸せを感じるのと同時に、彼が思いを寄せる知らない彼女のことを考えて傷つく。
僕はそんな気持ちに気付かないふりをしながら、一生懸命にスプーンを口に運ぶ彼をぼんやりと見つめるのだった。