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不透明ソーダ04


「森山くん…その…」
「秀一はどこに行ったんですか?いつ帰ってくるの?」
「それは…」

何とか部屋に戻ったものの、いつものソファーに戻る気にもなれなくて、壁際の床に座り込んだ。
キャメルさんは何度も気まずそうに俺の名前を呟いた。
膝を抱えながら秀一の居場所を聞いても、言葉を濁すだけで俺には教えてくれない。
コナンくんは一度家に帰るなんて言い出して、何度も引き留めたのにやっぱりどこかに行ってしまった。
だれも俺の話を聞いてくれない。

「なんで、皆冷静でいられるの…」

ソファーに座って手紙を確認しているキャメルさんは、何も答えてくれなかった。
ただ時折俺の様子を確認するだけ。
このままでは秀一が危ないかもしれないのに。
まわりの人間の冷静さが俺には怖くて仕方がなかった。
おかしいのは自分なのだろうか。
どうしてこんなことになってしまったのだろう。
とにかくこの家に手紙が来ているかどうかだけでも自分の目で確かめたい。
ポストに何も入っていなければ安心することができるはずだ。
そのためにはキャメルさんの目から逃れて外に出る必要がある。

「置いていくなんて酷い…俺、怖くて外になんか出られないのに…」

わざと聞こえるように呟いた。
俺の言葉を聞いた彼が安心したような顔をしたのを見逃さなかった。
鼓動が煩くて耳を塞ぎたくなる。
カーテンの隙間から漏れる夕日がフローリングの色を部分的に変えていた。


「森山くん?」
「お手洗い、行ってきます…」

しばらくして覚悟を決めると、壁に体を預けながらゆっくりと立ち上がった。
大人しく座っていた俺が動いたことに反応したのかキャメルさんの目がこちらを向く。
不思議なくらい疑われていなかった。
すぐに離れていく視線に息を吐いて、バレないうちに廊下へ出る。

「ごめんなさい。キャメルさん…」

足を入れたスニーカーがまだ濡れていて冷たくて、小さく眉を寄せた。
外に続く扉に身を寄せると音を立てないように鍵を回してゆっくりと開ける。
夕日が眩しくて目の奥が痛い。
雨は完全に止んでいて水たまりだけがそこらにぽつんと残されていた。
後ろ手にドアを閉めて、寄りかかる。緊張で心臓が痛い。
抜け出したことがバレていないことを祈りながら一歩を踏み出した。
ふらふらと郵便受けに近づいて中を覗き込むと同時に、何か白いものが見えて血の気が引いていった。

「やっぱり、見られてたんだ」

ポストの中には一回り大きいけれど、いつもと同じ洋形の白い封筒が入れられていた。
膨らんだそれは、中に厚みのあるものが入っていると見ただけで分かる。
震える手を伸ばして触れてみると指先に硬い感触があった。
いつもなら破くように乱雑に開けるのに、今日ばかりはそういう気にはならなかった。
ゆっくり、大切なものに触るような手つきで恐る恐る開けてみると、そこには小さめのナイフが入れられていた。

「え…な、に…これ…」

驚いて頭が動かない。
次に見慣れてしまったシンプルな便箋を開いてみると、そこにはストーカーから俺に向けられた脅迫のメッセージが綴られていた。

「君の行動次第で人が傷つくことになる。どうするべきなのか分かるよね?」

それと一緒に、変装した恋人の写真が添えるように入れられている。
地面が崩れていくかのような絶望感が身体中を襲う。
俺が会いに行ったから。俺のせいで、秀一が狙われている。

「ぁ…俺、どうしたら…」

震えたまま無意識に工藤邸を振り返った。
この家に隠れているうちは秀一の身が危ない。
俺の行動次第…どうすればいいのだろうか。
頭が真っ白になって、気が付いたら考えるよりも先に体が動いていた。
ナイフを封筒に入れ直してしっかりと握りしめた俺は、工藤邸の庭から外に出ると無我夢中で駆け出した。
部屋着の長いズボンが雨上がりの地面に触れて濡れるけれど気にしている余裕もない。
ポケットから携帯を取り出して、親指を画面に滑らせていく。
手が震えて何度も取りこぼしそうになりながら携帯を耳にあてた。

「お願い、秀一…出て…」

祈るようにコール音を聞き続ける。
何を話せばいいのかなんてわからない。
でもとにかく、危ないって伝えないといけない。
俺のせいで秀一が死んでしまったらどうしよう。
もう会えないかもしれない。その事実が思考を鈍らせていく。
何度目かのコール音が止んだ後、いつも通り落ち着いた恋人の声が聞こえた。

「…晶太か?」
「秀一!今どこにいるの!?今、ポストにナイフが…!それに、秀一の写真も。どうしよう、俺のせいだ。やっぱり秀一の所に行かないで家にいればよかった…。ごめん…本当に、ごめん俺のせいで…巻き込んで」
「お、おい…落ち着け。俺は大丈夫だから」

電話越しでは秀一の香りも温もりも感じることができない。
混乱して何度も謝り続ける俺をなだめるように、いつもより柔らかい声が鼓膜を揺らした。
電話をしているということは、まだ秀一が無事だということだ。
安心して泣きそうになったけれど必死に我慢した。
水たまりを踏むたびに足元が冷えていく。

「…おい、ちょっと待て。お前こそ今どこにいる?」

息が弾む。
何も食べていないのに無理して動くものだから、何度も眩暈がして足がもつれる。
俺の足音を電話越しに聞き取ったのか、秀一が息を呑む音が聞こえた。
抜け出してきた。と答える前に恋人が俺の名前を叫んだ。

「晶太!今すぐ家に戻れ!危険なのはお前だ」
「嫌、…だって、ナイフが…俺のせいで…」
「…キャメルはどうした」
「だって…あの家にいたらダメって、手紙に…秀一、どこにいるの。早く逃げて」

秀一に何かあったら、自分のせいだ。
それだけが頭の中を支配して不安でいっぱいになった。
普段ならもっと冷静になれたのかもしれないけれど、もう精神的にも限界で、頭が真っ白で。
息が上がって口の中に血の味が広がる。

「分かった。いいかよく聞け。とりあえずお前は安室くんの所で…」
「もしもし?え、安室さん?安室さんがどうしたの?ねえ!秀一!?」

ブツリと響いた嫌な音と共に急に音声が途切れて、声が聞こえなくなった。
何かあったのかと何度も名前を呼んだけれど返事がないのは当たり前。
立ち止まって携帯を確認すると真っ暗な画面が充電切れを主張していた。
そう言えば最近携帯を見なかったから充電もしていなかった。

「安室さん…って、ポアロってこと…?」

人通りのない道に自分の荒い息遣いだけが響く。
誰かに見られているかもしれない。
心細くて不安で今すぐ座り込んでしまいたくなったけれど、そんなことしている余裕は俺には残されていなかった。
携帯をポケットにしまいながら封筒を握り直すと、恋人に言われた通り良く知った喫茶店を目指して走り出した。


「安室さんっ!」

夢中で走っていた俺の視界にポアロの看板が写った。
カラカラという心地いい音と共にタイミング良く見慣れた金髪の人物が出てくる。
掃除をするために出てきたのか、その手には箒と塵取りが握られていた。
静かな道に響く俺の足音に反応したらしく、紺碧の瞳がこちらを向いた。
秀一の姿は見えない。
俺の姿を見て固まった彼の両腕を正面から掴んで引き寄せた。

「安室さん!!しゅ、秀一!秀一を見ませんでしたか…!!?」
「晶太くん…!?赤井は見てないですけど…その格好、部屋着…ですか?落ち着いて、どうしたの?」
「どうしよう、なんで…秀一が危ないんです!!」

目をまん丸に見開いた彼は何事かと驚いている様子だったけれど、すぐに真面目な顔になると俺の顔を覗き込んだ。
酸素が足りなくて、苦しくて、彼の胸に頭をくっつけるように前のめりになった俺は彼に縋り続ける。
上手く声が出なくて何度か咳をした。
息が乱れたまま、秀一の名前を呼ぶ俺を見た彼の眉が少しだけ動いた。

「君、そんな顔色で…真っ青じゃないですか!」
「俺のせいで、秀一が…」
「赤井なら大丈夫ですから、落ち着いて。座りますか?君の方が…」
「聞いて!安室さん!違う…!大丈夫じゃなくてっ!」

こんなに焦っているのに彼が違うことを喋るものだから、話を聞いて欲しくて手に力を込めた。
言われてみればさっきまでよりもずっと眩暈が強くなっている。
視界が揺れて、気持ち悪い。
ここに来いって言ったのに、なんで秀一がいないの。
もしかして何かあったのだろうか。
頭を振って安室さんを捲し立てていると急に両頬が暖かい物に挟まれた。
ぱちんと軽い音がして、そこで初めてそれが彼の手だと気が付いた。

「晶太くん、僕のこと見て。落ち着いて。息、できますか?」
「は、っ…は、…俺…」
「赤井がどうしたんですか?」
「ごめんなさい、ぐるぐるして…俺、こんなことになったの初めてだし、もう分かんない…なんで皆は冷静でいられるの?おかしいよ…秀一が危ないのに」

一体誰に頼ったら恋人を助けてくれるのだろうか。
胸の中が膨らんでいくみたいに苦しくなって、目の奥が痛くなった。
上半身を少し倒してこちらに目線を合わせた安室さんの真剣な顔がじんわりと霞んでいく。
ずっとずっと我慢していた涙が耐えきれずに溢れてきて頬を流れていく。
安室さんの親指にせきとめられても、その雫はとめどなくこぼれ落ち続けた。

「どうしよう…安室さん。秀一がっ…俺のせいで殺されちゃったら…」
「うん。聞きますから、何があったのか詳しく僕に教えてくれますか?」
「俺が、秀一が外に行くの、止められなかったから…さっき、ポストに…っ」

途切れ途切れに喋る俺の言葉を、今度は真剣に聞いてくれた。
安室さんの優しい笑顔が心の中の不安を少しずつ溶かしていく。
この人に言えばもしかしたら解決してくれるかもしれない。
そう思って、何もかも話してしまおうとしたその時。

「っ…!ポスト…に…」

かしゃり、と小さく音がした。
もしかしたら気のせいかもしれない。
実際、安室さんの瞳はその音を気にすることなく相変わらずこちらを見ている。
でももしそれが気のせいでなくて、あいつに写真を撮られてしまった音だとしたら。
このままではあむろさんがあぶない。
落ち着いていた気持ちが沸騰するみたいに湧き上がって、うるさい心臓と共に酷く意識がはっきりし始めた。

「あっ…ごめんなさい…俺、急用を思い出しました」
「え、ちょ、ちょっと…!晶太くん!?」

掃除途中の彼の背中を両手で押していく。
夕日もほとんど沈んですっかり薄暗くなってしまった外と違って、店内は明るい照明で客を受け入れていた。
半ば強引に安室さんを押し込むとすぐに外に出ようと駆けだした。
すると何かを察知したのか、彼は慌てて俺を掴もうと手を伸ばしてくる。
ここで捕まったら駄目だ。安室さんまで巻き込むわけにはいかない。
咄嗟に、持っていた封筒を彼の手に握らせた。

「安室さんは店の中にいてください。絶対に外に出ないで…、お願い…!秀一のこと見つけたら俺に連絡ください!あと、これ秀一に渡して!」
「赤井にって…待って!晶太くんっ!」

安室さんなら、何とかしてくれるかもしれない。
なぜだかそう確信していた。
彼が動き出す前に店の扉を閉めて、大きな声に背中を押されながら走り出した。
これで大丈夫。
しばらく、建物に反響する足音だけを聞いていた。
もう自分が一体どこを走っているのか分からない。
外にいる間はきっとあいつは俺のことを狙ってくるはず。
そう思いながら曲がり角を勢いよく曲がったその時、体が誰かにぶつかった。

「わっ…!」

衝撃に構えていなかった体がふらついてそのまま地面に尻餅をつく。
ぶつかった相手が誰なのかを確認しようとしたけれど、それより先に視界に影がさした。
不気味な笑い声が人通りの少ない薄暗い道に響いていく。

「ふふ、俺の晶太。やっと見つけた」
「…ぁ、…っ…」

紡がれたその言葉で、一体誰が立っているのかすぐに分かった。
恐怖で体が固まって動かない。
俯いたままで目の前の足を見つめた。
頭が重い。腰が抜けてしまったのか、立ち上がることも出来なかった。
もうダメだ逃げられない。大人しく捕まるしかない。
けれど、秀一に何かあるよりもずっとマシだ。

「手に入れた」
「…」
「逃げたら彼がどうなるのか、分かるよね?」

下を向いたまま小さく頷いた俺を見て、そいつは満足気に喉を鳴らした。

「君は俺の物だ」