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不透明ソーダ03


「お兄さん…お兄さん?」
「っ…あ、ごめん俺…今、意識なかったかも…」
「大丈夫?」

足に触れる手の感触に驚いて顔を上げるとコナンくんが不安そうにこちらを見上げていた。
無意識に息を止めてしまっていたのか、息苦しさに耐えきれず急いで呼吸をしたせいで肺が痛んだ。
時計を確認すると、あれからまだ数時間しか経っていないようだった。
考えることがありすぎて体が全く休まらない。
座っていた体制のまま体を横に倒してソファーに体を預けた。
頭も動かなければ、身体も言うことを聞かない。

「俺は大丈夫だよ」
「少し休んだ方がいいんじゃないですか?」
「うん、ありがとう…」

あれから、秀一はあまり喋ってくれなくなった。
眉間に皺を寄せながら真剣な表情で俺に送られた手紙を読み続けている。
まぁ恋人がストーカーされて脅されて、ご機嫌と言うわけにもいかないだろう。
結局あの指輪のことも話してくれないし、既に一度読んでいる他の手紙も読ませてくれなくなった。
あの時、机に当たった指輪の音が今も頭の中で響いている。

「お兄さん…顔色が悪いよ…?」
「大丈夫…気にしないで…」

ずっと眩暈が止まらないのを黙っているけれど、きっと皆にばれているのだと思う。
こんな状態だから捜査に混ぜてもらえていない状況だ。
テーブルの上に並べられた俺の写真を横目で確認した。
どれもこれも撮影者の方に視線が向いていない盗撮写真で、家の前から学校の中まで撮影場所は様々だった。
こんなに撮られていたなんて全然気が付かなかった。

「あんまり、読まないで欲しいんだけどな…」

手紙には、俺のどこが好きだとか、自分のものにしたいだとか、もっと過激なものもあって、恋人には読ませられないような内容ばかり。
初めはコナンくんに読ませるのだって拒んでいたのに全然言うことを聞いてくれないものだからもうすっかり諦めてしまった。
小さく呟いた言葉が聞こえたのか、秀一の手が伸びてきて頭に触れた。

「次からはもっと早く頼れ」
「…え?」
「良いな」

その言葉につられて恋人を見上げた時、その視線は真っ直ぐに便箋を見続けていた。
代わりに大きな手が髪の毛を優しく梳かしていく。
小さく返事をするといい子だとでも言いたげに数回頭を叩かれた。
机を挟んだ向かい側では、キャメルさんとコナンくんが手紙を見ながらあーでもない、こーでもないと話し合っている。

「キャメルさん。やっぱりこの家にはまだ手紙は来てないんですか?」
「はい。確認した限りでは」
「じゃあ俺のこと見失ったとか?」
「ううん。こんなマメなことする犯人がお兄さんのこと諦めたりするかな…それにお兄さん、ここに来るまで長い間外にいたんだよね?見られてる可能性の方が高いんじゃ…」
「う、はい…その通りです…」

俺の小さな希望はコナンくんのとんでもない正論によって一瞬で崩された。
今の状況を整理すると、俺がここに駆け込んでから向こうの動きがないせいでこちらも動きようがないということ、そして作戦が決まっていないということだ。
どうすれば犯人が動くのか。
そんなこと、ここにいる全員気が付いていることだった。
ただ優しいから誰もそれを口に出さないだけだ。

「俺が囮になる、とか…」
「却下だ」
「駄目に決まっているでしょう」

俺の提案は大人たちにすぐに叩き落された。
結構本気だったのだけれど、聞く気すらないようだ。
さっきコナンくんが言っていたように、犯人は俺を諦めていないはず。
なら俺が囮になるのが一番早いと思ったのだけれど。

「俺も、あんまり迷惑かけたくないし…」
「何度も言わせるな」
「っでも…」

聞き分けのない俺にイラついているのか、秀一が机を叩いた。
でも、ずっと考えていた。
指輪まで贈ってくるような人間が、俺が誰かと一緒にいて黙っているだろうか。
このままでは俺のせいで誰かが傷つくかもしれない。
そう思ったら背中が冷たくなって、いてもたってもいられないのだ。

「でも、危ないのは俺だけじゃないんだってば!」
「晶太っ!」

その大きな声に、一瞬体が固まった。
視線の先で、眉を吊り上げた恋人が真っ直ぐにこちらを見ていた。
両手で俺の肩を掴んだ後、思い切り抱き寄せて背中を擦る。
気が付くと心臓が煩いくらいに波打っていて、そこで初めて自分がちっとも冷静ではなかったことに気が付いた。
落ち着く香りのおかげで、眩暈が、頭の中の雑音が、ゆっくりと消えていく。
頭を恋人の肩に乗せるとそのまま体重を預けた。

「落ち着け、晶太。大丈夫だ」
「あ…ご、めん…俺、イライラして…ごめん…」
「お兄さん。水、飲める?」
「あ、ありがとう」

何度も謝る俺にコナンくんが水の入ったコップを差し出す。
ずっと冷静でいるつもりだったのに、一番頭を冷やさないといけないのは自分だった。
コップを受け取って口を付けると冷えた水が喉を潤していく。
重かった頭が少しすっきりしたような気がする。
不意に顔を上げると、コナンくんが少しだけ悲しそうな顔をしていた。

「コナンくんどうしたの?え…あ、れ…?」

気になって立ち上がろうとしたその時。
くら、と視界が一瞬回った。
さっきまで普通に支えていたはずの頭が重くなって、視界がぶれていく。
手の中のコップを誰かに取られたけれど、それが誰だったのか見ている余裕はなかった。
視界が狭まって、霞がかかったみたいだ。
自分の力では支えきれずに傾いた体が誰かに優しく抱き留められた。

「晶太、…、…」
「しゅ、?…ぁ…?」

秀一の声だ。
何か言っているけれど周りの音が途切れ途切れにしか聞こえなくなった。
手を持ち上げて恋人に触れようとしたのに、痺れてしまってうまく動かなかった。
気が付けば思考も、口も動かない。
とろとろと意識が少しずつ溶けていく中、嗅ぎ慣れた煙草の匂いがする。
薬を盛られた俺は意識を飛ばすことに抵抗などできるはずもなかった。



「んぅ…あれ…?俺、どうしたんだっけ…?」

何時の間に寝てしまったのだろうか。
深い睡眠のおかげか、やけに頭がすっきりしている。
確かコナンくんに水を貰って…。
そこまで考えて顔を上げると、コナンくんとキャメルさんが少し驚いた顔でこちらを見ていた。

「まさか、もう目が覚めたのか…?」
「キャメルさん…?何かあったんですか?」

ゆっくりと体を起こしてから、寝癖がないかどうか確認するために髪の毛を撫でつけた。
気が付けば、あんなに汚かった机の上がいつの間にか綺麗に片付いている。
俺が部屋を見渡す間も、キャメルさんは特に気まずそうな様子でしきりに扉の方を見ていた。
そこにいったい何があるというのだろうか。
視線を追ってドアの方を見ると、変装した姿の秀一がこちらを見ていた。

「秀一?…なんで、変装なんか…」
「森山くん、駄目だ」
「まさか、外…行くんじゃ」
「すぐ戻る」
「っ…だめだって!外出たら!危ない…!」
「森山くんっ!」

考える前に体が動いていた。
一気に血の気が引いていくのを感じながら恋人の方に走っていく。
キャメルさんが俺を呼ぶ声がしたけれど気にしている余裕はなかった。
秀一の腕にしがみつくと、部屋の方に戻そうと必死になる。
気が動転してしまって、頭が真っ白で、何も考えられなかった。
でもこのまま外に出してしまったらいけない。それだけは自分の中ではっきりしていた。

「安心しろ、大丈夫だ」
「嫌だっ!秀一!行っちゃ駄目」
「晶太」
「っ、お願い…ここにいて…」

きっとこうなることが分かっていて、俺が寝ている間に出かけるつもりだったのだろう。
グリーンの瞳が必死に叫ぶ俺のことを優しく見ていた。
これ以上駄々をこねたら本当にただの子供だ。
でもここで引き下がってしまったら秀一の身が危ない。
恋人を助けようと必死で、頬を流れる涙も気にならなかった。

「落ち着いて、森山くん」

俺の涙を見た恋人の力が一瞬だけ緩んだけれど、その攻防はいつまでも続かなかった。
後ろから伸びてきたキャメルさんの腕が俺の体を秀一から簡単に引きはがした。
手の中にあったぬくもりが空気に触れて、すぐに消えてなくなっていく。

「離してっ!」
「キャメル、後は頼んだ」
「しゅ、いち…やだ」

どんなに手を伸ばしても、声を出しても、秀一はこちらを向いてくれなかった。
その背中が外に消えていくのを無力な俺はただ見つめることしかできない。
扉が閉まる音が真っ白な頭に絶望的に響いて、煩く反響した。
足から力が抜けいってその場にぺたりと座り込む。
全身の血が止まってしまったみたいに体が寒くて、頭が痺れていく。
キャメルさんとコナンくんが俺の名前を呼ぶ声を聞いたのを最後に、その後のことはあまり覚えていられなかった。