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不透明ソーダ02


カタ、と耳元でなった物音に驚いて勢いよく飛び起きた。
急いで辺りを見回すと俺が枕にしていた秀一が目を見開いてこちらを見ている。
今まで息を忘れていたみたいに突然肺に入ってきた空気が苦しくて、浅い呼吸を何度も繰り返す。
頭が動かなくて、心臓が痛くて、部屋着の胸元を思い切り握りしめた。

「っは、…は…っ…」
「お、おい…晶太?」
「…音が…誰か来た…どうしよう…」
「落ち着け。灰皿を置いただけだ」

音の発生した場所から距離を置いて縮こまる俺に、恋人がゆっくりと手を伸ばす。
そこで初めて自分がどうしてこの場にいるのかを思い出した。
一気に覚醒したせいか頭痛と息苦しさが抜けなくて必死に酸素を取り込んでいく。
頭に触れた手に力が籠って同時に手を引かれると、もう一度体を横にさせられた。
恋人の膝に頭を乗せると少し焦ったような顔と目が合う。

「灰皿…?でも…本当に誰も来てない?もしかしたら誰か見てるかも…」
「悪かった。何もないから、大丈夫だ」
「手紙は…?俺、ちょっと確認してくる」
「おい!晶太…!!」

もし誰かに尾けられてるのだとしたら、この家のポストにも何か入っているかもしれない。
そう思って秀一の手を退けながら体を起こすと急いでソファーから立ち上がる。
とりあえず目だけでカーテンを確認すると大股で歩きながら廊下に続くドアに手をかけた。
俺を止める秀一の声も全く耳に入らない。
そのまま早足で玄関に歩いていってまだ濡れたままの靴に足を入れようとしたところで、手首を強く掴まれた。

「晶太!」
「しゅ…いち…?」
「頼むから落ち着いてくれ。大丈夫だ。お前の家のポストも含め調べさせてる」
「え?な、に…言って…」

恋人は少し抵抗する俺を無視して腕を引きながら部屋に戻っていく。
結局ソファーの上に戻された俺は、渋々そこに座り直した。
マグカップのコーヒーはすっかり冷めてしまっていたけれど、時計を確認すると時間はそんなに経っていないようだった。

「…どうする?ベッドルームで寝るか?」
「いい…ここに居る…」
「そうか…」

その大きな手は相変わらず俺の手首を掴んでいた。
でもスウェット生地の部屋着越しでは秀一の体温を感じることができない。
掴まれていない手で恋人の手に触れて一度離してもらうと、その指に自分の指を絡ませる。
目線だけこちらを見た恋人に応えるように力を込めると再びその視線が前を向いた。
体温を逃がさないように腕に絡みながら、テーブルの上のマグカップに手を伸ばした。
持ち上げたマグカップに口をつけて傾けると、途端に広がる酸味と苦味。

「秀一…取り乱してごめん…」
「落ち着いたか?」
「うん…なんか安心してきた…」

最近何も食べてないのに、急にコーヒーなんか飲んだら胃に悪そうだ。
久しぶりに口にものを入れたら少しずつ緊張が溶けてきて、恋人に寄りかかりながら少し笑う。
あんなに取り乱して、なんだか恥ずかしい。
やっと微笑む俺に安心したのか少し柔らかくなったエメラルドがこちらを向いた。

「やっと笑ったな」
「うん…寝たらちょっと落ち着いてきた…ありがと…」

たくさん心配をかけてしまった。
それでもやっぱり不安は消えてくれなくて、優しい恋人にバレないようにこっそりカーテンを見た。
変わらずに閉まっていることを確認してから持っていたマグカップを元の位置に戻す。
いつの間にか雨は止んでしまったようで、外はすっかり静かになっていた。
恋人の二の腕に頭を擦り付けていると反対の手が伸びてきて頬に触れる。
寝る前と同じように目の下に触れた恋人が口を開いた。

「まだ時間がある。もう少し寝ておくといい」
「え…?でも」
「晶太」
「…、…うん。分かった」

本当はこのまま起きていて、何があっても対応できるようにしていたい。
でも俺の顔を覗き込んだ秀一がいつになく優しく笑うものだから否定しようとしたその言葉を飲み込んだ。
真っ直ぐ見つめられたまま目を逸らせずにいると頬に触れていた手が前髪を持ち上げる。
そのまま近づいてきた恋人の唇が額に触れたのは、ほんの一瞬だった。

「いい子だ、おやすみ。晶太」
「あ、…お、やすみ…」

全身の血液がじわじわと顔に集まっていく。
なんとか挨拶を返したつもりだけれど、うまく言葉になっただろうか。
赤くなっているであろう顔を隠すために寝転がってすぐ恋人の腰に抱き着いた。
きっとこれも秀一の作戦なのだろうことは分かっているけれど、まんまと引っかかった俺は頭を撫でられながら再び眠りについた。


「晶太…」
「ん…ぅ…しゅ…いち?」
「すまない。起きられるか?」
「どうしたの…?」

背中を優しく叩くそのリズムと聞きなれた優しい声に、眠りからゆっくりと意識が浮上した。
深く眠ってしまったらしく、重たい瞼をやっとのことで持ち上げて目を開ける。
こちらを見降ろす秀一がぼやけていて良く見えなくて何度か瞬きを繰り返した。

「どうやら到着したようだからな」
「え、え…?」
「突然誰か来たら驚くだろ?」
「待って…誰か、来るの…?」
「安心しろ。お前も良く知っている人間だ」

誰か来る。そう聞いて顔を強張らせた俺を安心させるように秀一が不敵に笑う。
それでも安心できなくて体を起き上がらせた。
カーテンは相変わらず閉まっていて、寝る前まで止んだはずなのに再び降り始めたのか、雨の音が静かな室内に響いていた。
ずっと枕にしていた恋人の太ももに手を乗せながらエメラルドグリーンを見つめる。

「でも…」
「来たぞ」
「…っ、っ…」

ごねている間に到着したらしい。
玄関の扉が開く音と足音が耳に届く。
ストーカーではないと知ってはいても少し怖くて、分かりやすく震えた俺の肩を秀一の手が引き寄せた。
廊下から聞こえていた足音が今いる部屋の前で止まる。
忙しなく彷徨わせていた視線を諦めてドアに向けた。
ゆっくりと開くその扉から姿を見せたのは、二人の人物だった。

「あ…」
「晶太お兄さんこんにちは!」
「コナンくん!?…と、キャメル…さん…?だっけ」
「お久しぶりです」

眼鏡の男の子と、体格の良い男の人。
2人とも見覚えがあった。
こちらに小さく頭を下げた男の人は秀一といるのを何度か見かけたことがある。
知っている人が来たことに少し安心して息を吐き出したけれど、どうしてこの二人が来たのか分からない。
困惑したまま隣に座る秀一に視線を移したけれど俺のことを見てくれなかった。

「秀一…?」
「持ってきたか?」
「うん、お兄さんの家にあった手紙。恐らくこれで全部だよ」
「ポストにも新しく入っていました」
「っ…あ、それ…嫌…」

キャメルさんがずっと手に持っていた紙袋。
そこにはここ最近嫌と言うほど目にした洋形の白い封筒がたくさん入っていた。
息が詰まって、座っていた位置から少し後ろに下がった。
ポストに手紙が届いた時の無機質な音が頭から離れない。

「晶太」
「え、あ…ごめん…」
「大丈夫だ」

下を向いて震えていると頭に重みを感じて現実に引き戻された。
無機質な音はいつの間にか無くなっていて、聞こえてくるのは窓にぶつかる雨の音だけ。
こちらを見る恋人から視線をずらしていくと、心配そうな顔をした二人と目が合ってなんだか少し恥ずかしくなった。

「お兄さん大丈夫?」
「無理しないでください」
「ご、ごめん。大丈夫だから…!それより、新しい手紙って?」
「うん…それがね」

紙袋の中の手紙がテーブルに並べられていく。
同じ大きさ、同じ色の封筒達。
乱雑に開封されたそれは俺の心情がそのまま現れているようだった。
コナンくんが言いにくそうに口籠った後、一つの封筒を秀一に差し出す。
恐らくそれが新しい手紙なのだろう。
それを受け取った秀一は封筒から手紙を出すと丁寧に広げて目を通し始めた。

「秀…俺も…」
「…、…お前は見なくていい」
「でも…」

広げられた手紙を見ようと身を乗り出すと、伸びてきた恋人の手に阻まれた。
助けを求めようとキャメルさんの方を見るとその通りだと言わんばかりに頷かれる。
そんなこと言われたって、気になるものは気になる。
そもそも今までの手紙も全部見ているのに今更隠されたところで意味はないような気がするのだけれど。
そう思いながらテーブルに視線をやると、そこにぽつんと残された真っ白な封筒から目が離せなくなる。

「キャメルさん、この手紙の他には何も入ってなかったんですか?」
「はい。これだけでした」
「おかしいな…いつも、写真とか…何か入ってたのに…」

彼はそう言うけれど、俺はどうしてもその封筒が気になって仕方がなかった。
いつもならば俺の写真か、俺の一日の動きが書いてある紙が同封されていたはず。
これだけ違う。
その違和感がなんだか気持ち悪くて手を伸ばして、封筒を持ち上げる。

カツン。

その音は静かな部屋でひと際大きく響いた。
封筒から零れ落ちた円形のそれは重力に従って落ちてくると机に当たって、転がっていく。
床に落ちる前に反射的に手を伸ばして拾い上げたそれは。

「え…?」
「お兄さん、それ」
「ゆ、びわ…?」
「なんだって?」

俺の手の中に納まったのは、小さなダイヤがはめ込まれたシンプルなシルバーの指輪。
その場にいた誰も言葉を発することができないまま、一瞬の時が過ぎた。
頭が真っ白になる。
確認しなくてもわかる。俺の指にぴったりであろうサイズのそのリングは、手の中で無言のまま主張し続けた。

「あ…え…?なに…これ…」
「森山くん…」
「ねぇ、手紙…何書いてあったの…?」
「…お兄さん、落ち着いて」

誰も何も答えてくれないまま時間だけが過ぎていく。
雨の音に負けないくらい心臓の音が煩くて、周りにも聞こえてしまいそうだ。
訳が分からなくて、全身から血の気が引いていく。
やがて震える俺の手から指輪を取り上げて簡単に確認した秀一はそれをすぐにキャメルさんに手渡すと、無言のまま俺の頭を自分の胸に抱き寄せた。