×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -
プレイングカード07


陽の光の眩しさで自然に意識が浮上する。
少し気怠いのは寝すぎてしまったからだろうか。
ここはどこで、俺はどうなったのか。
軽く指先を動かしてから、恐る恐る目を開けた。
久しぶりの明るさが眩しくて何度か瞬きを繰り返す。
いつもより重たく感じる手を持ち上げてみると、そこには真っ白な包帯が丁寧に巻かれていた。
ここは夢の中なのか、それとも。

「晶太お兄さん?」
「…ぅ…ん」
「目が覚めたんだね!ボク赤井さん呼んでくる!」

すぐ隣から声が聞こえたことに驚いて、指先が情けなく震える。
寝起きの声は思ったよりも掠れていて自分でも驚いた。
首を動かしてそちらを見るとコナンくんが目を真ん丸にしてこちらを見ていた。
彼はこちらの様子を確認してから、返事も聞かずに部屋を飛び出していく。
その小さな背中はすぐに見えなくなった。
動かした首が痛い。
首だけじゃない。そこから痛みは肩から背中へと広がっていって、ズキズキと疼いた。

「いって…くそ…容赦なく首絞めやがって」

その痛みはまるで、記憶を失っている間の出来事が夢ではないと主張してくるようだった。
無意識に触れた首には手首と同じように包帯が巻かれていた。
記憶がない間にこんなに怪我をすることになるとは思わなかった。
秀一は怒っているだろうか。
落ち着いて寝ていられなくて、傷を庇いながら怠い体を自力で起こした。
けれど、うまく手に力が入らなくて体制を崩した体が傾いていく。
またベッドに倒れるかと思ったその時、体が誰かに抱き留められた。
途端に鼻を掠めるのは、酷く懐かしい香り。
背中に回されているその腕が誰のものだかなんて見なくてもわかる。
安心して目を瞑ると、聞きなれた低い声が鼓膜を揺らした。

「…晶太…おい、大丈夫か?」
「大丈夫です…赤井さん…」
「…、っ…」
「ふふ…嘘だよごめん。おはよう、秀一」
「お前な…」

『赤井さん』そう呼んでやると動揺したのかその体が一瞬固まった。
それがなんだか可笑しくて小さく笑いながら、体を預けている恋人の胸に頭をすり寄せた。
ふざけた俺を怒っているのか肩を抱く腕の力が強くなった。
大きな手で髪をかき混ぜられながら、全身に広がる痛みに悶える。
降参の意味を込めてシーツを叩くとその手はすぐに動きを止めた。

「ってて…痛いって…」
「…はぁ、まだ無理して動くな」
「うん」

低くて優しい声が心地良くて、幸せだ。
秀一は力の入らない俺の体をもう一度ベッドに戻そうとした。
傍にあったぬくもりが離れていくのが寂しくて、縋るように恋人の胸元を握りしめる。
すると途端に秀一の動きが止まって小さく俺の名前を呼んだ。
もっと、もっと俺の名前を呼んでほしい。

「秀一」
「ん?」
「…、…なんでもない」

あまり我儘を言っても困らせるだけだ。
そう思って彼の胸元を握っていた手をゆっくり離して彷徨わせた。
諦めてベッドに横たわろうとすると、一度離した手が恋人の手に力強く握られる。
驚いて顔を上げた俺を秀一は真剣な顔で見下ろした。
全てを見透かすような澄んだエメラルドグリーンが何だか懐かしい。

「晶太」
「え…?」
「もう泣くな」
「…なっ…別に泣いてないだろ…!」

その言葉に慌てて頬を擦ってみたけれど、乾いたままで涙は出ていなかった。
しばらくしてからそれが記憶がない間の話だと気が付いてその恥ずかしさに顔に熱が集まる。
あれは今の俺とは関係ない話だ。
それに、あんなに怖い思いをしたのだから誰だって泣きたくなるはずだ。
慣れている方がおかしいというものだ。

「…聞いてもいい?」
「なんだ?」
「みんなは無事だった?誰も怪我とかしてない?」
「ぁあ。お前のおかげだ」
「そ、か…良かった」

ずっとそれが気がかりだった。
もしかしたら俺のせいでいっぱい怒られてしまったかもしれない。
でも、本当に無事で良かった。
安心して息を吐くと全身から力が抜ける。
そのタイミングで秀一の手によって体がベッドに戻された。
布団を掛けてもらいながら見上げると、優しげに目を細めた恋人の手が頬を撫でる。
陽の当たる静かな部屋の中、2人分の声だけが空気を揺らす。

「秀一、寝たくない。いつものソファーがいい」
「バカ言うな」
「ねぇ、お願い。連れてって」

布団から両腕を出して、こちらを見降ろしたままの恋人の方に伸ばす。
秀一はうまく力の入らない俺の手に巻かれた包帯を見ると、眉間によせた皺を更に深くした。
最後に掠れた声で名前を呼べば大きな手が乱暴に髪を掻き回す。
それから小さくため息を吐くと、俺の我儘を聞いてくれたのか体を優しく抱き起こした。
背中と膝の下に腕が回されて、持ち上げられるその瞬間。
布団の中で指先に何か冷たいものが触れた。

「…?あれ、なんか」
「どうした」
「ここになんかある。あ…これ…」

気になって布団を捲って見ると、一体何時からあったのか。
そこには輝く大きな宝石が置かれていた。あの夜キッドが盗んだものだろうか。
エメラルドグリーンに輝くその宝石は日の光に当たったことで輝きを増し、その存在をさらに主張し始めた。
秀一と同じ色だ。綺麗。
しばらく動けずにそれを見つめていると、それを打ち切るように体が持ち上げられて、驚いて視線を外した。

「わ、びっくりした。急に動くなって」
「…行くぞ」
「え、でも…あれ…」

秀一は制止の声も聞かずに俺の体を軽々と持ち上げて、ドアに向かって動き始めた。
肩越しに部屋を見ると、真っ白なシーツの上に放置された宝石が日の光を集めてキラキラと輝いている。
部屋から出て廊下を曲がれば、すぐにその輝きは見えなくなってしまった。
陽の当たる部屋とは違って、薄暗い廊下は少し寒い。
ずっと黙ったままの恋人に身を寄せながら、機嫌を伺うようにその顔を見上げる。

「…キッドは悪くないからな。俺が勝手にやったことだし、それに危ないところで助けてくれた訳だし」
「…っ…あのな」

先程から恋人が何を考えているのか。
それがなんとなく分かってしまって、自分から先に口を開く。
すると俺のその言葉を聞いた秀一は腕の力を強めながら、鋭い声を出した。
少しだけ驚いたけれど、それに抵抗するように首に絡めた手に力を込める。
確かに怖かったしこんなに怪我もしてしまったけれど。
目を瞑れば、守ってくれた秀一の姿が鮮明に思い出される。

「秀一、格好良かったよ。…背中、ちゃんと見えてた」
「…」
「ありがと」

赤くなった耳を隠すために思い切り抱き着く。
納得いかない様子ではあったけれど恥ずかしがる俺に何も言えなくなったのか、秀一はそのまま押し黙った。
怪我が治ったら、また改めて怒られるのだろうな。
ゆっくりとした足取りで階段を下りていく恋人の足音が、心地よく鼓膜を揺らしていく。
やがていつもの部屋にたどり着くと体を優しくソファーの上に下ろされた。
浮遊感と共にぬくもりが離れていってなんだかちょっとだけ寂しくなった。

「ほら、あまり動くなよ。それと無理はするな」
「うん。…秀一」
「…なんだ?」
「ここ座って。…膝枕」

頭を少し上げて、ソファーを手で叩いた。
子供みたいに甘える自分がちょっとだけ恥ずかしい。
くすぐったくて小さく笑う俺をしばらく見つめていた秀一は、頬を掻いてから息を吐くと俺の言った通りに腰を下ろす。
テーブルの上にはすっかり冷めてしまったコーヒーがぽつんと置かれていた。
ずっとここで待ってくれていたのだろうか。
秀一の長い指が寝起きで乱れた髪をいつもより優しい手つきで撫でていく。

「煙草、吸っていいよ」
「ん?…あぁ」
「はぁ…幸せだなぁ」

空っぽの灰皿が視界に入る。
ずっと我慢していたのか、俺の言葉を聞いた秀一が慣れた手つきで煙草を取り出して火をつけた。
コーヒーと煙草の香りが混ざり合う。
時間をかけて戻って来た平穏がやっと体に染み込んでいく。
体の力を抜いて寝転がっていると、自然と瞼が重くなった。
煙草を吸いながら頭を撫でる恋人の手のぬくもりを感じながら、俺は噛みしめるように静かに目を閉じたのだ。