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彷徨い落ちる


「あの…安室さん…?」
「はい」

彼は車のハンドルに腕を乗せながら、俺の呼びかけに微笑みながら答える。
さっきまでの俺は冬の寒空の下で、飲み会終わりに恋人の迎えを待っていたのだ。
そしてたまたま通りかかった安室さんが待っている間だけでも、と車に乗せてくれて今に至る。
おそらく仕事帰りであろう彼に迷惑をかけるわけにはいかないと断ったのだけれど、結局断り切れずに乗せられてしまった。

「やっぱり悪いですよ…俺、一人でも大丈夫です」
「ダメです。こんな暗い中1人で立ってたら危ないですよ。それに、そんな薄着で」

安室さんはそう言いながらこちらに微笑むと、暖房の温度を少しだけ上げた。
確かに寒かったのは事実だけれど、なんだか申し訳ない。
すっかり冷え切った両手を擦りながらもう一度謝り直した。

「…そんなに心配しなくても」
「最近不審者が多いらしいですし、万が一何か起こってからじゃ遅いんですよ」

安室さんは俺の頭を2、3回ポンポンと叩きながらそう諭す。
完全に子供扱いだ。
どうやら引く気は無いらしい。
結局甘えることにして背もたれに体を預けると、安室さんは満足げに頷いた。

「で、連絡しなくていいんですか?」
「え?」
「赤井です。待ってたんでしょう?」

どうしてそれを。
目を見開いて固まる俺を見る安室さんは、まるでいたずらが成功した子供のようだった。
それから、彼は自身の携帯を取り出してトントンと画面を指で叩く。
俺は何と返したらいいか分からないまま、慌てて同じように携帯を取り出すと指先を画面に滑らせた。
それから簡単な文章で恋人に連絡を済ませる。

「うげ…」
「どうしました?」
「すぐ来るって…」

思いのほか早く帰ってきた一言だけの文章からは、恋人の機嫌の悪さが充分に伝わってくる。
物凄く恐ろしい。
安室さんは、携帯を握りながら頭を抱える俺を不思議そうに見た。
そんな彼の方に携帯を傾けて画面を見せると、こちらに体を近づけて手元を覗き込む。
暗い車内で、こつんとぶつかった頭同士。
その途端彼の方からふわりといい香りがして、イケメンは匂いまでイケメンなのか…と少しだけ羨ましくなった。

「大事にされてるんですね」
「…え?」

携帯を眺めていたせいか、反応が遅れた。
いつの間にか体を離して座り直していた安室さんが目を細めてこちらを見ていた。
その言葉の意味が理解できずに目を見開いて固まる俺に、彼は畳みかけるように口を開く。
理解できずに固まっていた脳みそがその言葉の意味を飲み込んでいくうちに、さっきまで寒かったはずの体が奥からじわじわと熱くなっていった。

「晶太くんは、赤井のどこが好きなんです?」
「…へっ!?!?」

唐突なその問いに、口から思わず大きな声が漏れた。
その言葉は鈍い衝撃となって頭を襲う。
飲み会の酔いが戻って来たみたいに一気に顔に熱が集まって、頭が真っ白になる。

「え…どこが…っえ…?」

秀一の好きなところ。
突然放たれたその質問に対して、何も言葉を発することができなかった。
もし出てきたとしても、それを安室さんに言えるかどうかはまた別の話だ。
恋人の顔がぐるぐると頭の中を回って、何も考えられない。
そんな俺の反応を見た彼は、くすくすと楽しそうに笑いながらその長くて綺麗な指で優しくハンドルを撫でる。
その仕草が妙に色っぽく見えて、慌てて目を逸らした。

「な、なに…何言っ…」
「どうして付き合おうと思ったんですか?」
「、あ…の…そ、れは…」

顔が熱くて頭がくらくらする。
思わず、膝に置いた両手を握りしめた。
好きとか、好きじゃないとか、本人に伝えるのだって恥ずかしいのに、どうして安室さんに教えないといけないのだろうか。
ほの暗い車内で、少しこちらに身を寄せた彼が俺の顔を覗き込む。
それから逃げるように後ろに下がると、すぐに背中が車のドアに当たった。

「あれ?困らせちゃいましたか?…晶太くん、そういう話得意だと思ってました。意外です」
「ほ、本当にそう思ってるんですか!?」
「うーん。半分冗談です」
「からかわないでくださいよ!」

完全に玩具にされている。
熱くなった頬をさまそうと手で仰ぐ俺を見ると、安室さんは楽しそうに笑う。
なんだかいつもと違って今日の安室さんは子供みたいだ。
それから、彼はすぐに上げていた暖房の温度を下げてくれた。

「そもそも、あいつと付き合ってるとか…言ってないですし…」
「晶太くんって、嘘つくの下手ですよね」
「うっ…」

どうやら隠しているつもりだったのは俺だけだったらしい。
一体いつからばれていたのだろうか。
1人で追い詰められて狼狽えていると、彼に優しく手首を掴まれる。
驚いて顔を上げれば、真剣な顔をした安室さんが俺の顔を覗き込んでいた。

「そんなに隠したいなら、ここ」
「え…?」
「キスマーク」
「へっっ!?キス…えっ!?」

安室さんは俺の手を握っているのとは反対の手で、首をゆっくりと撫でながらそう呟いた。
彼の放った言葉を瞬時に理解した俺はそこを思いっきり手で押さえた後、恥ずかしさのあまり距離を置こうと後ろに下がる。
固いドアが思い切り背中に当たって、一瞬だけ息が詰まった。
あいつ…見えるところにだけは付けるなって言ったのに。
明らかな動揺を隠す気にもならなかった。

「ぁ…えと…」
「それに声も少し枯れてます」
「……っ…」

思い切り口を押さえる俺を二つの紺碧が真っ直ぐ見つめる。
もう、熱いのか寒いのかさえ分からない。
距離が近いせいで、安室さんのいい香りが鼻を掠める。
戸惑う俺の前で楽しそうに笑う安室さんの視線は俺ではなく、その後ろを見ているようだった。
それに気が付いて後ろを向こうとすると、突然背中のドアが開いて体が後ろに傾いた。

「安室さん…?うわっ…!?」

身体を襲う浮遊感。
さっきまで掴んでくれていたはずの安室さんの手が離れていって、視界いっぱいに広がるのは、雲ひとつない星空。
まるで空から落ちているような感覚に、思い切り目を瞑る。
何かに捕まろうと動かした手は何も掴むことができなくて、諦めて体に力を入れた。
けれど、予想していた衝撃はいつまでたってもやってくることはなくて。
恐る恐る目を開けると、後ろから誰かに体を支えられていた。

「…晶太」
「へ…あれ…?……秀一…?」

思い出したように息を吸い込むと、冬特有の澄んだ空気が内側から体を冷やしていく。
見上げた俺の視界の中には、夜空と共にいかにも機嫌の悪そうな恋人が映り込んだ。
秀一は呼びかけに答えることなく俺を立たせてから手首を握ると、そのまま歩いていく。
体を引っ張られた俺はそれに付いて行きながら慌てて安室さんの方を振り返った。

「あ…安室さん!ありがとうございました!」
「はい。気を付けて」

車の中からひらひらと手を振りながら笑う彼に手を振り返すと、遠慮なく歩く恋人に必死についていく。
もつれる足を気にしながら顔を上げれば、背中しか見えない恋人から不機嫌さが伝わってきて、開こうとした口を噤んだ。
痛いくらいの沈黙。
そのまま俺は近くに停められていた車に押し込まれた。

「あの。怒ってる…?」
「機嫌が良いように見えるか?」
「うっ…」

やっと絞り出した俺の言葉は、その一言で叩き落とされた。
秀一が怒る気持ちも分かるけれど、安室さんの好意を無下にする訳にもいかないじゃないか。
そもそも、怒りたいのは俺の方なのだ。
そう思って意を決した俺は、こちらを向こうともしない恋人の服の裾を掴んだ。

「俺だって怒ってるんだけど」
「…は?」
「昨日あんなに痕つけんなって言ったのに」

秀一以外に体を見られる事は無いのだから、見えない所になら、いくら付けられたって問題ないのだ。
やっとこちらを向いた恋人の顔を覗き込めば、暗闇に溶け込みそうな装いの中、グリーンの瞳だけが主張するように輝いて見えた。
首を押さえながら腕を振って怒る俺を見て、恋人は不思議そうな顔をしてから少しだけ考える様な仕草をする。

「そこに付けた記憶はないが」
「……へ?」

その一言で思わず、さっきまでの怒りがどこかに飛んで行ってしまった。
動きを止めた俺を見た恋人は目を細めると、俺の手を退けて何かを確かめるように首筋を撫でる。

ゆっくりとそこを親指で撫でられながら、俺は安室さんのやけに楽しそうな笑顔を思い出した。
それから引いていた熱がもう一度じわじわと顔に集まるのを感じて、無意識に両手で首を押さえた。

「えっ…だって安室さんが…」
「……、…」
「…っはぁ…完全に騙された…恥ずかし…」
「晶太、もう黙れ」
「へ…?っ!?」

街灯で淡く照らされていた視界が、急に暗くなる。
背凭れに寄りかかりながら顔を上げると、覆いかぶさるように距離を詰めた恋人が首筋に吸い付いた。
驚いて呼吸が止まる。
ちくりとした痛みの後に、舌のぬるりとした感触がして驚いた俺は秀一の服を思い切り掴んだ。
何度経験しても慣れない感覚。
顎を固定されれば、すぐに抵抗なんてできなくなる。

「ぁ…やだ…痕付、けんな…ン、ぅ…」

反論しようと開いた口をすぐに塞がれた。
遠慮なく何度も唇を舐められれば、相手の背中にまわした手から力が抜けていく。
背中を快感が駆け下りていく感覚に、思い切り目を瞑った。
車の中から、恋人の体から。煙草に混じって香る、嗅ぎ慣れた匂いに思考を鈍くされて、涙で視界がぼやけていく。
やっと解放されたと思うとすぐにまた首に吸い付かれるので、休憩する暇もない。
ちくり、ちくりと首から胸元に広がっていく痛みが、熱い。
暖房のついていないはずの車内で、じわじわと体が温められていった。

「ぁ…こ、こ…車…ゃだ…」
「…、…」
「しゅ…、いち…」

夜とはいえ、誰が通るか分からない。
ほんの少し残された理性で両腕を動かして、秀一の背中を服の上から何度も引っ掻いた。
もう限界。そう思ったところで噛み付くようなキスから解放された。
力が抜けた体が、ずるずると座席を滑る。
ぼやけた視界の中で、恋人が満足げに唇を舐め取るのが見えた。

「…っふ…ぁ、」
「屋内で待てとは言ったが、他の男の車で待てとは言ってない」
「ぅ…ご、め……って、おい。今見えるところに付けただろ!」
「反省して厚着しろ。風邪ひくぞ」

今日薄着なのは遅刻しそうになったせいだし、その原因は秀一なのだけれど。
そう思ったけれど口答えしたら今度は何をされるかわからない。
恐る恐る窓の外を確認したけれど、どうやら人がいる様子はないようだ。
安心して大人しく座り直すと、秀一は出掛ける時に忘れた俺のマフラーを取り出して首に巻いてくれた。
それから、自分が被っていた帽子を俺の頭に乱暴にかぶせる。

「ありがと…。あの、秀一」
「…ん?」
「…好きだよ」

安室さんと話していたら、なんだか伝たくなった。それだけだった。
なるべく小さく呟いたけれど、車のエンジン音は掻き消してはくれなかったようだ。
煙草の火を消していた恋人の手が一瞬だけ動きを止めた。
驚いた顔をしてこちらを見ていた秀一が、やがて嬉しそうに目を細めて応えるように俺の頬を撫でる。
こいつ、こんなに単純だっただろうか。なんだか今日は秀一も子供みたいだ。
マフラーに顔を埋めて顔を隠しながら、車を動かそうとハンドルを握る恋人を盗み見た。