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いつもの景色


携帯の画面を見ながらため息をひとつだけ。
そこでは友人たちがキラキラと今にも輝き出しそうな思い出を、惜しむことなくひけらかしている。
聞く必要もないくらいに学生時代の夏休みを満喫しているようだ。

「楽しそうにしやがって」

この暑い中外に出たいとはあまり思わないけれど、楽しそうな写真を見ていると羨ましくなる。
現実から目を逸らすために携帯の電源を落とすと、座っていたソファーに寝ころんだ。
持っていた携帯を手から離せば、床に落ちる重苦しい音が脳に響くような気がした。
そのまま、ゆっくりと目を瞑る。
こうやってエアコンの効いた部屋にいる方がずっとましだ。なんて、いったい何度目の負け惜しみだっただろうか。
そう思っているとこちらに近づいてくる足音。

「晶太?」

名前を呼ばれて目を開ければ、照明を遮ってこちらを見降ろす恋人の顔。
目を細めた俺を見て少しだけ眉を動かした秀一は、こちらに手を伸ばして頬に手を当てた。
低い体温が気持ち良い。
その手に擦り寄っているとなんだかこのまま眠ってしまいそうだ。
されるがままになっていると恋人の顔が少しずつ近づいてくるのが見えて、力を抜いていた手を咄嗟に唇に当ててキスを阻止した。

「ダメ…キス禁止令」
「…む」
「この前、俺が降参してもやめなかっただろ。しばらくダメ」

恋人からの熱烈なキスを思い出して赤くなった顔を隠すように顔を背ける。
別に減るものではないのだろうけれど、特別な時にだけしたいなんて我儘は口には出さなかった。
せっかくクーラーをつけているのに、ソファーに触れている背中と秀一に捕まれている手首が熱を持ってなかなか引いてくれない。

「秀一」
「…どうした?」
「なんでもない…」

俺を見つめていた秀一はため息を吐くと、ソファーの上でだらしなく伸ばし切った俺の足を退けて隣に座った。
秀一の膝の上に足を乗せれば、そこからじんわりと体温が混ざり合うようだ。
それを少しだけ堪能してから床に足を下ろして起き上がった。

「携帯、落ちてるぞ」
「あ、うん」

恋人のその言葉に遅れて反応した俺はむなしく床に転がったままの携帯を拾い上げた。
不思議そうな顔でこちらを見る秀一に笑いかけると、思い切り寄りかかって甘えるように頭を押し付けた。
せっかくセットした髪の毛はもうずっと前に崩れてしまっている。

「何かあったのか?」
「別に…。ただ、皆楽しそうだなーって」

もう一度、封印していた携帯の画面を付けた。
そこにはやっぱり楽しそうな友人たちの思い出が、きちんと四角く切り取られてそこに映し出されている。
不意に、口を尖らせていた俺の前髪が秀一の長い指に掬い上げられた。
少しだけ伸ばしすぎて邪魔だった前髪が退かされたことで視界が鮮明になる。
隣を見れば不思議そうな顔をした秀一が俺の顔を覗き込んでいた。
綺麗なグリーンの瞳に吸い込まれてしまいそうで、目を逸らしながら俯いた。

「俺達もどこか行くか?」
「…いいの?」
「あぁ。どこが良い?」

ぱっと顔を上げると、グリーンの瞳が楽しそうに細められる。
俺の反応を楽しむような挑戦的なその顏にも反応できないほど、喜びの感情が膨れ上がっていくようだった。
ずっとつけっぱなしだった携帯の画面が勝手に消えたのにも気が付かないくらいに。

「…どこでもいいの?」
「嬉しいか?」
「いや…、それは…べ、つに…」

思わず弾んでしまう声に気が付いた時には、秀一は愛おしそうに俺のことを見つめていた。
何時の間に火をつけたのか、指に挟んだ煙草から出た煙が空中を漂っては消えていく。
何処が良いか考えようともう一度携帯に触れようとすると、不意にいつもの秀一の行動が蘇って思わず手を止めた。

「でも、」
「…ん?」
「一緒に出掛けると、秀一すぐ俺に帽子かぶせるだろ。あれ、やめてよ」

誰のために時間をかけてセットして来ていると思っているのだ。
すぐに崩されてしまう可哀想な髪の毛のことを思いながら邪魔な前髪を弄る。
出掛けるならそろそろ切った方が良いな。
そんなことを思っていると、時間をかけて重苦しく煙を吐き出した秀一が何か言いたげに口を開いた。

「お前が…」
「ん?何?」
「…、…なんでもない」

忘れてくれ。
咥えていた煙草を灰皿に押し付けながら、静かにそう呟いた秀一の目が自分から逸らされる。
急に冷たくなったその対応に少しだけ不安になった。
一体何を言おうとしたのだろうか。
俺が素直にならないから、怒ったのだろうか。

「秀一…怒ってる…?俺のこと嫌いになった…?」

もう一度自分のことを見て欲しくて、その綺麗な瞳を覗き込んだ。
面倒くさい人間だって自分が一番良く分かっている。
首を傾げる俺を映したグリーンが細められるのを確認するのと、思い切り肩を押されたのは同時だった。
視界が回って身体がソファーに押し付けられると、携帯が再び床の上をすべる音が耳に届いた。
一体何が起きたのか分からずに何度か瞬を繰り返していた俺の両手首が、逃げられないように押さえつけられる。

「しゅ、いち?」
「不満を言うなら、その無防備なところを直してからにしろ」
「…へ?」

その言葉の意味が分からなくてぽかんと口を開けた俺の視界に影が差す。
整った恋人の顔が近づいてくるのに気が付いて、飛ばしかけていた意識を元に戻した。
慌てて手首に力を入れるけれどびくともしない。
いつの間にか足の上に乗り上げられて、抵抗も何もできなくなってしまった。
完全に、支配されている。
ドキドキと煩く鳴り響く心臓の音が相手に聞こえてしまいそうだった。

「ちょ、ちょっと!秀一!禁止!キス禁止だって…!」
「…聞こえないな」

顎を掴まれて、必死に逸らしていた顔を前に向かされた。
自由になった手でどんなに肩を押しても、恋人の体はびくともしなかった。
近すぎる秀一の顔も、ぼやけて見えなくなる。

「ばか、…う、ン」

唇を舐められた途端、反射的に体が震えた。
制止の声を聞かない秀一の、少しだけかさついた唇が重ねられるたびに体から力が抜けていく。
抵抗できないと分かったのか解放された両手で恋人の腕を力なく握り返した。
しばらくされるがままになっていると、満足したのか支配されていた体が解放される。
くったりと力が抜けたまま、満足気な恋人の顔を見上げた。

「どうだ。満足したか?晶太」
「そ、っちだろ…」

見透かしたようなその言葉に思わず顔を逸らした。
秀一は力の抜けた俺の手を掬い上げると、そのまま優しく手の甲にキスを落とす。
約束を破ったのだから、好きなところに連れて行ってもらわないと。
きっと我儘を言うまでもなくどこにでも連れて行ってくれるのだろうけれど。
顔を隠していた前髪を払って見上げれば、愛おしそうにこちらを見る秀一と視線が交わる。

「秀一」
「…ん?」
「すき」

力を抜いたまま寝転がったソファーの上で一言だけそう呟く。
途端に驚いたように見開かれた、いつもは鋭いはずのその瞳を見て心の中で笑ってやった。