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鼓動の行方


「しゅういちー…」
「ん…」

先程からこの調子だ。
いくら名前を呼んでもちゃんとした返事がこないので、携帯の画面から目を離して恋人の姿を確認する。
今日は二人で俺の部屋に泊まっていて、とっくにシャワーも済ませた。
視線の先で秀一は床に敷いた布団の上に座りながら俺の座っているベッドに寄りかかって、ぼんやりとテレビの画面を眺めていた。
手の中で煙草の箱を転がしている。

「秀一くん」
「あぁ…」

テレビの画面ではニュース番組が流れていて、最近起こった出来事を大きなことから些細なことまで順番に取り上げている。
何か気になるのだろうか。
分からないけれど、俺の恋人はすっかりテレビに夢中の様子だ。
別にこれといった用事があるわけではないので返事には期待していなかったのだけれど、なんとなく気になった俺は秀一の後ろ姿を眺めてみる。
そしてその何となくした行為によって、俺は恋人の後ろ姿に釘付けになってしまった。
シャワーを浴びてしっとりした髪の毛。
広い肩幅や、黒いTシャツから覗くうなじをゆっくり目で追っていくと、急に胸の奥が締め付けられたみたいな感覚がした。
触りたい。
秀一の大きな背中を見つめたまま、持っていた携帯を横に置いた。

「ねぇ…秀一…触ってもいい?」
「ん、」

煙草吸いたいとでも思っているのだろうと予想を立てながらいつもの調子で質問する。
ほとんど上の空な恋人から意識のないOKの返事を貰った俺は、秀一の体を足で挟むように後ろに座った。
首に腕を回して頭を抱きしめると、驚いたのか秀一の体が少しだけ動いた。

「晶太…?」
「テレビ見てていいから」

そう一言言い残すと、その首筋に顔を近づけた。
風呂上がりで煙草の匂いがしない秀一の体からは、俺と同じ香りがするのだろう。
帰ってくる前に二人で適当に選んで買ってきたボディーソープの香り。
自分で使った時はよく分からなかったけれど、秀一からはなかなかに良い香りがする。
意外に当たりだったかもしれない。
また買ってもいいかもしれないと思いながら、こちらに伸びてきた秀一の手をやんわりと制した。

「動かないで」
「おい…」
「秀一は触っちゃダメ」

そう言うと、恋人の肩に頭を擦りつけて目を閉じる。
密着した体から風呂上がりで温まった秀一の体温がじんわりと伝わってきて気持ちがいい。
幸せの感情が少しずつ大きくなっていく感覚がする。
居心地が悪いのか体を動かそうとする恋人を押さえつけるように更に強く抱きしめると、途端にぴたりと動きを止めた。
珍しく慌てている姿がちょっと面白い。
別に怒っていたわけではないけれど、俺を無視してテレビに夢中だった罰だと思っていただきたい。
伝わってくる鼓動に意識を集中させていると、首に回していた手首を優しく掴まれた。
どうやら、勝手に充電していた俺に対して痺れを切らしたようだ。

「晶太…頼むから…」
「…駄目…もうちょっと」

でも、言うことは聞いてやらない。
抱きしめていた力を緩めて目を開けると、シャワーのせいか少しだけ赤くなった首筋が目に入った。
それを見て悪戯を思いついた俺は、少しだけ目を細めた後そこに優しく唇を寄せた。
瞬間、恋人がぐっと息を呑んでいるのが伝わってきて笑いそうになるのを堪えながら何度もそこに唇を落としていく。
本当に触れるだけの静かなキス。
ふに、とそこに唇を当てるたびに、握られた手首に力が入っていった。

「晶太…あまり可愛らしいことをしないでくれ…我慢できなくなる」
「は…?」
「お前の家ではできないだろう」
「お、まっ…何、言っ…!?」

そう言われて、体中の血が顔に集まったみたいな感覚がした。
違う、そう言うつもりじゃない。とか、ただ充電しようとしていただけだとか、口から出ることのない言い訳が頭の中を満たしていく。
急に冷静になってしまって、まるで今まで誰かに操られていたかのようだった。
どうしよう。俺が悪戯していたはずだったのに、恥ずかしくて仕方がない。
首に回した腕も、首筋に寄せた唇も、このままどうやって誤魔化せばいいのかわからなくなってしまった。
とりあえず勝手にくっ付いていた背中から急いで体を離そうとすると、両手首を握られて逃げ道を奪われた。

「晶太…」
「離して」
「顔が見たい…頼む。見せてくれ」
「絶対だめ…」

肩にもう一度頭を押し付けてぐりぐりと擦りつけると、困り切ったとでも言うような恋人の声が聞こえてくる。
手首を握っていた手が離れていって、今度はその手が俺の頭に触れた。
愛おしそうに触れた長い指が俺の髪を梳かしていく。
だめだ。顔に集まった熱がどうしても冷めてくれない。
どうしてらしくもないことをしてしまったのだろうか。後悔が止まない。

「俺、今絶対顔赤い…から…駄目…」
「ほー…そうか」
「う、わっ!?」

震える声で何とかそう答えると、急に世界がまわった。
瞑っていた目を恐る恐る開けたそこには、視界一杯に恋人の顔と天井が映る。
ベッドに押し倒された俺の顔を見た秀一は少しだけ目を細めてから、俺の熱くて仕方がない頬に手を添えた。
さっきまで温かかったはずの秀一の体温が急に冷たくなったような気がするのは、俺の体温が上がってしまったからだろうか。
恥ずかしくて仕方がなくて、真剣に見つめてくる恋人からゆっくり視線を逸らした。
投げ出した手の指先に、さっき置きっぱなしにした携帯が触れる。

「しない…から」
「分かってる。…本当に真っ赤だな」
「う…るせ…」
「キスするならここにしてくれ」

そう言うと、秀一は自分の唇をトントンと指で叩いた。
そのせいでその唇から目が離せなくなってしまう。
このままでは流される。
力が入らない手で肩を押したけれど予想通りびくともしない。
恋人は親指で俺の頬を撫でた後にゆっくりと顔を近づけてきた。
自分の心臓が煩くて周りの音が聞こえない。
付いているはずのテレビの音もわからなくなって、まるで世界から音がなくなってしまったみたいだった。
頭がぼんやりして、何も考えられない。
唇が触れ合った瞬間、目を瞑った俺は真っ黒なTシャツの胸元を思い切り握りしめた。