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前日談


「ちょ、ちょっと!秀一…離せって!」
「……」

頬が、じんじんする。
色々な展開についていけなくて目の前がくらくらと回った。
昴さんに変装したままの秀一は俺の腕を強く掴んで、無理矢理俺を引きずって歩いていく。
どんなに声を掛けても、腕を引いても俺のことを離してくれそうになかった。
途中から諦めて付いていくと車の助手席に無理矢理押し込まれる。
やはり相当怒っているようだ。

「…顔を見せろ」
「痛っ…いたい…って…」

車から救急箱を取り出した秀一は、俺の顎を掴むと強引に頬を向けさせる。
髪の毛が崩れるとか、そんな文句も言っている暇はなかった。
先程、犯人にナイフで切り付けられたそこはじんじんと熱を持っていた。
思ったよりも血が出たので、きっと服も汚れてしまったと思う。
全然反応できなくて、もし秀一がいなかったら俺はどうなっていたのか分からない。

「いたい…」
「……」

ぽつり、と返事の期待していない独り言を呟いた。
痛いけれどここで抵抗したらどうなるかわからないので、おとなしくしながら車内に目線を彷徨わせる。
さっき犯人を取り押さえた秀一が俺の傷を見た時の、心配そうな、怒ったような顔が頭から離れない。
だんだん掴まれた顎が痛いのか消毒液がしみて痛いのか分からなくなってきた頃、乱暴に大きな絆創膏が貼られた。

「…あ、りがと」
「何故、あんな無茶をしたんだ」
「…え?」

俯きながらお礼を言うと、昴さんから自分の声に戻した秀一が眉間に皺を寄せながら俺にそう質問した。
一瞬、何を言われているのかわからなかった。
…あの時は無我夢中で。
泣いている小さな女の子とそのお母さんのことを、見ていられなくて。

「だって、あんな小さな子。放っておけないよ」
「だからってお前が出ていく必要はないだろう」
「…なっ」
「俺もボウヤもいるんだ。お前は、」
「どういう意味だよ!それに、コナンくんはまだ小学生だぞ!?」

足手まといは引っ込んでろとでも言いたげな秀一の口ぶりに、思わず頭に血が上った。
秀一ならまだしも、まだ小さいコナンくんまで巻き込もうとするのが信じられない。
それとも俺なんか小学生以下とでも言いたいのだろうか。
怒る俺を前に、何を思ったのか秀一は俺の手首を掴んだ。

「晶太」
「…なんだよ」
「頼むから、大人しくしていてくれ」

秀一は言うことを聞かない俺に痺れを切らしたのか、思い切り車のハンドルを殴った。
車内の揺れと大きな音に反応した体がびくりと震える。
少し怖くて、掴まれた手首を引きながら思い切り目を瞑った。
恐る恐る目を開けると、少しだけ後悔したような顔の秀一と目が合う。
2人ともこのタイミングで謝ればよかったのだろうけれど、俺たちはお互いに頑固だったのだ。

「俺の言うことを聞け」
「うるさいな!じゃあ放っておけっていうのかよ!別に…あのまま俺が人質になったって一人でなんとかできたし」
「…本気で言ってるのか」

ムキになった俺には、自分の口からぺらぺら紡がれる言葉を止めることができなかった。
慌てて口を閉じた時にはもう遅くて、秀一の纏う空気が一気に冷たくなった。
力一杯握られた手首が痛くて、俯きながら秀一の肩を押す。
俺が女の子と代わったってきっと犯人に殺されてたことはわかってるし、秀一にも感謝してるのに。
本当はこんなこと言いたい訳じゃなかった。
無理矢理、顎を掴まれて上を向かされる。怒ったのだろうか。
変装している時にはいつも隠れている、綺麗なグリーンの瞳が目の前で光っていた。

「この前、誘拐されたこと覚えているだろう。捕まって何もできなかったのはどこのどいつだ?」
「…っ…ち、がう…」
「自分の身も守れないのに無茶をするなと言っているんだ。相手は殺人犯だぞ」

秀一が俺のことを心配してくれていることはわかっているのに。
俺は秀一のその言葉を聞いて、ムキになってしまったのだ。
普段から秀一に守られてばかりではいけないと焦っている自分にも気が付いていた。
焦って焦って、せめて小さな女の子だけでも守ってあげたくて。
顎を掴む恋人の手首を握って抵抗する。
馬鹿な俺は、優しい秀一の思いやりを思い切り振り払った。

「秀一には関係ないだろ!」
「っ…恋人の心配をして何が悪い」
「…ぁ…、」
「もういい。勝手にしろ…家まで送ってく」

後悔したときにはもう遅かった。
秀一はゆっくりと俺から手を離すと、前を向いてハンドルを握った。
完全に俺が悪いことは分かっているのに。
「ごめんなさい」という言葉が口から出てきてくれることはなくて。
捕まれていた手首をさすりながら、泣きそうになるのを堪えながら俯いた。


「しゅ、いち…」
「……」

長い長いドライブは、俺の家の前についたことで終わりを迎えた。
どうにか許してもらえないかと思って、送ってくれた秀一に小さく声を掛ける。
けれど、前を向いたままこちらに反応してくれなくて。
その反応に、頑固な俺は再び頭に血を上らせると、乱暴に車のドアを閉めて家に帰った。
それから一晩中、今日の全ての行いを後悔した俺は次の日無意識にポアロに足を運ぶのだ。

数日後、園子さんや蘭さんから恋人に関しての質問攻めにあうのはきっと天罰だったのだと思う。