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いざこざと、心情


「あれ、晶太お兄さん!」
「ん…あぁ…コナンくん…」

ポアロのドアが開いたのに反応してそちらに視線を移すと、最近よく見る人物。
森山晶太がそこに立っていた。
思わず声をかける。
いつもなら人懐っこい笑顔でこちらに笑いかけるはずのその人は浮かない顔でこちらの声に反応した。

「…どうしたの?お兄さん…」
「…うん…」
「…もしかして、昨日やっぱりなんかあったの?大丈夫だった?」
「だいじょうぶ…」

彼の元気がないことに思い当たる節はひとつ。
昨日、昴さんと俺とお兄さんで出掛けた先でまた事件に巻き込まれたのだ。
殺人事件だった。
事件の謎はすぐに解くことができたのだけれど、逆上した犯人は近くにいた小さな女の子を人質にとると自分を逃がすように主張した。
現場には女の子の不安げな泣き声が響く。
そこで、突然人質を自分と変わるように主張したのがお兄さんだった。
事件に遭うたびに怯えて赤井さんのうしろに隠れているお兄さんからは考えられない行動に、俺も赤井さんも驚いたのを覚えている。
その行動に赤井さんはそんなこと許可できないとばかりにお兄さんに反対した。
揉める俺たちに痺れを切らせた犯人が持っていたナイフでお兄さんに切りかかるのと、昴さんが男を取り押さえるのは同時だった。
その後、無言でお兄さんの腕を掴んだ昴さんは、彼を引きずるように帰っていったのだった。
きっとその後に二人の間でいろいろとあったのだろう。

「怪我は?痛くない?」
「うん…」

ぼんやりと席に着いたお兄さんの頬には大きな絆創膏が貼ってある。
声をかけても上の空でどこかを見つめたままだった。
一体、昨日赤井さんとなにがあったのか、自分にはわからないことだ。

「こんにちは。晶太くん」
「…うん」
「…晶太くん?どうしたの?」

お店のカウンターから顔を出した安室さんがいつものようにお兄さんを見つけて楽しそうな顔を見せながら挨拶した。
いつもなら笑顔でそれに答える彼は、ぼんやりとお店の外を見たまま曖昧に声を漏らす。
心なしか髪の毛のセットもいつもより適当に見える。
そんなお兄さんに、安室さんは少しだけ困惑した顔を見せた後、こっそりとこちらに声を掛けた。

「コナンくん…晶太くん、何かあったんですか?」
「えっと、それが…」
「恋人と喧嘩でもしたんじゃない?」
「ちょっと、園子!」

俺が安室さんに事情を説明しようとすると、近くにいた園子が面白そうに声を出した。
こちらも、お兄さんをおもちゃにしている人物の一人だ。
頬杖をつきながらにやにやとこちらを見ている。
蘭が慌てたように園子に声をかけた。
いつもなら真っ赤になって否定するだろうお兄さんに視線を移すと、今にも泣きそうな顔で俯いている。

「うん…」
「えっ!?森山さん、そうなんですか!?」
「やっぱり、彼女いたんじゃない」
「あんなに怒られたことなくて、俺、どうしたらいいか…」

女子高生2人は、まさかの返事に驚いたのか身を乗り出した。
いつの間にか恋人がいることをカミングアウトしたお兄さんは、自分の首を絞めていることにも気が付いていないのかぽつぽつと悩みを語り出した。
おいおい、大丈夫かよ。
後で立ち直った時に動揺するお兄さんの顔を簡単に想像することができた。

「森山さん、元気出してください。私たちでよければ相談に乗ります」
「で、どんな人なのよ?」
「黒髪…」
「へぇ…美人なんですか?」
「美人…?というか…」
「……晶太くん、ちょっと、こっち」

2人の質問にぺらぺらと口を開くお兄さんを黙って見ていた安室さんが、彼の腕を掴むと遠くの席に移動させた。
どうやらさすがの安室さんも見ていられなかったようだ。
されるがままのお兄さんはとぼとぼとそれについていく。
蘭も園子も、いつもと違うお兄さんが心配だったのだろう。
お兄さんの悩みを聞く気満々だったらしい彼女たちは少しだけ不満そうだったけれど、安室さんに説得されて座り直した。

「晶太くん、本当に大丈夫?」
「うん……」
「…何があったんですか?コナンくん」
「それが…」

安室さんは、机に突っ伏して動かなくなったお兄さんを横目に俺に質問した。
隠しても仕方がないので、俺は昨日あったことを安室さんに話す。
相槌を打ちながらこちらの話に耳を傾ける安室さんを見ながら、仕事はいいのだろうかと疑問に思ったけれどその質問が俺の口から出ることはなかった。

「なるほど…どうしてそんなことを?」
「だって…あんな小さい子。ほっとけないじゃん…」

全部の事情を聴いた安室さんが質問すると、お兄さんは泣きそうな顔でそう答えた。
まるで、安室さんまで俺を責めるのかと言わんばかりの顔だ。
いつも、少年探偵団を可愛がっていることもあって、お兄さんは小さい子が好きなのだろう。
それで昨日も放っておけなかったようだ。
安室さんに出して貰ったコーヒーのカップをいじりながら、ぽつぽつと言い訳を零している。

「秀一も、あんなに怒ると思わないし」
「やっぱり赤井さんに怒られたんだね…」
「大喧嘩した…最後に「好きにしろ」って言ったまま口もきいてくれないし…どうしよう…俺、嫌われた…」
「お兄さん…」

赤井さんと恋人関係にあることを隠そうともしないくらい、お兄さんは混乱しているようで。
両手で顔を覆ったお兄さんは、もう今にも泣いてしまいそうだ。
昨日のお兄さんの行動で、過保護な赤井さんが怒るのは想像に難くないことだ。
ただこんなに落ち込んだお兄さんを見ていると、いつもの元気な姿を知っている分心配になる。
赤井さんも案外頑固なようだ。

「晶太くん…」
「安室さん…俺…もう…」
「元気出してください。無茶なことをした晶太くんも良くないですけど、それにしたってそんな君を頭ごなしに怒るなんて。赤井は最低な男だ!」
「でも…俺が悪くて…」

テーブル越しにお兄さんの手を握った安室さんは、つらつらと赤井さんが悪いと主張し始める。
なんだか少しだけ楽しそうに見えるのは気のせいだと思いたい。
お兄さんは、安室さんの言葉に少しだけ顔を上げた。
無茶をした自分が悪いということに自覚はあるようで、しょんぼりと肩を落としている。
赤井さんのお説教のおかげで十分に反省しているようだった。
俺的には、あとはお兄さんが素直に謝ってしまえば解決することだと思うのだけれど。

「そんなことないですよ!赤井が頑固なのがいけないんです!」
「え…?」
「ちょ、ちょっと安室さん!?」
「晶太くんが赤井にガツンと言ってやればいいんです。僕は君の味方ですよ」

安室さんの言葉に俺が慌てて口を挟もうとすると、それを拒む様に安室さんがお兄さんに語り掛けた。
さてはこの人、わざと掻き回そうとしてるな…。

「そ…うですよね。安室さん!ありがとうございます!」
「え、お兄さん、本気で言ってるの?」
「僕が力になれたなら良かったです」
「俺、行ってきます!」
「ちょっと!お兄さん!待っ」

森山晶太という男は素直で流されやすい。
言い方を変えれば、馬鹿だ。
お兄さんは俺の制止の声も聞かずにお金を払うと、笑顔で蘭と園子にもお礼を言って店から出ていった。
…お兄さんがこの調子じゃ赤井さんの悩みはしばらく消えないだろうな。

「……安室さん…」
「…ん?なにかな?」
「お兄さんで遊ぶのやめなよ。怒られるよ?」
「…なんのことだか」

悪戯が成功したとでも言うようににこにこと笑っている安室さんに視線を移す。
すると、彼は悪びれることもなく肩をすくめて見せた。
この人は赤井さんのことになると急に大人げなくなる。
それに巻き込まれるお兄さんがかわいそうだ。
これで二人の喧嘩がまた拗れることもわかってやっているのだからたちが悪い。

「僕も、」
「…え?」
「晶太くんのことは心配ですよ。無茶したこと、もっと反省してもらわないと」

そう言いながらこちらに微笑む安室さんは、まるで悪魔のようだった。


次の日、結局俺はお兄さんのことが心配で工藤新一の、自分の家に足を運んだ。
家に入るとソファーに座った赤井さんが煙草を吸っている。
お兄さんの姿は見えなかった。
目線だけで俺のことを確認した赤井さんは、こちらに片手を上げながら煙草を灰皿におしつけた。
どうしたんだと質問する赤井さんに控えめにお兄さんのことを聞くと、心なしかすっきりした顔で「まだ寝ている」と上を指さした。
それでだいたいの事情を察してしまった俺は、あいさつもそこそこにそそくさと自分の家を後にしたのだった。
きっと、お兄さんは充分すぎるほど反省したのだと思う。