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プレイングカード06


「ぃ…おい、晶太」
「……ん…、」
「聞こえるか…?」
「あれ?赤井さん…?ッ痛……」

ぺちぺちと頬を叩かれる感覚に少しずつ意識が覚醒していった。
うっすらと目を開けると、心配そうに眉間に皺をよせてこちらを覗き込む赤井さんと目が合う。
どうやら俺は倒れていたところを、駆けつけた赤井さんに上半身だけ抱き起されているようだ。
あれ、俺どうしたんだっけ?
自分の状況が良く理解できずに起き上がろうとすると、体に痛みが走った。
同時に、うまく力が入らない。

「おい、無理して動くな…」
「え、俺…あれ…?」
「混乱してるのか?」

体を動かそうとすると、俺の体を支える赤井さんが先ほどより強く俺を抱き寄せた。
目だけを動かして周りを確認すると、男が二人地面に転がっているのが見えて体が硬直した。
あぁ、そうか。思い出した。
俺、子供たちをかばって、男たちに殺されそうになって。それで。
頭を駆け巡る怖い記憶に背中が冷たくなっていく。
自分の首を触ろうと手を伸ばすと、叩きつけられたときにぶつけたのであろう肩がズキリと痛んだ。

「俺…、あ…赤井さんが助けてくれたんですか?」
「乗り込むのが遅くなった。すまん。けれど…まさかお前が立ち向かっていくとは思わなかったぞ」
「……え?」
「頑張ったな」

赤井さんはそう言いながら綺麗なエメラルド色の瞳を細めてこちらに微笑えみかけると、俺の頭をやさしく撫でた。
すると、いままで張っていた緊張の糸がぷつりと切れたようで、自分の瞳からぽろぽろと涙が溢れていく。
かっこ悪いけれど、止められなかった。
俺の頭を撫でていた赤井さんは俺の瞳から流れる涙を見た瞬間今まで微笑んでいた顔から一転、ぎょっとしたように目を見開いた。

「お、おい。大丈夫か?どこか痛むのか」
「…もう…ダメかと思った…しぬかと…こわ…怖かった」
「…っ…晶太」

俺は赤井さんの服を両手で掴むと、赤井さんの胸に縋りついた。
自分の瞳から零れ落ちた涙が頬を伝って赤井さんの服に吸い込まれていく。
自分のとは比べ物にならないがっしりとした胸板に額をすり寄せると、ふわりと煙草の香りがした。
頭では自分がとんでもないことをしているのは分かっていたけれど、身体が勝手に動いてしまう。
俺の行動に初めは困惑していた赤井さんも、俺の背中に両腕を回すとぎゅっと痛いくらいに抱きしめてくれた。
俺は赤井さんの香りも、何も知らないはずなのに、何故だろうか。
彼のすべてが俺を安心させてくれる。

「……大丈夫か?」
「…はい…本当にすみません…俺はとんだ粗相を…」
「…まだ戻らないのか」
「…え?」
「…いや。」

暫くしていつまでも泣いているわけにはいかずに、俺はゆっくりと赤井さんの胸から顔を離した。
服を汚されたのに怒りもせずに、大人げなく泣くような人間を心配してくれる赤井さんは本当にいい人だ。
自分の行動が恥ずかしくて困ったように笑うと、彼が一瞬だけとても悲しそうな…悔しそうな顔をしたように見えて。
驚いて目を見張る。
けれど見間違いだったのか、俺から視線を逸らした無表情の赤井さんが倒れた男たちに目をやっていた。

「あ、の…あの人たちは…」
「ん?あぁ、気を失っているだけだ。」
「そ、…ですか…」

俺が恥ずかしいだけなのだろうけれど、…気まずい。
コナンくんの言う通りなら俺たちは友達のはずなのだけれど、友達同士だとしても子供みたいに泣いている所を見られたとなるとその恥ずかしさはぬぐえなかった。
ふと赤井さんから視線を逸らすと、倒れている小さい方の男が目に入った。
さっきあいつに触られたときは体がぞわぞわして仕方がなかった。
あのまま抵抗できなかったら俺はどうなっていたんだろうか。

「そういえば…」
「ん?どうした」
「あの人、俺のこと、高く売れそうだって。」
「…、っ…」
「どうですかね…高く売れそうですか?はは、なんて」
「っ…馬鹿を言うな」

震える体を隠すように冗談を言った。
瞬間、もう一度赤井さんに痛いくらい抱きしめられる。
彼の体温と共にふわりと煙草の香りに包まれた途端、今自分の言ったことを物凄く後悔した。
こんなに心配されるなら、冗談でも言うべきではなかった。
さっきあったことは自分の中だけに留めておけばよかったんだ。
助けてくれた人を悲しませるなんて俺は最低の人間だ。
赤井さんを安心させたくて俺はうまく力の入らない腕を持ち上げると、控えめに彼の服を握った。
嫌われたらどうしよう。

「あ、かいさ…ごめ」
「秀一、だ」
「…っえ?」

一瞬、赤井さんに何を言われたのか分からなかった。
聞き返そうとすると、何かに気が付いた彼が後ろを気にするように目線を横に動かした後、俺だけに聞こえるように呟いた。

「、おい。晶太、しっかり捕まっていろ」

その目線に誘われるように赤井さんの後ろに目を移すと、真っ黒な男の人がこちらに向かってナイフを振り上げている。
俺は全く反応できなくて、身体を硬直させながら目を見開くことしかできなかった。

「っっ死ねぇ!!!」
「っ晶太お兄さん!赤井さん!危ないっ!」
「へ、うわぁっ!?」

男の叫ぶような大声と共にコナンくんの焦ったような声が耳に届いた瞬間。
赤井さんは俺の背中と膝裏に腕を回してひょいと持ち上げながら前に跳んだ。
体中を襲う浮遊感に驚いた俺は思い切り目を瞑ると赤井さんの首にしがみつく。
暫くして、そっと目を開けると自分の状況を確認するために周りを見渡した。
すると、今まで俺たちがいたところにナイフが落ちているのが目に入った。
そして少し離れたところに三人目の新しい男の人が倒れていて近くにはサッカーボールが転がっている。
奴らの仲間だろうか。

「へ…あれ…何…?」
「お兄さん!!大丈夫!?赤井さんも!」
「ボウヤか。安心しろ。」

一体今の一瞬で何が起こったのだろう。
目まぐるしい展開に目を白黒させていると、コナンくんが焦ったように走り寄って来た。
赤井さんはそんなコナンくんに余裕の笑みを返す。
くりくりとした大きな目に見上げられて、今の自分の状況を冷静に思い出した。
男に生まれてまさか横抱きにされるとは思わなかった。しかも…いとも簡単に…。
悲しみに暮れていると、少ない記憶の中になにか引っかかるものがあることに気が付いた。

「あれ、俺なにか…忘れて……あっ!」
「なんだ?」

そう言えば、コナンくんと転がっている男を見て思い出した。
俺を襲った男たちは、子供達も追いかけたと、そう言っていた。
気が付いた瞬間に顔が青ざめていく。
どうしてそんな大事なことを今まで忘れていたのか。

「あ、ど、どうしよう…」
「お兄さん?」
「どうした?」
「男たちが…子供達も追いかけるって…!みんなが危ない!」
「お、おい落ち着け。暴れるな」
「赤井さん、早く!」

思い出して赤井さんの首に回していた手を離すと、赤井さんが慌てて俺の体を支えた。
こうしちゃいられない。俺のことはもうここに置いてってくれて構わない。
赤井さんには子供たちを助けに行ってもらわないと。

「お兄さん。大丈夫だよ」
「…え?」
「みんなの所には安室さんに行ってもらったから。」
「あ、むろさん」

赤井さんの制止の言葉も聞かずに抵抗する。
すると、取り乱した俺にコナンくんが優しく話しかけた。
どうやら、男たちが二人組ではないのはすでにわかっていて、そこに安室さんが呼ばれたようだった。
コナンくんの口ぶりからすると、安室さんも相当強いようだ。
自分の身も守れなかった俺とは大違い。
俺とそんなに体格が変わらないかと思っていたのに…なんだか裏切られた気分だった。

「よかった…」
「そういえば、お兄さんの事は赤井さんが助けてくれたの…?」
「あぁ。…まぁ、先客がいたようだが。」
「…え?」

赤井さんにゆっくり床に下ろしてもらうとまだふらつく体を支えられる。
密着していた人肌が離れていって、すこしだけ残念だなんて思ったのは気のせいだと思うことにしよう。
そして、彼の視線を追っていくと、床にトランプが刺さっているのに気が付いた。
…そういえば、男に首を絞められている時に何かが窓を割って男の腕にかすったのを見たような。
俺たちの視線に気が付いたのか、コナンくんは弾かれたようにトランプに向かって行くとそれを拾い上げて確認した。

「これは…トランプ…怪盗キッドか!」
「怪盗…きっど…?」
「あいつがお兄さんを助けたんだ…」
「あ、れ…?」

怪盗キッド、その名前を聞いた瞬間くらりと世界が回ったような気がした。
地面がゆらゆらと揺れているような、そんな感覚が体を襲って思わず赤井さんにもたれ掛かる。
頭をおさえてしがみつくと、二人が焦ったように声を荒げた。

「おい、どうした晶太」
「っお兄さん!?」
「なんか、くらくらする…」
「どうしたの!?お兄さん!?」

体から力が抜けて地面に膝をつくと、倒れる寸前に慌てたように赤井さんに抱き寄せられた。
なんだろう。
この眩暈、前に体験したことがあるような…。
だんだんと目の前が霞んできて、怖くなった俺は思わず瞳を閉じた。

「おい、…聞こえるか、しっかりしろ」
「お兄さん!また眩暈がするの!?」
「ごめ…俺、もうだめだ…」

心配する二人には申し訳ないのだけれど、もう意識を保っていられそうにない。
2人の大きな声が部屋中に響き渡っている。ここなら近所迷惑になることはないだろうか。
…ごめん、ちょっとだけ眠らせて。
口を開いたけれどそれが音になることはなかった。
そのまま俺は大好きな秀一の香りに包まれながら、真っ暗な世界に意識を飛ばしていったのだ。