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プレイングカード05


「おいおい、お兄ちゃんよぉ。よくもガキ逃がしてくれちゃったじゃねえの」
「…く、そ…」

どうしてこんなことに。
俺は子供たちが逃げていった扉をかばうように、にやにやと笑う男たちと向かい合っている。
まさか子供とかくれんぼをしていたはずだったのに犯罪者とご対面することになるとは思わなかった。
皆をかばった時は本当にがむしゃらだったのだ。だから、この後どうすれば自分が助かるのかなんて皆目見当もつかなかった。
おそらくこのままでは俺なんてすぐに殺されてしまうに違いない。

男たちは二人組、背の高い男と低い男。
怪しい真っ黒な姿はいかにも犯罪者ですという装いだ。

「とりあえず、お兄ちゃんには死んでもらうしかねぇな」
「……っひ、…」
「安心しな。すぐにガキもそっちに送ってやるよ」

背の低い男は、懐から刃物を取り出してちらりと俺に見せつけた。
こわい。喉から情けない声が出た。
じりじりと後ろに下がると、男も少しずつこちらに近づいてくる。
ダメだ、まさか記憶喪失になったまま命を落とすことになるなんて…前の俺には謝っても謝り切れない。
もう一人の男は、どうやら遠くからこちらを見守っているようだった。
くそ、俺なんて一人で十分ってことかよ。

「…わっ…」
「残念だったな、兄ちゃん。もう逃げられねぇぜ…」
「や…やだ…」

ゆっくりと後ろに下がっていると、背中が冷たいコンクリートの壁にぶつかった。
瞬間、全身から血の気が引く感覚。ちらちらと光るナイフが視界に入るたびに、良くない想像が頭を駆け巡ってくらくらと眩暈がした。
後には壁、目の前にはニヤニヤと笑う男が立っている。
死にたくないし、痛いのも嫌だ。
少しでも男から逃げようと、動くはずのない壁に体を押し付けていると足に何か固いものがぶつかった。
それが気になってこっそりと視線を移すと、少しだけ太めの木の棒が転がっている。

「く、来るな…!」
「へぇ、そんな棒切れ一本でどうする気だ?」
「っうるさい!!俺がここでお前に刺されて死んだって、子供たちは警察に行くはずだぞ…いいのか?」

俺は足元の棒をとっさに拾い上げると、男に向かって真っ直ぐに構えた。
心臓がドクドクと内側から叩くように煩く主張するたびに、棒を握る手が震える。
それを自分に誤魔化すように大きな声を出すと、男はにやにやと笑う顔を崩さずに楽しそうな声を出した。
怖くて怖くてたまらなくて、今すぐ逃げ出してしまいたかった。

「な、何がおかしい!!!」
「俺たち、二人組だなんて一言も言ってないだろ…?」
「……っえ…」
「今頃俺たちの仲間がガキどもも捕まえてるはずだぜ…」
「そ、…んな」

男はひとしきり笑った後に、俺に携帯を見せつけた。
いつの間に連絡したというのか。
くそ、守れた気になっていた自分がバカみたいじゃないか。
悔しいのか悲しいのか、じわじわと涙で視界がぼやける。泣かせる気はなかったんだけどなぁ…そう言いながら男は下品に笑う。
そして、いい加減そろそろやれよというもう一人の仲間の声に反応して、手にした刃物を振り上げた。

「死ねぇ!!」
「……っ…やめろ!!!」
「がっ…っ!?」

もう、無我夢中だった。
男が刃物を振り上げた瞬間、俺は目をぎゅっと瞑ってがむしゃらに握っていた棒を振り回したのだ。
するとガツンという鈍い音と共に、何かを殴った感触が棒から伝わってくる。
そっと目を開けると、背の低い男は頭を押さえてその場にしゃがみこんでいた。
おい、大丈夫か!?と、もう一人の男が駆けつけるのが視界に入ってくる。自分はなんとか無傷なようで、相変わらず心臓がバクバクと動いているだけだった。

今しかない。
想像もしない展開に奴らが隙を見せたその瞬間俺は持っていた棒を投げ捨てると、背を向けて全力で走り出した。
男の大きな声が聞こえたけれど、子供たちが逃げていったドアに恐怖で震える手をかける。
緊張で呼吸が荒くなる、苦しい。
しかしドアノブをいくら回してもドアが開くことはなく、焦れば焦るほどガチャガチャと空回りするだけだった。

「そ、んな…やだ…助け……っうわぁ…っ、離せ!!!」
「お兄ちゃん、よくもやってくれたね…俺の仲間痛がってるじゃん」
「ひ、や…ごめ、なさ…」

そんな俺を男たちがいつまでも待ってくれるはずもなく。
タイムリミットだとばかりにゆっくりと近づいてきた背の高い男に後ろから羽交い絞めにされる。
張り付いていたドアから引きはがされると、先ほどのように部屋の真ん中に連れてこられた。
両手の自由が奪われた俺は、全力で足を蹴り上げるけれどそれは空を切るだけで。
耳元で低く囁かれると、情けない声が自分の口から洩れた。

「いってぇなぁ…」
「お前、気ぃ抜きすぎなんじゃねぇの?」
「お兄ちゃんがガタガタ震えてるから可哀想でよぉ」
「…はな、して…やだ…」

殴られた男が、衝撃で遠くまで飛んでいった刃物を再び拾い上げた。
ビクリと体を揺らすと、怖いんだ?と背の高い男が楽しそうに笑う。
背の低い男の楽しそうな顔も、後ろから聞こえる笑い声も全部が俺の恐怖を掻き立てた。
それを振り払うように頭を横にふっていると、突然前髪を掴まれ無理矢理前を向かされる。

「い"…だい…っ」
「残念だねぇ、お兄ちゃん。せっかく結構綺麗な顔してるのに。」
「おとなしくしてれば、命だけは助かったかもなぁ…」

命だけは、ね。
そう言ってゲラゲラと笑いだす男たちに吐き気がした。
持っている刃物でぺたぺたと頬を叩かれると、恐怖によって嫌でも体が震える。
相変わらず前髪を掴んで俺の顔を見ている男の顔がじわりじわりと涙でぼやけていった。
助けて、たすけて…だれか、

「んー…こいつ、やっぱそれなりに金になるんじゃねぇの?」
「…や、やだ…」
「そうかぁ?」

ナイフを持った男は、俺の前髪から手を離すとなにやら考え始めた。
売られるなんて冗談じゃない。
子供たちは、無事だろうか。赤井さんにも安室さんにも、早く会いたい。
けれど抵抗する術が見つからなくて全身から力が抜けた俺は、そのままぐったりと下を向いた。
もう記憶なんて戻らなくてもいいし、むしろ今すぐまた記憶を失ってしまいたかった。

「おい、こっち見ろ…」
「…ゃ…っ」

どうやら考えがまとまったらしい男に、今度は顎を掴まれて持ち上げられる。
その振動で瞳に溜まっていた涙が零れ落ちて、頬を伝っては下に落ちていく。
恐怖で体が動かなかったけれど、男に触られた瞬間肌が粟立つのを感じた。
するりと頬を撫でられると、気色が悪くて呼吸が荒くなる。懸命に身じろいで抵抗するけれど、二対一じゃどうしても振りほどくことなんてできそうになかった。

「へぇ、お兄ちゃん。期待しちゃった?」
「っ…ざけんな…」

何をする気だかわからないけれど、ものすごく嫌な予感がした。

「おじさん、優しくしてやるから安心しな…ぐッ…!?」
「っっっ…触んな!っ変態!離せ!!変質者!!」
「おいっ大丈夫か!?」

そして、背の低い男がニヤニヤと笑いながら俺の服に手をかけた途端。
カッと頭に血が上ったかと思うと、俺の意志とは関係なく体が動いた。
全力で足を振り上げると、どうやら男の急所である股間に命中したようだ。
完全に気を抜いていたところに全力の蹴りを食らって、男は唸りながら地面にうずくまっている。

「っくそ、ってめぇ、よくも!」
「…は、…はっ…」

仲間がやられたことに驚いたもう一人の力が抜けた一瞬に、俺は男の腕から抜け出した。
男から咄嗟に間合いを取る。
呼吸が乱れてうまく思考が回らない。
背の高い男は、俺が抜けだすとさっきまでの余裕の表情から一転、俺のことを射抜くように睨みつける。
そして、恐怖で動けない俺の肩を掴むと壁に思い切り押し付けた。

「い"…、っ…う"…」
「いい加減にしろよ?兄ちゃん。」

その衝撃で頭を打ったのか、鈍い痛みがはしった。
完全にキレている男は、痛がる俺には全く構わずに空いている方の手を俺の首にかけるとそのまま力を込める。
その瞬間、気道がしめられたのか呼吸ができなくなった。
必死に息を吸おうとするけれど、喉からひゅーひゅーとむなしく音が鳴るだけだった。

「か…は、っ…」
「本当だ。お兄ちゃん、綺麗な顔してんね。もったいないなぁ…」
「っ…ぁ……」

くるしい。息ができない。
首にかけられた腕に全力で爪を立てて引っ掻いて抵抗するけれど、向こうも興奮しているのか少しの痛みでは抵抗にもならないようだ。
だんだんと腕に力が入らなくなっていく。
酸素が足りないのか頭も痺れてきてじわじわと視界がぶれていった。
もう、だめだ…
ゆっくりと体から力が抜けて、抵抗していた腕がだらりと垂れ下がる。
自分が死んでしまうんだと理解するのと同時に、頭の中に浮かんだのはなぜか赤井さんの顔で。
諦めて目を閉じた瞬間、窓ガラスが割れる大きな音が部屋中に響き渡った。

「…ぐぁ…っ!?」
「…っ……げほっ……」

驚いて目を開くと、俺の首を絞めていた男の腕に何かがかすったように見えた。
突然走った腕の痛みに対処しきれず、男は俺の首を離したようだ。
解放された俺は重力に従ってずるずると壁を伝いながら床に座り込んだ。
気道が開いたことで急に肺に酸素が入ってきて、げほげほと思い切り咳込む。苦しい。
ぐったりと壁に背中を預けていると、今度はドアが開け放たれる音が鈍くなった耳に届いた。
奴らの仲間だろうか、今度こそ俺は殺されてしまうのだろうけれどもう体に力が入らない。
体が重くて、指一本動かせそうにないや。
視界がぼんやりと薄暗くなっていく。
最後に俺が見たのは、男との間に立ちはだかるように、俺に背を向けて立っている誰かの大きな背中だった。