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プレイングカード04


あれから俺はお兄さんの手を引いて散歩がてら、よく使う道を案内していた。
歩きながらお兄さんの疑問に一つずつ答えていく。
お兄さんは自分が住んでいるこの町の事も、本当に何も覚えていないようだ。
見るもの全部に新しいものを見るような反応を示している。

「ねぇ、コナンくん、」
「どうしたの?晶太お兄さん。」
「赤井さんと俺って、仲良かったってことは、友達だったの?本当に?……お兄さんに嘘ついてない?」
「えっ、どうしたの急に…?」

突然お兄さんが立ち止まったかと思うと、しゃがんで俺に目線を合わせた。
そして、疑わしそうな目をしながら自分と赤井さんの関係を聞いてくる。
一瞬ドキッとしたけれど、平然を装って聞き返す。
恋人だということがばれてしまったのだろうか。今までの会話で?どうやって?
懸命に先ほどまでのお兄さんと赤井さんの行動を思い出していると、何も返さない俺に痺れを切らしたのか。お兄さんが口をひらいた。

「だって、友達っていうにはちょっと年が離れてるし…というか、あんなイケメンを俺はどこで捕まえてきたんだ…?」
「は…?」
「俺みたいな人間とあんな格好いい人が友達なわけがないよ。本当は俺、舎弟か何かじゃない?ちがう?」
「はは……」
「なんか、あの人の目を見たら逆らっちゃいけないような…そんな雰囲気が…」

真剣な顔をするから何を言い出すかと思えば。
この人、記憶がなくても変わんねぇな…
口から自然に乾いた笑いが出るのが抑えられなかった。

「それに…友達なのにそっけなかったっていうか…」
「赤井さんはいつもあんな感じだよ?」
「え…、…そうなの…?」
「う、うん」

そう、いつもあんな感じだ。お兄さん以外には。
俺が心の中で思った言葉は、お兄さんの耳に届くことはなかった。
すると、お兄さんは少しだけ安心したような顔をする。
どうしたのかと思って首を傾げると、お兄さんが困ったように眉を下げて笑った。

「よかった」
「へ?」
「俺、赤井さんのこともみんな忘れちゃったし、迷惑かけたし。もう嫌われちゃったかと思って……」
「……お兄さん…。…頑張って早く思い出そう。ね?」

さっきまで不安そうだったのは、赤井さんのことが気がかりだったのだろう。
すっきりしたように立ち上がって伸びをするお兄さんに笑いかけると、安心したようににっこりと笑い返してくれた。


「お兄さん。ここが、今僕の住んでる家だよ!」
「探偵事務所?」
「そう。おじさんが名探偵なんだよ。」
「へぇ〜…そうなんだ…」

しばらく歩くと、よく見知った蘭の家についたので指をさして紹介した。
窓に大きく書いてある文字を読んだお兄さんにおじさんのことを紹介するけれどあまりピンときていないようだ。
一体、何がお兄さんの記憶を刺激するかわからないから根気よく見ていかないと。

「ねぇ、じゃあコナンくんも探偵さんなの…?」
「え、うん。僕なんてまだまだだけどね」

興味津々で聞いてくるお兄さんの言葉に答えると、お兄さんは、「おじさんのお手伝いしてるんだ。偉いんだね」と俺の頭を撫でた。
おじさんの推理を実は自分がしていますとは言えずに笑ってごまかしていると、下の喫茶店からたまたま安室さんが顔を出した。
もう見慣れてしまったエプロン姿の安室さんは、俺たちを視界に入れるとこちらににっこりと笑いかける。

「あれ、…コナンくん?晶太くん?」
「え…、と…」
「…?…晶太くん?どうかしたんですか?」
「あの…、俺…」
「あ…、安室さん!僕とお兄さん朝から何も食べてないんだ!お腹すいちゃったな!」
「あ、そういえば」

安室さんに声をかけられると、お兄さんは目を泳がせてあからさまに動揺する。
何も覚えていないことが後ろめたいのだろう。困ったように俺に視線を向けた。
そんなお兄さんを彼が不審がらないわけもなく、安室さんがお兄さんの肩を掴もうとしたところで咄嗟に名前を呼んでごまかした。
苦しい言い訳だ。
すると安室さんは少しだけ考えた後、にこりと笑ってお店の中に案内してくれたのだった。

「ね、ねぇ…コナンくん…?」
「何?お兄さん」
「あのとんでもイケメンは一体…??」

俺たちを席に通した安室さんに何が食べたいか聞かれたのでハムサンドを注文すると、彼は慣れた様子でお店の奥に入っていった。
その時、安室さんはお兄さんにちらりと視線を向けて、目が合うと綺麗ににっこりと笑いかける。
それに一瞬怯んだ後、ぎこちない笑顔で返したお兄さんは安室さんが見えなくなってから俺に小声で話しかけてきたのだ。

「えと…お兄さんと安室さんは友達…?だよ」
「いや、それはさすがに嘘だよね?笑顔がキラキラしてて眩しくて失明するかと思った…」
「はは…」
「俺とは根本的に住む世界が違うイケメンだ…」

この人、本当に記憶がないのか…?そう思うくらい淡々と喋り出すお兄さんに苦笑する。
俺の言葉に、お兄さんは腕を組んで考え込んでしまった。
そしてちらりとお店の奥に入っていった安室さんの様子を伺っている。
この調子なら、記憶が戻るのも早いかもしれない。
俺はお兄さんにもう一度向き直った。

「…どう?お兄さん。なにか思い出せそう?」
「うーん…ぁ、と……」
「…お兄さん?大丈夫?」
「…、…」
「え、どうしたの、お兄さん?」

そっと、あまり刺激しないように質問をしてみる。
すると突然、記憶を探ろうとしたお兄さんが再びどこかをぼんやりと見つめたまま動かなくなった。
どうしたのかと思って呼びかけるけれど戻ってくる様子がない。
不安になって思わず立ち上がると、横から健康的に日焼けした腕が伸びて来てお兄さんの肩を掴んだ。

「晶太くん?どうしたの?体調悪い?」
「ぁ……、あむろ…さん…?」
「お兄さん、大丈夫?」

体をゆすられたことによって戻って来たらしいお兄さんの焦点が安室さんに合わせられた。
安室さんは少しだけ眉間に皺を寄せると、探るようにお兄さんの状態を確認する。
もうお兄さんにはさっきまでの様子のおかしさは見られなくて、安室さんの視線に居心地が悪そうにしていた。


「……そういえば、晶太くん。赤井は一緒じゃないんですか?」
「赤井さんなら家で待ってるって言ってましたよ?」
「…『赤井さん』?」
「え、と安室さん…これは、その……」

確信犯、だ。
あのあと、完全に現実世界に意識が戻ったお兄さんが安室さんに「少し眠くなってしまって、驚かせてすいません」と事情を説明した。
安室さんは納得していなそうだったけれど、もう一度お店の奥に引っ込んでから俺たちのテーブルにハムサンドを運んでくれたのだ。
そしてお兄さんがおいしそうにハムサンドを食べるのを少しの間眺めた後、本当に自然に赤井さんの話題を振ってきた。
お兄さんが、自身の恋人を「赤井さん」と呼んだ途端、安室さんの視線が俺に向いた。

「??…安室さん?赤井さんになにか用事ですか?」
「……コナンくん?どういうことですか?」
「えっと…」
「あー!コナンくんここにいたー!」

ばれてしまったものは仕方がない。別に隠していたわけではないけれど。
安室さんにも協力してもらった方がお兄さんの記憶が戻るのも早くなるかもしれないと考えて、俺は口を開こうとした。
…その時だった。ポアロの扉が開いたかと思うと子供らしい良く通る大きな声が店内に響き渡る。
そのすごく聞き覚えのある声に俺は、面倒事が増えたことを理解すると同時に頭が痛くなる思いで扉に目をやった。

「…歩美、元太、光彦。」
「おい、コナン聞いたぞ!」
「お兄さん、記憶喪失になっちゃったんですか!?」
「少年探偵団の出番だよね?ね!コナンくん!」

頭を抱えながら名前を呼ぶと、それぞれが自由に話し始めた。
大方、博士から聞いたのだろう。
脳内では博士が「すまんの、口を滑らせてしもうた。」と俺に頭を下げる様子が簡単に想像できた。
遊びじゃねぇんだぞ、そう言ってやるとコナンくんばっかりずるいと、いつも通りの返事が返ってくる。

「…晶太くん、記憶喪失なんですか?」
「えへ…すいません。そうみたいです…」
「僕でよければなんでも相談に乗りますから。」
「あ、あむろさん…ありがとうございます…!!」

向かいの席ではすっかり打ち解けた安室さんとお兄さんが現状のネタ晴らしをしていた。
安室さんに尊敬のまなざしを送るお兄さんは、きっと「見た目だけじゃなくて中身もイケメンなんて」と感動しているのだろう。やっぱり前と変わらない。
もう、俺にはこの事態を収集することはできない。
そう考えて俺は慌ててお兄さんに話しかけた。

「お、お兄さんそろそろまた街を回って記憶を探してみようよ。」
「そ、そうだね…!俺、頑張るよ。」
「安室さん、何かあったら連絡するから。」
「わかりました。…晶太くん、あまり無理はしないでくださいね」
「ありがとうございます…!!」

安室さんに微笑みかけられたお兄さんは、その優しさに感動しましたとばかりに安室さんの手を握りしめてお礼を言っている。
赤井さんにはとてもじゃないけれど見せられない光景に眩暈がする。
わざと出口に向かって歩き出しながら呼びかけると、お兄さんは慌てて立ち上がりながらズボンのポケットから財布を取り出した。

「晶太お兄さん、本当に全部忘れちゃったんですか?」
「うん。自分の名前以外は…なんにも…」
「歩美たちの事も忘れちゃったの?」
「うっ、ご、ごめんね…」

あれから、近くの公園に移動した俺達はお兄さんを囲んで作戦会議をしていた。
探偵団の皆は、いつもと様子があまり変わらないお兄さんを見て、記憶が本当にないのか怪しんでいるようだ。
じろじろとお兄さんに疑いの眼差しを向けている。
確かに、歩美ちゃんに悲しそうに見つめられて動揺するお兄さんの反応は、記憶がなくなる前とあまり変わらない。
けれどどうしてもお兄さんが嘘をついているようには見えなかった。

「どうしたら晶太お兄さんの記憶、戻してあげられるかな?」
「ご、ごめんね、みんな。お兄さん全然思い出せそうになくて…思い出そうとすると頭がぼうっとして…」
「大人なのに弱音吐くなよな!俺たちがなんとかしてやるからよ!」
「そうですよ!」
「私たち、少年探偵団にまかせて!」
「みんな…、」

困ったような様子のお兄さんに、子供達は励ますように言葉をかけると「お兄さんが思い出せそうなもの探してくる!」とみんなで元気に走り出す。
そして、ぽつんとその場に残されたお兄さんは俺の座っているベンチを振り返ると、こちらにゆっくりと歩いてきて俺の隣に腰を下ろした。

「みんな元気だなぁ…」
「ねぇ、お兄さん。さっき言ってたこと本当なの?」
「え?」
「思い出そうとするとぼうっとするって」
「うん…さっきも、喫茶店でコナンくんに質問されたとき、急に目の前がぼんやりして」

どうやら、さっき様子がおかしかったのはそのせいらしい。
いつも通りに見えても、やっぱりまだ頭が混乱しているのかもしれなかった。
無理矢理思い出そうとしても、お兄さんに負担がかかるだけだろうか。
俺が夢中で考え込んでいると、お兄さんが俺の顔を不安そうにのぞき込んできた。

「ごめんね、コナンくん。」
「…え?」
「皆、協力してくれてるのに、俺…」
「晶太お兄さん…、お兄さんは悪くないよ!」

眉を下げて申し訳なさそうに笑うお兄さんに、胸がズキリと痛んだ。
一番不安なのはお兄さんのはずなのに。もしかしたら、ずっと無理をして明るいふりをしていたのかもしれない。
俺はお兄さんの目をまっすぐ見据えると、安心させるように微笑みかけた。

「元はと言えばあいつが悪いんだし。」
「…え…?誰、」
「おーい!!おにーさーん!!」

お兄さんの記憶を奪っていったキッドのことを思い出していると、歩美たちが手を振って走りながら戻って来た。
なにか記憶を戻す手がかりを見つけたのだろうか。
嬉しそうにお兄さんの手を取ると、こっちに来いとばかりに引っ張った。

「お兄さんも一緒にかくれんぼしよう!」
「…へ?」
「おめーら、記憶探しはどうしたんだよ。」
「休憩です!」
「それに、遊んでいるうちに思い出すかもしれねーぞ!」

おいおい…もう飽きたのかよ。
俺が呆れたように睨みつけると、子供たちは悪びれる様子もなく楽しそうにしている。
お兄さんはそうだね休憩しようか。と皆に笑いかけた。
すると嬉しそうにはしゃいだ子供たちが、お兄さんと一緒に歩いていく。

「じゃあ、お兄さんは鬼ね!」
「俺達、隠れるのうめーんだぞ!」
「そうなの?…ちゃんと見つけられるかな?」
「コナンくんも、行きますよ。」

どうやら、俺も強制参加らしい。
お兄さんが定位置につくのと同時に、皆は一斉に思い思いの隠れ場所に走っていった。
俺も、とりあえず適当な場所に隠れると、持って来ていたスケボーの調整でもしようかと腰を下ろした。
お兄さんが数を数える声を聞きながら、作業に集中しようと俺は手元に意識を向けた。


それから、どれくらいがたっただろうか。
集中しすぎて意識していなかったけれど、かくれんぼにしては時間が経ちすぎではないだろうか。
なんとなく気になった俺は隠れていた場所から外に出た。
周りを見渡したけれど、誰もいない。こんなに時間が経っているというのに、誰も捕まっていないのか?

「あいつら…どこにいるんだ?」

俺は変な胸騒ぎがして、皆の居場所を突き止めようとメガネに手を伸ばした。
おそらくあいつらはいつも通りに探偵バッジを持っているはずだ。

「あれ、近い…?」

どうやら、皆はこちらに向かって移動しているようだ。もう全員見つかってこちらに来ているのだろうか。
そう思ってゆっくりと歩を進める。すると、遠くから俺を呼ぶ声が聞こえてきた。

「おい!おめーらどこまで…」
「コナンくん!どうしよう…!」
「お兄さんが…お兄さんが…!」
「このままじゃ兄ちゃんが殺される!」
「…はぁ!?どういうことだ!?とりあえず落ち着け!」

子供達の口から飛び出した言葉を理解するのに一瞬の間があった。
焦ってうまく言葉が出てこない子供たちは今にも泣きだしそうで、その様子に事態が一刻を争うのだと理解する。
とりあえず俺は子供たちを落ち着かせる。
少しずつ息を整えた子供たちは、ぽつぽつと話し始めた。

「歩美たち、隠れてたけどすぐお兄さんに見つかっちゃって。みんなでコナンくんを探すために歩いてたの」
「そうしたら、怪しい二人組が歩いてるのを見つけたんです。それで、事件かもしれないからお兄さんも連れて後をつけました…」
「そいつら、きょろきょろ周りを警戒しながら古い建物に入っていったからよ。隠れて様子を見てたら、鞄からすげえ大金を出したんだ!」
「でも…、気を抜いたら音を出しちゃって…私たちに気付いたおじさんたちが襲い掛かってきて…それで、それで…お兄さんがかばって私たちだけ逃がしてくれたの…」
「なんだって!?!?」

みんなが次々に口を開くたび、どんどん背中が冷えていくのを感じた。
おいおい、どういうことだ。
少し目を離した隙に、お兄さんがとんでもないことに巻き込まれている。
最後の方はみんな我慢できなかったのかぽろぽろと涙を流しながら、ごめんなさいと何度も謝った。

「謝るのは後だ!とにかくお兄さんを助けに行くぞ」
「で、でも…」
「いいから!歩美ちゃんは俺と一緒に来て、お兄さんがいる建物の場所を教えてくれ。元太と光彦は博士と警察に連絡!お兄さんを助けられるのは俺達、少年探偵団だけなんだ!急げ!」
「わ、わかった!」
「少年探偵団の出番ですね!」

混乱して動けずにいる皆に大きな声で捲し立てる。
最初は硬直してしまっていたみんなも、少年探偵団という言葉に反応していつもの調子を取り戻している。
覚悟を決めたようにこちらを見つめる皆に頷くと、元太と光彦は電話をかけながら博士の家に走っていった。
俺は歩美ちゃんがしっかりスケボーに乗ったのを確認すると、お兄さんの無事を祈りながら思い切りエンジンをかけて走り出した。