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プレイングカード3


晶太お兄さんがキッドに襲われて意識を失ってから、一晩明けた次の日の朝。
俺はお兄さんの様子を見るために彼が寝かされているベッドルームに行こうと、座っていたソファーから立ち上がる。
赤井さんは昨日お兄さんが倒れてからずっと彼のそばにいたのだけれど、朝になると博士や灰原に状態を見てもらうために出かけていった。
あの後、どんなに呼びかけても目を覚まさないお兄さんを赤井さんが抱え上げて工藤邸まで連れてきたのだ。
横抱きにされたお兄さんの腕がだらりと垂れ下がるのを見て、赤井さんが少しだけ眉を顰めたのを俺は見逃さなかった。

「…お兄さん?」

あまり音をたてないようにそっとベッドルームのドアを開けた。
少しだけ薄暗い廊下を、部屋から漏れ出た朝日が照らしていく。俺は少しだけ目を細めると、部屋の中のベッドに視線をうつした。
すると、ちょうど意識が戻ったのだろうか。
どこかぼんやりと壁を見つめて上体を起き上がらせるお兄さんがいた。

「晶太お兄さん!気が付いたんだね!?」
「…え…?」

思わず大きな声を出してお兄さんのそばに走っていくと、驚いたように目を見開いたお兄さんの視線がゆっくりと俺を捉えた。
けれどしばらくたってもお兄さんから反応がなくて、不安になった俺はお兄さんの手を優しく握った。

「おにいさん…?」
「あ、の君は…誰かな?どこの子?」
「え…?」
「え…」

お兄さんの口から紡がれた言葉がよく理解できなくて思わず聞き返す。
しかし、困ったように視線を彷徨わせるお兄さんの行動は、冗談を言っているわけでも嘘をついているわけでもなさそうだった。

「お兄さん、僕のこと忘れちゃったの…?」
「え、えと…ご、ごめんね!違うよ!待って、今思い出せそうというか、泣かないでほしいなっていうか…」

そっと見上げて子供らしい声を出すと、お兄さんは慌てて手を振りながら俺に弁解した。
…やっぱり、この人記憶が…

「というか、ここは…どこ?」
「……晶太?」
「っ、赤井さん!!」

ベッドに座ったまま、きょろきょろと周りを見渡しているお兄さんを見上げながら考えていると、ふいに後ろからお兄さんのことを良く知った人物の声が聞こえてきた。
慌てて振り返ると、扉を開けたままにしていた部屋の前に赤井さんが立っている。
俺はとりあえず、信じがたい事情を説明するために赤井さんの手を取ると強引に部屋から連れ出したのだった。


「じゃが、キッドは一時的なものだと、そう言っていたのじゃろう?」
「ああ…けどそれが本当にお兄さんの記憶のことだって保証がねえからな…」

あれから事情を説明すると赤井さんは相変わらずのポーカーフェイスで少しだけ考え込むと、とりあえず博士たちに見てもらおうと提案した。
本当はお兄さんのことが心配で仕方がないのだろうけれど、それを悟らせないあたりさすがだと思った。
灰原に状態を見てもらうと、目立った外傷もないし何かされた形跡もないので詳しいことはわからないということだ。
もしかしたら催眠術などそういった類のものだという可能性もあるという。
原因がわからないことには、対処のしようもない。
博士や灰原と話し合っていると、ぼんやりとどこかを見つめるお兄さんが目に入った。

「…おにいさん?大丈夫?」
「……え?えと…こなんくん」

椅子に座ったお兄さんの服を控えめにひっぱると、ゆっくりとお兄さんが俺を見下ろした。
さっき教えた自分の名前を呼んでくれる。
お兄さんは自分の名前と、昨日倒れたという記憶が少しだけ残っているようだったけれどその他は全部忘れてしまったようだ。
キッドの奴、お兄さんをいただくってこういうことかよ…と心の中で舌打ちする。
博士にはああ言ったけれど、奴の事だからいつもの宝石と同じようにすぐ返すつもりだろう。

「あの、あそこに立ってる人は?」
「赤井さんのこと…?」
「あ、かいさん…」

そろりとお兄さんが視線で示した先を見ると、窓の外を眺めながら煙草をふかしている赤井さんが立っていた。
お兄さんが見つめていたのは赤井さんだったのか。
記憶がなくなってしまってもやっぱり心の奥底で恋人のことが気になるのかもしれない。
そう思って、そっと名前を教えるとお兄さんは噛みしめるようにゆっくりと赤井さんの名前を復唱した。

「赤井さんとお兄さん、すごく仲が良いんだよ。」
「そ、か…」

付き合っている、とはなんとなく言えなくて言葉を濁した。
すると、やっぱりどこかぼんやりとしたお兄さんの瞳が一瞬だけ悲しそうに揺れる。
心配になって見上げると、不安そうな顔のお兄さんと視線が交わった。

「お兄さん?」
「やっぱり、俺、皆の事も全部忘れちゃって、嫌われたかな…?」
「あ、…お兄…」
「そうじゃ!!森山くん!!」
「うぇ…、!?」

お兄さんが何だか泣いてしまいそうで、掴んでいた服を握る力を強くした。
安心させるために声をかけようとすると、何かを思い出したように大きな声を出した博士がお兄さんの前に走ってきて肩をがっちりと掴んだ。
博士の突然の行動にビクッと肩を震わせたお兄さんは目を白黒させながら返事をする。

「ちょ、ちょっと博士!お兄さんがびっくりしてるでしょ!」
「大人げないわよ、博士」
「おお、すまんすまん。ここにいても退屈なだけじゃろう。どうせなら外に出てみたらどうじゃ?」
「そと…?」
「なにか思い出すかもしれんぞ」

子供のようにはしゃぐ博士をたしなめる灰原に苦笑していると、博士は良いことを思いついたとばかりに提案する。
お兄さんを見上げるとさっきまでの悲しそうな顔はしていなくて、すこしだけ興味深そうに外を眺めていた。

「そうだね!もしかしたら知ってることがあるかもしれないよ?ね、晶太お兄さん。」
「え、で、でも。」
「行ってみようよ」

もしかしたら外に出たいのかと思って、お兄さんの手を掴んで引っ張る。
けれどお兄さんはなかなか動こうとしない。
お兄さんの視線は、相変わらずぼんやりと外を眺めている赤井さんに向いていた。
揉めている俺たちのやり取りを聞いていたのか、赤井さんがこちらをちらりと見つめた。
瞬間、お兄さんの手がびくっと大袈裟に震えるのが伝わってきた。

「…行ってこい。晶太」
「え、でも…赤井さんは」
「…、…待ってる」
「そう、ですか…」

お兄さんにそれだけ伝えると、赤井さんの視線は再び外に向けられた。
もしかしたらいつも通りに見える赤井さんも、内心で動揺しているのかもしれない。
外を眺める赤井さんの横顔がなんとなく物悲しそうで、俺はお兄さんの意識を逸らすために彼の手を引いた。

「晶太おにいさん!僕、早くお外行きたいよー!」
「あ、えっちょっと…コナンくん!?」

ぐいぐいと手を引っ張って玄関まで引っ張っていくと、ゆっくりと歩いて見送りに来た灰原と目が合った。
後の事は任せてくれ、そういう意志を込めて笑いかけると灰原は仕方がない奴だとばかりに肩をすくめてみせる。

「そんじゃ、俺たちは行ってくるから、博士たちの事は頼んだぜ。」
「はいはい、お兄さんに無理させないようにね」
「わかってるよ」

玄関の戸を開けると、おにいさんの手を引いて外に出た。
まるで生まれて初めて外の世界を見るようにきょろきょろとあたりを見渡すお兄さんに、本当に大丈夫だろうかと少し不安になる。
何も考えずに外に出てきてしまったけれど、一体これからどうしようかと俺は考えを巡らせるのだった。