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果物的常識論


「ねむ……」

ソファーに全身を預けて、毛布にくるまりながら携帯をいじる。
今日は何にもない休日。隣には恋人が腰を下ろして煙草をふかしている。
いつもの光景。
ある意味最高の幸せと言えよう。

「…おい。暑くないのか」
「むしろ滅茶苦茶寒い…冬嫌い…」
「お前、夏も同じような事言ってなかったか…?」

毛布で芋虫のようになった俺に向かって、秀一が可愛そうなものを見るような眼を向けた。
俺はそれに臆することなく、もぞもぞとソファーから落ちかけた体を元に戻した。
そのまま少しだけ体を倒して恋人に寄りかかると、視線を下に戻して携帯に意識を向ける。
秀一は特に気にした様子もなく、再び読んでいた本に集中することにしたようだ。

それから、どのくらい時間がたっただろうか。
部屋には相変わらず秀一が定期的に本を捲る音が響いている。
今日で何本目だかわからない煙草に火がつけられたその時、俺はネットでたまたまある情報を見つけた。

「……ん…?」

気になって画面をタップしてみる。
一通り記事を読んだ後に、俺は目線を携帯に向けたまま秀一の太ももをポンポンと叩いた。

「ねえねえ、秀一……」
「……ん?」
「俺とちゅーするとき、甘い?……おいしい?」
「……ごほっ…っ、…」

気になったことをそのまま伝えると、咽たのか隣から咳き込む音が聞こえた。
何かと思って見上げると、さっきまですました顔で本を読んでいた恋人が驚いた顔でこちらを見つめている。

「え……」
「…は、……」

思っていたのと違う反応に困惑した。
ネットで、好きな人や相性がいい人とのキスは甘くておいしいというものを見つけたのだ。
俺はいつもキスの時に味を感じている余裕なんてもちろんなかったので、余裕そうなこいつに質問してみたのだけれど…。

そう思いながら、身体を起こして秀一と向かい合う。
そこで、煙草を持ったまま固まっている恋人の血色がいつもより少しだけ良くなっていることに気が付いてしまった。
いつもの余裕をどこかに忘れてきてしまったような反応に、こちらもなんだか恥ずかしくなってきてじわじわと顔に熱が集まってくる。
さっきまでの寒さなんか嘘のように頬がほかほかとあたたかい。

「あ…えと…ごめん変な事聞いて……」
「……いや、…」

思わず謝ったけれど、付き合いたての高校生のようなやりとりに背中がむず痒くて仕方がない。
このままではまずい。この予想外にぎくしゃくしてしまった空気をどうにかしなければ。
しかし、冷静さを失った脳みそではどんなに考えても今の状況の打開策は浮かんでこなかった。
お互い見つめ合ったままの時間は、本当は数分だったのだろうけれど何時間にも感じられる。

なんだか時間が経つにつれて、秀一とのキスが甘いのかどうか本格的に気になってきた。
ちらりと様子を伺うけれど、やはり恋人は機能を停止してしまったままだったようなので、一人で確認するしかないようだ。
恥ずかしいけれど、この情報の真偽はどうしても気になるのだ。
そう思った俺は、いまだに固まったままの恋人の頬を両手で挟み込むと、乱暴に唇を合わせた。

「……ん、…」
「……っ、は、」

ふに、と柔らかい感触が唇に伝わってくる。
そのまま、いつも恋人がやるように舌を出すと、唇をぺろりと舐めてからゆっくり口を離した。
ついでに自分の唇にも舌を這わせてから、一人で答え合わせをすることにする。

「んー……、煙草の味……?」

甘いというより、にがい…
やはりネットの情報なんてこんなものか、と興味をなくした俺は再び携帯に視線を戻そうとした。
再び毛布を体に巻き付けると、ソファーに沈みなおす。

「……おまえは……っ…」
「…おわぁ…っ!?」

いつのまに動き出したのか。
秀一は俺の手首を乱暴に掴むと、もう片方の手でソファーに押し付けるように押し倒した。
自分の手から滑り落ちた携帯が床に落ちる音がどこか遠くに聞こえる。
驚いて目を見開くと、眼前にはぎらぎらと熱を含んだ瞳で見つめてくる恋人の顔。
毛布で包まれた俺の体は、抵抗なんてできる状態ではなくて。
痛いくらいの力で掴まれた手首が気になって力を入れるけれど、指先を動かすことしかできなかった。

「あ…の、秀一さん……?」
「晶太、お前とのキスが甘いかどうか…だったか?」

動き出したのはいいけれど、どうやらいつもと様子が違うのは相変わらずなようで。
秀一は俺の手首を掴んでいた手を離すと、指を絡める。
そして俺の顎を持ち上げると吐息が感じられるくらい近くで、先ほど俺がした質問を復唱した。
親指で唇をなぞられると、背中に緩やかな刺激が駆け抜ける。
嫌でも身の危険を感じた俺は、唯一自由の利く片手で秀一の胸を押したけれど、それは予想通り抵抗にもならなかった。

「あ、いや…それは…もう……っ…ん…んむ…、」

噛みつかれた、そう表現するのが一番しっくりくるだろうか。
恋人は俺の話も聞かずに乱暴に唇に喰らいついた。
なんだか本当に食べられてしまいそうで怖くなった俺は、絡められた指に少しだけ力を込めた。
獣のようなギラついた瞳の恋人が、先ほど俺がしたように何度も何度も唇を舐めてくる。

「口をあけろ…」
「ぁ…や…、っ…」

いつもよりさらに低い声で耳元で囁かれると、それだけで背中がぞくぞくと震えた。
懸命に口を閉じていようとしたけれど、体は命令に反して唇を開いてしまう。
まるで秀一に操られているかのように自分の体が言うことを聞かなかった。
控えめに開いた唇から、恋人の舌が口の中に侵入してくる。何度経験しても慣れない感触に体が大袈裟に跳ねた。
恋人はゆっくりと舌で歯をなぞりながら、同時に片手で俺の服をたくし上げた。
火照った体を外気が冷やしていく。
脇腹をなぞられると喉がひくりと震えて、声が抑えられない。

「ふ…ぁ……っやぁ…」

上顎をなぞられていると、気持ちが良くて視界がとろとろと溶けていくかのような感覚に襲われる。
もう、意識は体と離れて遠くにいってしまったみたいだった。
いつの間にか肌蹴た毛布は俺の体を包むのを放棄していて、代わりに俺の足の間には恋人の体。
力の入らない両手を動かして、必死に恋人の肩にしがみついた。
舌を絡めて吸われると、投げ出したままの足に思わず力が入った。

「っ、あ…んむ……」
「……っ…、どうだ?」
「わかんな…ぁ……っ」

もう味なんてわからない。
ただ、口の中をなぞられるたびに体が反応してしまうのが恥ずかしくて、ぎゅっと目を閉じた。
瞳に溜まった涙が頬を伝っていく。
わざと俺の息が続くようにしているのか、今までに経験したこともないような長い長いキス。
いったいどれくらいそうしていたのだろうか。
最後、わざとちゅっと音を立てて舌を吸われると、緩い刺激に反応した足が空気を蹴った。
密着していた恋人の体がゆっくりと離れていく。

「……あ…っ…はぁ…も…無理……」

解放された体は、ぐったりとソファーに沈み込んだ。まるで俺の周りだけ重力が強くなったみたいに体が重くてしかたがない。
あんなに寒かったはずなのに、今は額にじんわりと汗が浮かんで張り付いた前髪が鬱陶しかった。
必死に足りなくなった空気を取り込もうと口をはくはく動かしていると、余裕そうに微笑む恋人の顔が視界に入った。
秀一は再び俺の口元に手を伸ばすと、口の端から垂れた唾液を親指ですくいあげる。
それをわざと見せつけるように舌で舐め取ると、フッと挑戦的な笑みを浮かべた。

「甘くて、うまかったぞ」
「…んな…っっっ…!!!」

恋人の口から戸惑いもなく発せられた恥ずかしい台詞に、体中の血液がすべて顔に集まったかのように一気に赤くなるのがわかった。
話題を振ったのは自分だというのはわかっていたけれど、状況に頭がついていかない。
耐えられなくなった俺は恋人の視線から逃れるように両腕で顔を隠した。
赤くなったまま動かなくなった俺を尻目に、秀一が静かに笑いながらマッチをこする音が聞こえる。
するとすっかり慣れ親しんでしまった煙草の香りがした。

結局、キスの味はわからずじまいだ。