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プレイングカード2


ぽた…、とシャワーを浴びたばかりで、乾いていない髪の毛から滴が垂れる。
俺は頭にタオルを乗せながら、ベランダの床に何度も吸い込まれていくその滴を見ていた。

なんとなく滴を見ていると、視界の端にベランダに置いてある灰皿が目に入る。
そこには吸殻の山が出来ていた。

「はぁー……あんにゃろー…何度も片づけろって言ったのに。」

数日前に来た友人が吸ったまま片づけなかったのであろう。
一度部屋の中に戻ると、ごみ袋をつかんで再びベランダに戻った。
キッドには会えないし、友人のせいで仕事は増えるしで最悪。
いつもなら優しく許してやるけれど、今日は虫の居所が悪いのだ。今度言い聞かせてやることにしよう。

「はぁ…いいなぁ…コナンくんは今頃キッドに会ってるのか」

俺はがしがしとタオルで頭を拭きながら、部屋の中の時計をチラリと確認した。
もう、キッドが予告した時間をとっくに過ぎている。
キッドは今回も、予告通りに宝石を盗んでいったのだろうか。
俺が思考の渦に呑まれていると、ポケットに入れていた携帯が突然震え出した。
画面には『コナンくん』の文字。
どうしたのだろう。

「はいはい…もしもし?コナンくん?」
『もしもし晶太兄ちゃん!?聞こえる!?』
「わっ!どうしたの大きい声出して」
『良いから!聞いて!今どこにいるの!?』
「え…?家だけど…」

家にいろって言ったのはそっちじゃないか、と出かかった言葉をグッと飲み込んだ。
なにやらとても焦っているようだ。

『今すぐ、戸締まりして!絶対に部屋から外に出ないで!』

状況が全く呑み込めていないけれど、コナンくんが大きい声でまくしたてるものだから、とりあえず俺は素直に言うことを聞こうと窓に手をかけた。

「出ないでもなにも…今ベランダだ…し……ぁ……」
『どうしたの!?ねえ晶太兄ちゃん!?ねぇ聞こえる!?』

サンダルをそろえて部屋に上がる。
顔を上げると、さっきまで俺が立っていた場所に、彼は静かに佇んでいた。
夜の暗闇に似つかわしくない、全身真っ白な装い。
それは紛れもなく、俺が先ほどまで夢にまで見ていた…

「…怪盗…キッド……?」
『…っ……お兄さん!?そこにキッドがいるの!?逃げて!早く!』

携帯を耳に当てたまま呆けていた俺の呟きが聞こえたらしい。
コナンくんは更に焦りはじめている。
目の前に魔法のように現れた彼は、突然のことに動けない俺を視界に入れると、安心させるように微笑んだ。

「こんばんは、お兄さん。こんな素敵な夜にまた会うことができて光栄です。」
「あ……こんばんは…」

憧れの彼を目の前にして、緊張で喉が張り付いてしまったようにうまく喋ることができない。
俺は何とか挨拶だけは返すことに成功した。
キッドは、硬直したままの俺が握りしめていた携帯に視線を移す。

「…名探偵ですか?」
「へ…?」
「失礼いたします。」
「わっ…わぁ…!?」

彼は突然、俺から流れるような動作で携帯を取り上げると、そのまま方手で俺の腰を抱き寄せた。
肩にかけていたタオルが、重力に従って床に落ちていく。

「ごきげんよう。」
『キッド…てめぇ!お兄さんから離れろ!!!』
「大丈夫、彼はまだ無事ですよ。」
『ふざけんな!…お兄さん!聞こえる!?』

キッドと密着しているからか、それとも単純にコナンくんの声が大きいのか。
彼らのやり取りはばっちり俺に聞こえていた。
俺が、コナンくんに話しかけようと口を開くと、キッドの人差し指が俺の唇に当てられる。
静かに、ということだろうか。動作の一つ一つが一々カッコいい。

「名探偵、急がないと、予告通りお兄さんは私がいただきます。」
「っへ?なに…言って…?」
『ざっけんな!!!……お兄さん!赤井さんにも連絡してあるから!あとちょっとだけ頑張って!』
「しゅっ…秀一!?」

今まで抵抗もせずにキッドにくっついていた俺は、突然携帯から聞こえてきた恋人の名前にハッと我に返った。
キッドから咄嗟に距離を取る。

「…おや、お兄さん?どうかされたのですか?」
「いや、ちょっと…俺もお会いできて光栄なのですが、自分の身が大切と言いますか…」
「ふふ…怖がらなくても大丈夫です。」
「いや、別にあなたが怖い訳ではなくて…」

じりじりとキッドから距離をとっていると、彼はくすくすと面白そうに笑った。
俺が後ろに下がるとこちらに歩み寄ってくるので、少しずつ後ろに下がる。

「……っ、」
「行き止まり、ですね。」

背中に壁が当たって、息が詰まる。
逃げると言っても、ここは狭い部屋の中。すぐに部屋の隅に追いやられてしまった。
彼は俺の手をそっと取ると、もう片方の手で先ほどのように抱き寄せた。
状況が全く読み込めない。

「あ、…の…予告って……」
「あなたは、名探偵にとても大切にされているようでしたから。」
「……ん?」
「興味がわきまして」

少しの間だけあなたをいただこうかと思いました。
彼はそう言うと俺の頬に手を当てた。
動揺した俺の視界に入ったのは、綺麗な彼の瞳。
なんだか嫌でも身の危険を感じた俺は、彼の胸を押し返した。

「あの、ちょっと…そういうのは…本当に」
「私から目を離さないでください。」
「…なに、言って……あれ…?」

そう言われると、魔法がかけられたかのように彼から目が離せなくなった。
まっすぐに俺を見つめてくる彼の目を見ていると、急にくらっと視界が揺れる。
ゆらゆらと地面が動いているような感覚に、俺は立っていられなくなって彼の胸に寄りかかった。

「お兄さん。今日も刺激的な夜でしたね。」
「……っ…う…」

キッドは軽々と俺を抱き上げると、優しくベッドに下ろした。
そして、どこからか真っ白なバラを取り出すと俺の手に握らせる。
そこで、玄関のドアが荒々しく開けられた。

「っ、晶太!無事か!?」
「キッド!てめぇ!待ちやがれ!」
「名探偵、一時的なものです。安心してください。」

そう言うとキッドはベランダから優雅に飛び立った。
コナン君はキッドが逃げたベランダから身を乗り出して、悔しそうに睨みつける。

秀一はだるくて動けずにいる俺を優しく抱き寄せると、焦りを含んだ声で俺に呼びかけた。
揺れる視界に、心配そうな恋人の顔がうつる。

「晶太、おい、どうした。大丈夫か…!?」
「…しゅ…いち……?」
「聞こえるか?晶太」
「お兄さん!?大丈夫!?キッドに何されたの!?」

「ごめ…ぐらぐらする…」

じわじわとぶれていく視界が気持ち悪くて目を閉じる。
最後に俺が聞いたのは、俺を心配して声を荒げる秀一とコナンくんの声。
近所迷惑だから声押さえて、と言おうとしたけれど、それも叶わずに俺はそのまま意識を飛ばした。



「ん……??」
あれから、どのくらいの時間がすぎたのだろうか。ぼんやりと意識が浮上する。
あれ、俺…昨日家に帰って…それで…?
頭を抑えながら起き上がると、なんとか昨日の出来事を思い出そうとした。

「晶太お兄さん!気が付いたんだね!?」
「…え?」

顔を上げると、ちょうど部屋に入って来たのだろうか。
安心したように俺のベッドに近づいてくる。
どうやら、俺は今まで意識を飛ばしていたようだ。心配させてしまっただろうか。

……ところで、

「あの、君は、誰かな…?どこの子?」
「……え?」
「え?」

素直に疑問を口にすると、男の子のくりくりとした目が大きく見開かれた。