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「キバナ、ごめん今日泊めて!近くで遊んでたら帰るの面倒くさくなった!」

そう言って幼馴染が飛び込んできたのは空がすっかり暗くなって星が瞬き始めた頃だった。
外は少し風が強いのだろうか。普段はしっかりとセットされているはずのミルクティブラウンのその髪が少し乱れているのが目に入る。
下でひょこひょこと動く頭に手を乗せると、いつものように不満そうに眉を寄せた。

「なにやってんだお前。仕方ねぇな」
「わっちょっと。髪の毛崩れる!」
「もう崩すしいいだろ。とにかくシャワー浴びてこい」

やんわりと俺の手を頭から退けながら小さく口を尖らせた幼馴染が、不満そうにこちらを見上げた。
髪型へのこだわりは昔から変わらないな。
その額を小さく弾くと、浴室を指さしてやる。
納得のいっていない様子で文句を言いながらも、指示通りに廊下を歩いていくその背中を見つめながら小さく笑った。
まぁ、元気そうで何よりだ。


「キバナー。部屋着借りたぞ!」
「お前…別にいいけどよ。…いい加減小さいサイズの買うか?」
「うーん。別に着られるしいいよ。勿体無いし」

風呂上がりの友人は、裾が大きく余った部屋着を少し引きずるようにしながら部屋に現れた。
気持ちが良かったのか、機嫌が良さそうにそのアメジストの瞳を細めてふにゃりと笑いながら、湯気が立ち昇るマグカップを両手に持ったそいつは、なんというか、着られているというか。
すっかり家の物を把握してしまっている幼馴染から片方のマグが差し出された。
それを受け取りながら、呆れた俺が部屋着の購入を提案すると、別段気にしていない様子でけろりと躱されてしまった。

「はい、じゃあ次はキバナ様の膝の間をお借りします」
「はぁ?んだよそれ」

言うと、ソファに座ったままのオレの足を無理矢理開かせてから、さも当たり前のように腰を下ろす。一体どういう風の吹き回しだろうか。
ふと香ってくるのは自分と同じボディソープの香り。
マグカップを持ち上げて中身をゆっくりと飲み始めた幼馴染の後ろ姿をなんとなく見下ろす。
さすがというべきか、髪の毛の水分はしっかりと拭き取られていてこちらに垂れてくる様子はない。
弄っていたスマホロトムは何故か気を利かせたらしく、少し離れたところに飛んで行ってしまった。

「邪魔なんだけど」
「キバナ、体温高くて温かいから」
「冷え性は相変わらずかよ」

気が付いた時には、一体どこから出したのか。幼馴染は手の中に持った本を開きながらすこし恥ずかしそうに前髪をいじった。ページの間から丁寧に栞を取り出すと、結局そのまま読書を始める。
そういえばこいつは昔からいつも本ばかり読んでいたような気がする。どうやらそれは今も変わっていないようだ。
オレの意見を聞くまでもなく、どうやら読書の場所はここで決定のようだ。

ぺらり、ぺらり。
薄い紙がゆったりと1枚ずつ捲られていく、その音が静かな部屋に吸い込まれていく。
肘をつきながら見下ろすのは、セットに使っていたワックスもすっかり落ちてぺたりと大人しくなった柔らかそうなミルクティブラウン。
心境としては、膝の上で小動物が眠ってしまった時のような。
こんな状況に置かれてしまってはスマホをいじるくらいしかやることがない。正直、暇だ。

「オレ様暇なんだけど」
「うん…待って。今いいとこだから。あとちょっと」

目の前の友人が、ずり落ちる首元の布地を時折鬱陶しそうに指で治す様子をなんとなく目で追った。
明らかに体格と合っていない大きな部屋着から除く細い首筋と華奢な肩。
その細身の体は、抱きしめたら自分の腕の中にすっぽりと入りそうなほどだ。
…あれ?そういえばこいつ、こんなに小さかったっけか。
はたとそんな変化に気がついてしまった俺は、その途端目の前の幼馴染から目が離せなくなった。
むき出しになった白い肌が部屋の明かりに照らされて、なんというか…。変な気分だ。

「首、寒くねぇの?」
「んー…大丈夫」
「ふーん」

恐らく俺の言葉に返事をしたこいつもうわの空だったのだろうけれど、こちらも例外ではなかった。
それはただの好奇心から生まれた行動。
何も知らずに足の間に座る幼馴染が本を捲るその音を聞きながら、俺はそのきめ細かい肌に何の気なしに手を伸ばす。
そして細い首に遠慮なく触れた指をそのまま上に滑らせて、短く切られた襟足を指の腹でゆっくりと擦った。

「っ…ひゃあ!?」

その上擦った声は、今まで静かだった部屋の空気を一気に震わせた。
目の前の細い肩が大げさに震えた事に驚いた俺は、何故だか酷く慌ててその滑らかな肌から手を離した。
勢いよく口を押さえた幼馴染。その手の中から滑るように落ちた本が床にぶつかる乾いた音。
同時に、膝に乗せていたお気に入りのクッションが一度バウンドして遠くに転がっていくのが見える。
気がつけば、黙って読書に勤しんでいたはずの目の前の人物は手で首を押さえながら、恨めしそうにこちらを睨みつけていた。

「ばっ…へ、変な声出ただろ…!」
「は…え…?わ、わりぃ…?」

混乱する俺の口から出たのは何故だか幼馴染と同じように上擦った声。
真っ白だったはずのその肌が目の前でじわじわと桃色に染まっていくその様子を、ただ茫然と目を見開いて見つめた。
頬から始まったその赤みがじゅわりと広がっていく。少し潤んだアメジストが俺の目にはこれ以上なく綺麗に映った。
そしてその赤がまだ少し水気を含んだ柔らかい髪に隠れた耳や、先ほどオレの指が触れた首元にまで到達した頃、彼は仕方ないと言った様子で一つため息を吐く。
それから腰を浮かせて足元に落ちたままの本に手を伸ばして拾い上げた。

「ったく…」

最悪。どこまで読んだか分かんなくなっちゃったじゃん。
そう文句を言いながら足の間に座り直して、開き直した本に向き合う。
俺はといえば、まだほんのりと赤く染まったままのその首筋から目が離せなくなっているのだから、こんなに予想外なことはないと言えるだろう。
もう、今起きた事故のことは全部終わったことにして、また同じようにゆっくりした時間を過ごすのがおそらく正解なのだろう。それは分かっている。

「なぁ…」
「んー…待って。今いいとこ」
「そうか…」

「一体いつまでいいとこなんだよ」そんないつもなら出てきそうな突っ込みが口から出ることはなかった。
まだほんのりと水気を含んだ、柔らかい肌の感触が頭から離れない。
幼馴染相手に自分は一体何を考えているのだろうか。
頭を際限なくよぎる嫌な考えに、冷や汗が止まらなくなった。

もし、その無防備な首に今度は思い切り噛み付いたら。
もし、今自分がその華奢な肩を押して、思い切りソファに押し倒してしまったら。

目の前の幼馴染は、今度は一体どんな反応をするのだろうか。
発した自分の声は信じられない程掠れていた。

「…やっぱなんか寒くなってきたかも」
「暖房上げるか?」
「んー…乾燥するからなぁ」

そう言いながら本を閉じた幼馴染がその体重を何の気なしに自分の方にかけたその瞬間、シャンプーの香りが鼻をかすめた。同じものを使っているはずなのに、何故だか酷く甘く感じる。
じわじわと体を侵食していくこの感情は一体どこから生まれてくるのか。
ぴたりと密着する体を意識したせいか、変に力が入る。
風呂上がりで少し高くなったその体温が部屋着越しに染み込んでくるみたいにこちらに伝わってくる。

「キバナ」
「へっ?なんだよ」
「お前、さっきから見過ぎ。…スケベ」

気がついた時には、こちらの気なんか何も知らない彼が、首の後ろを手で押さえながら振り返っていた。
ほんのりと肌を赤くして、少し潤んだアメジストの瞳がこちらをじとりと見上げて。
無防備。その一言が頭をよぎる。
自制が効いたのは、そこまでだった。

「おわっ!?」

考えるよりも先に体が動いていた。
首を押さえていたその手首を掴んでから、2人で座っていたソファに一気に押し倒してやる。息を詰まらせた幼馴染のもう片方の手が縋るようにこちらに伸びてきた。
彼は反射で思い切り瞑っていた目をゆっくりと開きながら、苦しそうに眉を寄せる。
俺はただ色素の薄い髪の毛がソファに広がるその様子を無言で眺めた。

「ってぇ…んだよ急に…」

乱れた部屋着から覗く鎖骨。放り出された細い手首。
自分が今どんな顔で幼馴染を見下ろしているのかなんて、想像もしたくなかった。
ただその見開かれた純粋な瞳に見つめられながら、自分の中の欲望が少しずつ大きくなって、今まさにすべての感情を支配しようとしているのを他人事のように感じていた。

「本、落ちただろ!いつまで乗ってんだ!」

やがてこの体制に慣れたのか、眉を吊り上げた幼馴染が不満そうにこちらに手を伸ばした。
両手で懸命にオレの胸を押していたそいつは、びくともしない事に小さく首を傾げると、何かに気が付いたようにこちらを見上げた。
どうやら向こうも体格の差に気が付いたようだ。
そしてそこで初めて様子がおかしいことを自覚したのか、じわりじわりと顔を青くしていく。

「あれ…?」
「あぁ。そうだよ」
「…え?」
「お前のせいでスケベになった。責任とれ」

呆ける幼馴染を押さえ付けながら、部屋着の裾を一気に胸元まで捲った。
大きく見開かれたアメジスト。
本当に驚いたのか、抵抗していたその動きがぴたりと止まった。
惜しげもなく晒された白い肌。細い腰。呼吸するたびに上下する胸元。
思わず唾を飲み込んだ喉が嫌な音を立てた。
暫くすると我に返った幼馴染が顔を一気に真っ赤に染めて、俺の視線から逃れようと必死に体を丸める。

「わぁあ!な、なにしてんだ!」

横向きに丸まったその体を無理矢理上向きに押さえつけた。両手足で必死に暴れる幼馴染をただ無表情で見つめる。
意識が本当に自分のものだか疑うほどに体が言うことを聞かない。
気が付けば乱れた格好でソファに縫い付けられた幼馴染が、今にも泣きそうな顔でこちらを見上げていた。上がる息。染まる頬。
知らないその表情があまりにも甘美で咽返りそうになる。

「なぁって…なんか言えよ」

そのまま何となく、指先でその唇に触れてみた。
自分のとは比べ物にならない程小さなその口に、思わずため息が出そうになる。
まじか。ちっさ。
そのまま無理矢理唇を割り開くと、何故だかくらくらするほど色っぽく見えるその真っ赤な舌がこちらを誘っているような気がした。
背中に小さい衝撃が走ったのは、唯一自由な足を動かした友人に力なく蹴られたから。

「キバナ…や、こんな、こと…っ」

ぬるま湯にでも浸かっているみたいに、頭がぼんやりとする。
手を絡ませて、じっくりと焦らすように指の腹を使って相手の指の間を擦っていく。
反応を見ながら無防備な腰に触れると、可哀想になる程反応した体が大袈裟に跳ねて、その拍子に動いた太腿が俺の体を挟み込んだ。
幼馴染が今まで見せたことのないその色気が、じっとりと絡みつくように脳を侵食していく。

「ひっ、ン…ん…」

自分の力では抵抗できないと気が付いたのか、もうすっかりされるがままになった彼は、せめて声だけでも我慢しようと必死になって手の甲でその小さな口を押さえた。
それでも漏れる小さな喘ぎは煽るようにオレの鼓膜を揺らし続ける。

「お前、昔からよく男に言い寄られてただろ」
「ん、ぇ…?」

突然話題を変えたオレに驚いたのか、その瞼が恐る恐る開けられた。
色素の薄い整った容姿、優しそうな柔らかい表情。昔からそんな様子の幼馴染は、男女問わず声をかけられることが絶えなかった。
天然なのかそれとも実はしっかりしているのか、告白をいつも華麗に躱して見せたこいつが誰かと付き合っているという話は一度も聞いたことがない。
邪魔そうな前髪を指で払ってやると、潤んだ瞳と視線が交わった。

「はぇ…?そ、だっけ?俺、恋愛とかそういうのあんまり興味ないから…」

けれど、もし断った男に襲われでもしたら抵抗なんてできるはずもないじゃないか。
こんなに力も弱いくせに。
手首を押さえる手に力を込めると、組み敷いたままの体が大袈裟に震えた。
頭が重い。くらくらする。今まさに、自分の気持ちに気が付いてしまった。
知らない誰かに奪われるその前に全部自分のものにしてしまいたい。
一番こいつのことが好きなのはオレなのだから。

「もし、俺がそいつらと同じだって言ったら、どうする」

もう、引き返せない。乾いた口から禁断の言葉が飛び出た。
答えなんか聞くまでもない。
自分が恋愛の対象になるのなら、今こうして友人としてやっているはずがないのだから。
きっと彼の柔らかい唇は甘くて深い闇の味がするのだろう。
目の前には、そんな俺の真っ黒な考えも知らずに、少し目を逸らして困ったように眉を下げる幼馴染。
ここまでは予想通り。

「キバナのことは、良い友人だと思うし、すごく尊敬してるし…その…なんて言うか…」
「…」
「あれ…?待って。ごめん…俺、今気がついた。正直、まんざらでも、ない…」
「へっ?」

他の男たちと同じでやんわりと断られる。そう思っていた。
それなのに、その小さな口から飛び出した返事は予想とは全く違うものだった。
今にも火を噴いてしまうのではないかと思うほど顔を赤くした幼馴染は、頓狂な声を上げた俺の視線から逃れるように顔を逸らした。
恥ずかしそうに目元を手で覆う幼馴染を見下ろすうち、今まさに言われた言葉がゆっくりと脳に到達した。
「満更でもない」
自覚した途端、今度はこちらが顔を赤くする番だった。

「でもね、キバナ。こういうのには順序ってものが…あるって…思うんだけど…いきなりこんなのは…」
「へっ!?あ…あぁ。そうだな。わりぃ」

慌ててその体から退いてやった。
しばらく黙って天井を見つめていた彼は小さく息を吐いて、恥ずかしそうに乱れた部屋着を正しながらゆっくりと起き上がる。
お互いに座ったのは、ソファの端と端。

「そっか、俺…自分で恋愛とか興味ないんだと思ってたんだけど、もう好きだったんだ。お前のこと」
「なっ…」
「はぁあ…めっちゃ恥ずかしい…なにこれ…」

何年も一緒に居たせいで気が付かなかった。そう言って恥ずかしそうに微笑むその顏があまりにも眩しくて、何も言葉が出てこない。
ただぐっと息を詰まらせるオレ様を不思議そうに見上げる彼は、先程まであんなことされていたのに一切怒る様子もない。
きっと後で正気に戻った時にたっぷりお説教されるのだと思うけれど。今はお互い、この変な空気にのぼせてしまいそうだった。

「なぁ、キバナはちゃんと言ってくんねぇの?」

気が付くといつの間にかすぐ隣に来ていた彼が、こちらの顔を覗き込みながら太腿に手を乗せた。
首を傾げると柔らかそうな髪がさらさらと流れていく。
部屋着から覗く肌は、いつも通りだった。

「へ?」
「俺の事、どう思ってんのか」

それは、もう一度きちんとオレに告白をしろと言っているのだろうか。
改めて言われるとなんだか気恥ずかしくて、目を逸らしたまま頬を掻く間も幼馴染の期待の眼差しが突き刺さるようだった。
気が付けばいつの間にか、ペースをすっかり持っていかれてしまっている。これも、いつも通り。

「はいはい。わかりました。良く聞いとけよ」

俺は彼の待ち望むその答えを言う前に、変に乾いてしまった喉を潤そうとテーブルの上に置いたままだったマグカップを乱暴に手に取る。
一気に飲み下したその中身はいつの間にかすっかり冷たくなってしまっていた。


それは突然訪れるものではない