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昔から、あいつの全部が苦手だった。
自分のためにただ真っ直ぐ突き進んでいくその姿が眩しすぎて直視することができなかった。
だから逃げ出した。自分の全てを忘れてもらうために。
正直全部わかっていた。それがただの醜い嫉妬だということも、悪いのは全部何もしない自分だということも。全部全部、分かっていることだ。分かっているから、見たくない。
とはいっても、彼はこの地方では存在が大きすぎて、視界に入れないのなんて不可能に近いことだった。
画面の中の彼は変わらずにチャンピオンに勝とうと誰よりも必死になっていたし、俺も変わらずにそんな彼から目を逸らし続けた。
そんなある日のこと。

「よォ、…随分久しぶりじゃねぇか…」
「な…なんで…」

俺のことなんか置いてどんどん大きくなる幼馴染には、もうすっかり忘れられてしまったものだと思っていた。
だから、どうしてこいつが自分の目の前にいるのかを全く理解できずに俺はただこちらを見降ろすその整った顔を見上げ続けることしかできなかった。
思い切り顔の横に両手をついた彼に力任せに押し付けられているのは、ナックルシティ特有の美しい城壁。
ひやりと体が冷たくなっていくのは壁から伝わってくる冷たさの所為か、それとも目の前の男に睨まれているせいか。

「人違い…です…」
「チッ…いいから来い」
「えっお、おい…!キバナ!?」

だからこんな街、徒歩で通るのは止めておけば良かったんだ。
油断していたのだ。あれから、何年も経っていたから。
半ば引きずられるように彼の縄張りを連れ回される。
知らないうちに恐ろしいほど背が伸びたそいつの一歩について行くのがやっとだった。
捕まれた腕から伝わってくるぬくもりは、数年前から変わっていないように思えてしまう。
結局、無理矢理連れてこられたのは痛いくらいの静寂を保った宝物庫だった。

「こんなとこ、連れて来て…ど、どういう…つもり、ですか…」

天候の所為か少し薄暗い宝物庫に、怯えた自分の声が虚しく反響する。
逸らした視線の先でこの地域の伝説を伝えるタペストリーが俺たちを見守りながら静かにどっしりと構えていた。
知らない誰かが必死になって守ってきた、夢のような物語。
ガラルの歴史。

「どうして、急にいなくなった」

無理矢理意識を逸らしていた俺の耳に地を這うような低い声が届いた。
目の前の幼馴染はこれでもかというほど眉間に皺を寄せて、その怒りをこちらに惜しげもなく晒していた。
特徴的なファッションの所為か、それとも知らないうちにすっかり伸びてしまった彼の大きな身長の所為か、ちっぽけな俺はただ体を縮こませることしか出来ない。
本当に、目の前の人物は自分の知っている幼馴染なのだろうか。
お互いに知らない時間が多すぎて、怖い。目の前にいる人間は、一体俺をどうしたいのか。
感じるのは恐怖だけだ。勝手に足が震えてしまう。

「な、んの話。だよ…俺は、別に…」

そもそも何で逃げたかなんて明確な話で、きっと質問しているこいつ自身が分かっている事のはず。
ポケモンは好きだ。バトルを見るのだって。
楽しそうにバトルをするキバナを見ているのが。強い彼が何よりも好きだった。
けれど別に自分はトレーナーではないし、目指す目標は一緒ではない。
1人でいる方が気楽だ。ただ、それだけだ。

「返事、まだ聞いてねぇんだけど」

だから、こいつに突然告白されたあの日。俺は羞恥心を捨てて、彼の世界に背中を向けて一目散に逃げ出したのだ。
それでも捨てられなかったのは、痛い程にこびり付いた思い出と、ガラル地方だけ。
そのはずなのに悩みの種は今まさに自分の前に立って、立ち入って欲しくない領域に土足で侵入してきている。
首を必死に横に振るたび、押し付けられた壁に髪の毛が擦れる。

「やだ。言いたく、ない。それに、そんな昔の…」

全力の逃亡をまだ続けなければならないというのだろうか。
イエスとも、ノーとも答えたくない。
もしその二択に答えてしまったら、どちらにしろこいつの記憶に残ってしまうことになる。
自分は、彼が1番になるために最も必要のない存在だ。
思い切り振り下ろした右手がいとも簡単に掴まれてしまった。
驚いて勢いよく顔を上げる俺をキバナは変わらずの表情で見つめていた。
内側から光るような、意志の強い瞳。
分からない。どうしてそんなに俺にこだわるのか。どうして、よりにもよってこんなどうしようもない俺なのか。
俺のことなんて忘れて、幸せになってよ。昔の俺がゆっくりと顔を出した。

「俺のことなんてもう好きじゃないんだろ?お前は、意地になってるだけだ」
「っ!ふざけんじゃねぇ!逃げんなよ」
「はっ…!?誰がっ」

こいつには昔から勝てなかった。力でも、口喧嘩でも。
足に力を入れた拍子に靴底が擦れる。
逃げているのは事実だけれど、本人に言われるのはなんだか癪に障るこの感情が自分でも全くわからない。分からなくて、無性にイライラする。
まだ好きだと言いたげなその眼差しに耐えることができなかった。
だから反抗してしまった。昔みたいに、その胸を押して。けれどびくともしないのはやっぱり想像通りで。
こんなに差が開くのに、いったいどのくらいの時間を消費してしまったのだろう。

「まぁ、もう逃がしてやらねぇけど」
「え、何を…ン、…っ!?」

一瞬のことだった。
腕を掴まれて引き寄せられたと思ったら、唇に柔らかいものが触れる。
目を見開いた視界に見えるのは、ぼやける褐色の肌と宝物庫の冷たい壁。
酷く懐かしい香りがする。
だからだろうか。抵抗を始めるのにずいぶん時間がかかってしまったような気がする。

「ン、っぁ…や、だ…離っせ…」

鼻から抜けたような自分の声に驚いて、慌てて顔を背ける。
手の甲で口元を拭う俺をそのギラついた瞳は捕らえ続けた。
いつの間にか俺はキバナに寄りかかるような体制で腰を抱かれていた。
懐かしい彼の香り。その腕の中にすっぽりと収まる自分の体。胸の奥が痛くなるのはどうしてなのだろうか。

「お前っ!何考えてっ…!」
「まだ、足りねぇ」
「はぁ!?ちょっと待て、やっ…ぅ、ん…ン、」

顎を掴まれて無理矢理上を向かされた。思考が追いつかなくて、世界がぐるりと回った気がした。
ぼやける視界の中、彼の開いた口から鋭い八重歯が覗く。
驚いた俺が相手の手首を掴んで抵抗した時には既に遅く、唇は再び幼馴染にぴったりと塞がれていた。

「ふ、…ぁ…」

口を開けろと言いたげに唇を何度も舐められるたび、驚いて肩が跳ねる。
よりにもよってこんな場所で。何を考えているのか。
こいつが連れて来たということはきっとこの場所には誰も来ないのだろうということは分かっている。
でも、それが本当だという確証はなかったし、そもそも外でこんなことしているという事実に身がすくんだ。
しきりに宝物庫の重苦しいドアを確認する。
俺は幼馴染の息遣いが聞こえないふりをしながら、本当に来るかもわからない誰かの足音に耳を澄まし続けた。

「目、逸らすな。こっち見ろ」
「やだっ…見たく、ない」

見ろったって、近すぎて見えないのは事実で。
気が付けば自分は、幼馴染の腕の中で子供みたいに駄々をこねていた。それでもキスからは解放されない。まるで罰のようだった。今まで逃げてきた、自分への罰。
両手で彼の肩を叩いたけれど、びくともしない。
まるで自然なことのように口内に無遠慮に侵入した彼の舌に、全ての思考が呑み込まれてしまいそうだった。

「ん、ン…ぅ、あ…っ」

抵抗のつもりでその頭を押した拍子に彼のバンダナを取り上げた。彼の特徴的なそれは、重力に従って宝物庫の冷たい床に落ちていく。
奪われた本人は、少し乱れた髪を鬱陶しそうに掻き上げただけで、特に気にした様子もなくただ目の前の俺を捕食し続ける。
反響する水音に耳を塞いでしまいたかった。

「無理…ちから…、も…はい、んな…」

やがて足からすっかり力が抜けて、ずるずると壁伝いにしゃがみ込む。
それを追いかけて付いてくるキバナに、酷く優しく腰を抱かれた。
どんなに体をよじっても、抵抗しても何にもならなかった。
俺を上から押さえつけるような体制でキスを続けるそいつの舌は身勝手に俺の中で暴れ続ける。

「…っ…あ、」

やがて俺の息が持たずに完全に力が抜けたタイミングで、やっと体が解放された。
うまく息ができない。
すっかり蕩けてしまった視界の中で、彼は余裕そうに俺のことを見下ろしていた。
肩で息をする俺を見るその目が嫌気がするほど興奮の色を含んでいて、隠すこともなくあからさまに視線を逸らしてやる。
小さな抵抗。
しばらくして、自分が一体何をされたのかを頭が処理し始めると、全身の血が一気に顔に集まるみたいに熱くなった。
兎に角逃げなければ、これ以上何かされたらたまったものではない。
掴まれていた手を思い切り振り払って、慌てて宝物庫の出口に向かって走っていく。

「も…っ離せ!この…へ、変態!」
「おい、落ち着けって」

こんな状況で誰が落ち着いていられるものか。
全力で暴れる体を簡単に捕まえられて、後ろから抱きすくめられた。
必死になってもがくけれど身長差のせいで徐々に持ち上げられていく足先が浮いて、うまく抵抗することができない。
思い切り足をばたつかせてみても相手にとっては何の抵抗にもなっていないようだった。

「っや、どこ触っ…!」

やがて、その大きな手が服の中に侵入してきたことで、俺の小さなプライドはズタズタに切り裂かれた。
カサついた手が肌に直接触れてくる感触。
掴めない空気を掴むために必死になって前に手を伸ばした。
ぞわぞわする。訳が分からない。俺の知っている幼馴染は、キバナは。

「嫌だっ…怖い…助けて、キバナ…っ」

その時の自分は一体どこの誰に助けを求めていたのだろうか。
名前を呼んだその瞬間、彼の腕の力が弱まった。
開放された俺の体は重力に従って降ろされて、けれど力の抜けた足からそのまま床に崩れ落ちることになった。
四つん這いのまま逃げようとした体が、もう一度壁にやんわりと押し付けられた。
目の前には憎たらしいほど整った顔。

「はっ…可愛い反応もできんじゃねぇか」
「っ!?ばっ…誰がっ!」

座り込む俺に目線を合わせてしゃがんだ彼は、こちらに向かって怖い程に清々しい笑顔でニッコリと笑った。
それからいつの間に取り上げたのか、手の中にある俺のスマホを操作し始める。
思わず口を開けて固まる俺を横目で見ながら、慣れた手つきで連絡先を登録した幼馴染は、当たり前のようにそれを俺のポケットに仕舞い直した。

「お前…い、つのまに…」
「もう、あの頃と同じだと思うな」
「えっ…?」
「オレ様から逃げられると思うんじゃねぇ」

今まさに、目の前の幼馴染は数年に渡る俺の努力をいとも簡単に台無しにして見せたのだ。
だから真っ直ぐな奴は嫌いなんだ。その目も、自信満々な態度も。諦めない姿勢も。
その日、全ての偶然が重なり合った結果。ちっぽけで変わらない俺と、いつのまにか成長してしまった幼馴染の攻防戦が始まった。


幼馴染が一生追いかけてくる