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「#エロ」のBL小説を読む
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※モブが出ます、注意。


「おしっ」

あんなに辛かった熱もすっかり下がったある日のこと。
玄関に初めからかけてあった鏡を覗き込んだ俺は、なんとなく髪を手櫛で梳かしてから、ずっとやりたかったあることを実行するために外に飛び出した。
生活リズムが狂ってしまっているせいか早く起きることができなくて、辺りはもう暗くなり始めていたけれど別に問題は無い筈。
ナックルシティを東に真っ直ぐ進み、駅の前を通り過ぎる。
それから、ワイルドエリアを一望できる大きな橋を二つ、渡り切った。

「うーん…思ったよりも遠いかも…まだきのみ、あるかな…?」

今日俺がわざわざ家を飛び出した理由。それは、きのみ探しだった。
一度でいいから、採れたてをワンパチに食べさせてやりたいとずっと思っていたのだ。
最近は外にも慣れてきたし、この機会に実行しようというわけだ。
きのみの木の場所はネットであらかじめ調べてあるし、計画は完璧だと思う。
スマホで地図を見ながら一歩一歩確実に進んでいく途中、ダンデさんに借りたままの大きな帽子を目深に被った。
モンスターボールはきちんと他のトレーナーから見えないように持ったし、ダンデさんに教えてもらったむしよけスプレーもしっかり両手で握っている。
しばらく歩いたところできょろきょろと周りを見渡した。
時間帯のせいかトレーナーがいないことを確認してから隠していたボールを取り出す。

「ワンパチ、でておいで」

小さな声で呼びながら相棒をボールからそっとだしてやる。
触り心地の良いもちもちとした毛皮をもった相棒は、ワイルドエリアでの一件以来の久しぶりの外が嬉しいのか一声鳴いた。
もう勝手にどこかに行っては駄目だぞ。と言い聞かせると、分かっているのかいないのかくるりとその場で一回まわって見せる。
そんな俺の相棒、以前とは違うところがひとつ。

「うん、やっぱり可愛い!」

その首元にはたっぷりと結ばれた薄桃色のリボン。
邪魔にならないように細心の注意を払って結んだのだけれど、嫌がらないということは問題ないということなのだろうか。
こそこそと手芸屋に赴いて自分の瞳の色に合わせて購入したそれは、自慢のワンパチにとても似合っているように思えた。
あまりの可愛さに、口から勝手にため息が漏れる程だ。

「お揃いだな」

そう言って自分の瞳を指さすと、ワンパチは良く分かっていないのかこちらを見上げながら小さく首を傾げた。
優しく頭を撫でてみると嬉しそうに尻尾を振るので、こちらの機嫌だって急上昇だ。
けれどここでずっと戯れていてはどんどん時間は経つばかり。
空で輝き出した星々に気が付いた俺は、自分の目的を思い出すと慌てて立ち上がると、スマホの地図に向き直る。
そして、目の前にそびえる短めのトンネルを見上げた。
地図が正しければ、これを抜けてしまえばきのみはすぐそこ。のはずだ。
まぁ進んで見ればわかること。そう思ってワンパチに声をかけながら中に入った。
一定間隔で取り付けられた小さな灯りが足元を照らす。
ぼんやりと浮かぶようなその光を見ていたらなんだか急に怖くなって、足元のワンパチを横目で見た。そのタイミングで突然手元の携帯が騒ぎ出す。

「わぁっ!?」

反射で飛び上がる体。張り裂けそうになる心臓と同時に、とびきり大きな声で叫んだ。
それから画面も見ずに適当に操作すると、着信の相手も見ずにそれを耳に当てる。
ばくばくと煩く鳴り続ける心臓を懸命に抑えながら、必死に息を整えた。

「も…もしもし…?」
「よぉ。元気か?」
「なんだぁ…キバナさんかぁ…」
「なんだとはなんだコラ」

恐る恐る出た電話口から、すこし気怠そうな声が聞こえてくる。
その少し懐かしく感じる声に安心してすぐに胸を撫で下ろした。詰まっていた息を思い切り吐き出していく。
本当に驚いた。
こんな怖いタイミングでかけてこなくてもいいのに。なんて思いながら、彼の名前を呼んだ。

「キバナさんで良かったってことです」
「…なんだそれ」

小さく笑いながら冗談めかして呟いたその言葉は、一言でぶっきらぼうに返されてしまった。
いつも通りの小さなやりとりが嬉しくて笑みが零れる。
あの日から、彼に会うたびに高鳴る心臓については未だに何も解決していないけれど、彼も自分も今まで通りだし、なんだか慣れてしまって今ではもうあまり気にならなくなってしまったのも事実で。
ダンデさんもなんだか歯切れが悪かったし、きっとこの問題については俺自身がゆっくり解決するべきだということなのだと思う。
少し熱くなった頬を夜風でゆったりと冷やした。
気が付けば、さっきまで怖かったはずのトンネルを簡単に抜けてしまっていた。
すぐそこの開けた場所に目的のきのみが生っている木を見つけて、ワンパチに目配せをした。

「きちんと薬飲んでるんだろうな?」
「うん!すっかり動けるようになったよ!二人のおかげ。本当にありがとう」
「それは良かったけどよ、ダンデに言われたこともきちんと守れよ?」
「…え?何の話?」

目前のきのみに夢中だったせいか、彼の言葉に反応するのが一瞬遅れてしまった。
ダンデさん?一体何のこと?
そう言葉を返した俺の声に、彼が息を呑むのが聞こえた。
それから少し怒ったみたいに大きな声を出す。

「さてはお前、あいつの話しっかり聞いてなかったな?今は薬が効いてるだけでぶり返す可能性があるって…安静にしとけって言われたよな?」
「へ…!?そうだっけ…」

キバナさんの口から飛び出るその単語たちは、自分にとっては全く聞き覚えのないものだった。
電話越しに、少し焦り気味な彼の声が聞こえる。
といっても、体調ももうすっかり良くなって気分の良い俺にとっては夢物語のように感じられてしまってあまり自覚を持つことができない。
まるで絵本でも読み聞かせられているかのような。
そんな俺の頓狂な声を聞いたせいか、彼の声が幾分か低くなったような気がする。
思わず肩をすくめて、スマホに顔を近づける。

「…ところでお前、今どこにいんの?」
「えっ…と、それは…」

たった今あんなことを聞かされて、一体どう答えろと言うのか。
さっきまでの楽しい気分はどこへやら。伝わってくる彼からの威圧感に冷や汗が止まらない。
歯切れの悪い俺にすべてを悟ったのか向こうにいる彼が重苦しいため息を吐くのが嫌でも耳に届いた。

「はぁ…外にいるんだな?」
「うん…ごめんなさい」
「…何処にいる?怒んねぇから、今すぐ家に…」
「えっとね…スパイクタウンの横の…」
「っはぁ!?」

彼の言葉を真に受けた俺は、近くの看板を見ながらそのまま書いてあることを伝える。
その瞬間電話口から聞こえてきた大きな声に驚いて思わず携帯を放り投げてしまいそうになった。
怒らないって言ったじゃないか。
そんな文句はその迫力を前には口に出すことは出来なかった。

「何でそんな遠出してんだよっ。今何時だと思ってんだ!危ねぇだろ!」
「え、でも…ワンパチもいるし、別に危なくないよ?」
「だぁー!…もういい、オレ様が迎えに行く。スパイクタウンのポケモンセンターで大人しくしてろ。いいな?一歩も外に出るなよ」
「え、え?うん…分かった」

電話の向こうから、バタバタと何か慌てて支度するような音と、衣擦れの音が聞こえてくる。
一体どうしたというのだろうか。
勢いに圧倒されて頷く。その途端、俺と彼を繋げていた電波は乱暴に切られてしまった。

「…スパイクタウンの、ポケモンセンター?」

彼に言われた言葉をそのまま呟いてみた。
視線の先には色とりどりの光弾けるネオン街。なんだか薄暗く感じるその町はほんの少しの入りにくさを残しながらそこに佇んでいた。
ここ、未成年が入ってもいいのかな。
路地裏だらけのその街を見ていると、そんな疑問すら残る。

「というか、きのみ。すぐ目の前だし…」

そこまで考えた俺は、スパイクタウンの少し錆びたシャッターと、目の前のきのみの木を交互に見比べた。
…少しくらいなら。
せっかく目の前にあるのにこのまま帰ってしまったら、何も意味がないじゃないか。
それに彼が来るまでまだ時間がかかるに違いない。
そう思って目的の木にそっと近づいていく。

「うーん…」

背の高い木を見上げる。
沢山の木の実を枝いっぱいに抱えたその木は、周りの木にくらべるとなんだか幹が細いようにも思えた。
おそるおそる触れてみる。これを揺らせばいいのだろうか。
分からないことだらけだけれど兎に角、何事もやってみないことには始まらない。
両足に力を入れて踏ん張ると、渾身の力を込めてその木を揺らしてみた。
途端に落ちてくる色とりどりの木の実は本当に知らない物ばかりだった。

「この木の実は甘そうじゃない?ワンパチ、これ美味しいかな?」

とりあえず周りを見渡した俺は、近くに落ちていた桃色のハートのような形のきのみを持ち上げてみた。
それをワンパチに見せてみると嬉しそうにくるくると回った。どうやら、正解のようだ。
彼があんまり嬉しそうにするものだから、俺もなんだか嬉しくなって、すこしずつ頬が熱くなっていく。

「見てて。俺、もっと頑張るから!」

言いながら気合を入れて、腕を捲くる。さっきと同じように一生懸命木に力を込めた。
揺らすたびに落ちてくる、個性的な色と形の、初めて見る知らないきのみ達。
正直楽しい。
だから、調子に乗っていたのだと思う。
力を入れて揺らすたび、頭上の枝はどんどん揺れる速度を速めていった。そして。

「うっ―ぇ―――いっ!?たぁ…!?」

上を向きながら木を揺らしていた無防備な額に、そのポケモンは唐突に落ちてきた。
衝撃の弾みで被っていた帽子が頭から落ちたのと同時に、そのまま耐えきれずに尻もちをつく。
木の実を大事そうに抱えていたリスのようなそいつは地面にぶつかった後、俺と同じように突然のことに驚いたとばかりに周囲を見回す。
それからこちらの存在に気が付くと慌ててどこかに走っていってしまった。
思い切りぶつかった額がひりひりと痛んだ。

「…いたた…なに、今の」

的確に額を狙われたからか、なんだか視界がくらくらする。
地面に手をつきながら額を押さえた。驚きすぎて、まだ心臓がばくばくと煩く音をたてている。
これが洗礼というやつだろうか。
生理的な涙でぼやける視界の中、何とか手探りで大切な帽子を拾い上げた。
その時。

「君、大丈夫?」
「へ…?」

突然聞こえてきた声に驚いて慌てて涙を拭って顔を上げる。
気が付けば目の前には知らない男の人が立っていた。一体、いつの間に。
驚いて声が出ない俺と、返事を待つその人。
俺としばらく見つめ合った後、彼は数回瞬きを繰り返してから何かを思い出すように口元に手をやった。

「あれ、君。もしかしてジムリーダーキバナと一緒にいた…」
「へ…?なんで知ってるんですか…?」
「カフェでの君たちの隠し撮り写真、ネットで話題になってるよ」

名前が出たから、てっきりキバナさんの知り合いかと思ったけれど、どうやら違うようだった。
彼が有名人なのは俺でも知っていることだ。目の前の男の人が彼を一方的に知っていてもおかしくはない。
でも、どうしてただの一般人である俺のことまで知っているのか。その答えを見つけることは出来なかった。

「話題…?ネット…?」
「もしかしてSNSとかあんまり興味ないの?」
「えと…はい」
「へぇ、若いのに珍しいね。今日は1人?」
「え…?そうですけど…」

彼は数度質問を繰り返すと尻もちをついたままの俺の目の前にしゃがみ込んだ。
それから無遠慮にこちらの顔を覗き込んだ後、じろじろと頭から足先まで眺めはじめる。
なんだろう。なんだか変だ。
その時すでに、自分の中で嫌な予感が生まれ始めていたのかもしれない。
怪我をした額が嫌にズキズキと痛み始めた。

「ふーん。…桜色の瞳。実物で見ると本当に綺麗だねぇ」
「な、に…?」
「透明感のある白い肌。華奢な体。それに…無垢そうな表情」

男の人は、何かを操るみたいに顔の前で指を振った。
さっきから一体、何を言っているの?
ぽかんと見上げる俺を見ていた男の人が突然口角を上げて、不気味にニヤリと笑った。
瞬間、背中をゆったりと駆け上がっていく悪寒に思わず背筋が伸びる。

「あのっ俺、用事が…」

この人、何かおかしい。
喉から勝手に声が漏れる。
なんとか逃げようと、座り込んだまま震える足を動かして小さく後ろに下がった時には、既に手首を強く掴まれていた。

「ひっ…」
「手首もすぐ折れちゃいそうだねぇ」
「やっ…やだっ…何、を…」
「君みたいな子、凄く人気なんだよ…?キバナも迂闊だなぁ」

怖い、怖い。一体何を言われているのか分からない。
分かるのは、彼の言うことを聞かなかったせいで今の自分がのっぴきならない状況にあるということだけ。
暗い夜道。捕まれた手首がじわじわと痛む。

「俺と一緒に来てくれない?」
「誰なんですかっ!嫌だっ離してっ!」
「へぇ、抵抗するんだ?じゃあ、とりあえず。少しの間大人しくしてもらおうかな」
「やっ…」

掴まれていた手首が引き寄せられた。
目まぐるしく動く視界の中で、男が手を振り上げるのが見えて咄嗟に体を縮めた。
殴られる。
恐怖の所為か、呼吸さえままならない。
痛みに耐えるために思い切り目を瞑ろうとしたその時。目の前にワンパチが飛び出してくるのが見えて、一気に目が覚めたような心地がした。

「ワンパチっ!だめっ戻って!」

俺を守ろうと男に向かって走っていく相棒の反応を待たずに慌ててボールに戻すと、そのボールを抱えるように身を丸くする。
そんな俺の行動を見た男の人は、面白いものを見たとばかりにくつくつと喉を鳴らした。

「あらら。ワンパチ、戻しちゃってよかったの?それとも一緒に行く気になった?」
「…嫌だ!」

小さく首を振りながら、自分たちが助かる方法に思考を巡らせる。
幸いここはスパイクタウンのすぐ近く。
隙を見て飛び込んで助けを呼べる距離だった。
なんとか男の人の気を逸らせないだろうか。

「おっと。逃げようとしても無駄」
「えっ」

すぐ近くから聞こえる感情のない声。同時に、頭から何か粉のようなものをかけられた。
周りに舞い上がったその粉が街灯と遠くのネオンに反射してちらちらと輝く。
それがあまりに突然で反応が遅れてしまう。
慌てて口を押さえようとしたけれどすでに遅かったようで、一気に全身から力が抜けていく。
そのまま地面に倒れ込むまでに大した時間はかからなかった。地に触れた体が酷く冷たい。

「あ、…っれ…?」
「痺れるでしょ?ごめんね。でもあんまり動かれると困るからさ。大人をあんまり甘く見てちゃ駄目だよ」

手の中から離れたモンスターボールがコロコロと虚しく地面を転がっていくのがぼんやりと見える。
すぐに背中と膝裏に腕が回されて、そのまま簡単に持ち上げられてしまった。
力の入らない腕が重力に従ってだらりと垂れ下がるのと同時。その指先から離れた帽子が地面に落ちていく。
どうしよう。大切な帽子なのに。もし無くしてしまったらダンデさんになんて謝ればいいのだろう。

「ゃ…、っだ…」

頭のてっぺんから足先まで全身がぴりぴりと痺れて感覚があるのかどうかすらよくわからなかった。
このままでは逃げるなんてとんでもない。指先ですら、動かすことが難しい。
嬉しそうに笑いながら俺のことを見た男の人は、ゆったりとした足取りでどこかへ進んでいく。
一体何処へ連れていかれてしまうのだろうか。
どうして自分はこんなに不運なのか。そろそろ考えなくてはならないかもしれない。

「…っ、ぁ……」
「いやぁ。偶然にしてもラッキーだったな」

体が震えるのは、全身が痺れてしまっているせいだろうか。
もう脳までおかしくなってしまったのか、意識が朦朧として恐怖を感じることもなくなってしまった。
声を出そうとしても喉から空気が出ていくだけだし、今できることは勝手に動いていく景色をただぼんやりと見つめることだけ。
全てを諦めかけた、その時だった。

「…そこで、何してやがるんです?」
「っ…!誰だっ」

その物静かな、それでいて奏でる様な声は男の足を止めるのには充分すぎるほどだった。
視線だけ動かすと、少し猫背気味の、特徴的な見た目の男の人がいつのまにかスパイクタウンの入り口に立ち尽くしている。
白と黒の長い髪、細身な体つき、少し重たそうな瞼にはしっかりとメイクが施されている。
警戒する男を見ていたその目がやがて、腕の中でぐったりとしながら小さく震える俺に向けられた。
そして、すぐに何かを理解したように彼がゆっくりと目を細めると、一気に空気が張り詰めたような気がした。

「なるほど。…何がラッキーなのか、オレにも教えてくれますか?」

彼はそう言うと、長い指で首元のアクセサリーを気怠そうに弄った。


六歩目まではいつも通り