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・視点:キバナ

無性にイライラする。その理由は自分でも明確にわかっていた。
あいつに連絡先を教えてから、数週間が経過している。それなのにいくら待っても一度も連絡が来ない。
あんなに寂しそうな顔をしていたくせに、一体なんだというのか。
最近はあいつの泣き顔がちらついて、バトルにすら集中できないことがある程。
勝っているから良いもののいつ支障が出るか分かったものではない。

「チッ…」

不機嫌を隠さずに歩いていると、周りの視線がこちらに集まってくる。
もう我慢の限界だ。こちらから怒鳴り込んでやろう。
すぐに連絡して来い。確かに自分はそう告げたはずだ。守らなかったあいつが悪い。
近くを飛んでいたスマホロトムを引っ掴んで、大股で歩いていく。
幸い、家の場所は知っている。
そう思いながら角を曲がったところで、その先にいた誰かと体がぶつかった。

「お?」
「わぁっ!?」

驚いた拍子に手の中からスマホが離れていつものように周りを浮遊し始めた。
衝撃に耐えられなかったのか、相手の小柄な体が弾かれる。
地面に尻もちをついた青年を見て、慌ててその場にしゃがみ込んだ。
怪我をさせたかもしれない。
咄嗟にそいつの腕を掴んで、被っていた帽子を頭から取り上げる。

「わりぃっ!大丈夫か?」
「平気です。こちらこそすみませ…あ、れ?」
「あ?…ハルト?」

ここ最近ずっと頭から離れなかったのと同じ色。
その人物は俺の顔を見るなりその淡い桜色の瞳を大きく見開いた。
自分を悩ませていた人物が、今まさに目の前にいる。
呆気にとられる俺と同じように、相手もぽかんと口を開けていた。

「キバナさん…?」

ずっと放心していたハルトは、やがて声を絞り出すように俺の名前を呟いた。
どうやら、元気そうだ。
怪我もすっかり良くなったようで、その白い肌にはもう絆創膏は貼られていない。
ダンデに頼んだのは正解だったな。
何故だか安心してほっと息を吐いたけれど、なんだかまるで自分がこいつを心配していたみたいじゃないか。
それが何だか無性に恥ずかしくて誤魔化すように咳を一つ。

「あ、の…あんまり見られると…恥ずかしい…というか」

その消え入りそうな声に、我に返る。
目の前の人物は、居心地が悪そうに目を逸らしながら、白い頬をじわりじわりと薄桃色に染め上げていった。
以前会った時よりも血色がよく見えるのは、今まさに頬が赤らんでいるせいだろうか。
今体調がいいのか、それともワイルドエリアにいた時が悪かったのかは分からないけれど。

「あの…キバナ、さん?」
「え?ぁあ…」

ハルトは居心地が悪そうに少し乱れた黒髪を指先で触った。
逃げるように伏せられた瞳。そのせいで強調された長い睫毛が妙に色っぽく感じて、思わず目を逸らして頬を掻く。
なんだか調子が狂う。

「…え、と…元気か?」
「はい。ありがとうございます」

まだ座り込んだままだったハルトに手を貸して、立たせてやる。
相変わらず軽くて、ちゃんと食事をしているのか少し心配になった。
相手がきちんと立ったことを確認して、ずっと持っていた帽子を相手に返そうと手を伸ばす。そこで、ふと、一つの疑問が頭をよぎった。

「なぁ、この帽子。お前の頭にはでかくないか?…というか、嫌に見覚えがあんだけど」
「あ…つい先日。…、その…ダンデさんにいただいたものです…ので」
「っはあ!?」

大きな声に驚いたのか、目を瞑って肩を震わせた。
オレ様には一切連絡を寄越さなかったくせに、ダンデと会った?こいつは一体何を考えているのだろうか。
沸き上がる怒りを抑えきれずに、無防備な額を指ではじいてから乱暴に帽子を被せてやる。
すると何が起こったのか理解していないのか、サイズの合っていない帽子で目元の隠れた青年は、痛む額を押さえながらふらふらと頭を揺らした。

「…?…っ?ご、め…なさ…」
「で?」
「えっと連絡が来て…怪我の様子も見たいし、ご飯でもどうかって言って貰って…あっでも、悪いからこの帽子は返すつもりで…」
「んなこと聞いてんじゃねぇの!」

上から見降ろしながらにっこりと微笑んでやると、こちらの勢いに負けたのか二つの瞳が怯えたようにこちらを見上げる。
頭の帽子を外して顔の前に持ってきたハルトは、少し警戒しながら歯切れ悪くそう答えた。
一緒に飯を食ったこと、帽子を褒めたらもう一つあるからと貰ってしまった事。
けれど、理由を聞いたところで怒りが収まるわけではない。
大きな声で名前を呼んだ瞬間、いち早く反応した青年は飛び上がるように後ろに一歩下がった。

「なんでオレ様には連絡しないんだよ!」
「だって…迷惑かなって…それに、理由が思いつかなくて…」
「理由なんて別にいらねぇだろうが!」

怒られているという自覚はあるようで、先程まで赤らんでいた顔がみるみる青くなっていく。
口を噤んで眉を寄せると、ぎくりと肩を震わせた。
おろおろとしきりに視線を彷徨わせたその瞳がやがてじんわりと潤んでいく様子に、唐突に我に返った。
気が付けば自分たちはいい見世物になっていた。
ジムリーダーキバナが男の子を泣かせている。物珍しそうに見る人々の視線。

「あー…もう怒ってねぇから」
「え、でも…」
「その代わり、今日はオレ様と出かけるぞ」

しまった。
手を伸ばして乱暴に目の前の頭を掻きまわすと、その冷たい手を掴む。
さっさとこの場所から移動しなければ、今よりも大事になる。
そう判断した俺はハルトが行こうとしていた場所を手早く聞き出すと真っ直ぐそこに向かって歩き出した。


「ふーん。…カフェ?」
「えと…うん。甘いものが食べたくて…」

適当に返事を返しながら、ぐるりと可愛らしい店内を見渡す。
ファンシーな壁紙に、おしゃれなテーブル。
丁寧に磨かれたガラスケースにディスプレイされたケーキはまるで美術館の展示物のよう。
周りの客は女性ばかりで男二人組の俺たちは明らかに異質な存在だった。
けれど目の前の青年は全く気にした様子もなく、運ばれてきたクリームソーダを視界に入れると一気に目を輝かせた。
艶やかな黒髪に、ピンクの瞳。確かに見方によっては女に見えなくもないけれど…。
意外に図太い性格をしている。

「甘いもの食いに来たのに、更にジュースかよ」

俺のその呟きを聞いたハルトは不思議そうな顔をする。
それから自分の前に置かれたクリームソーダと俺の前に置かれたコーヒーを見比べると、嬉しそうに笑いながらストローの袋を破いた。

「クリームソーダには夢が詰まってるんだよ」
「へー、そうかい」
「あ、興味なさそう」

細長いコップに注がれた、色鮮やかな透き通ったメロンソーダ。
真っ白なバニラアイスと一緒に添えられた小さなさくらんぼの赤色がひと際目立っていた。
躊躇いなく刺されたストローの刺激で炭酸が弾け出す。
青年は俺が適当に打った相槌を別段気にした様子もなくストローを咥えた。
照明を反射して輝く炭酸がコップから減っていくたび、氷が涼し気な音を立てていく。

「…んで?それ全部食えんの?」
「へ…?」

ずっと気になっていた質問を口にすると、顔を上げた彼の小さな口からストローが抜けた。
目の前にはテーブルの面積をめいっぱい使って並べられた沢山のケーキ。
明らかに青年の胃袋よりも体積がありそうなそれらを指し示してやる。
こっちの胃がもたれてしまいそうだ。
小柄だから勝手に少食だと思い込んでいたけれど、どうやら予想は外れたようだった。

「うん。余裕」

質問の意図を理解したらしいハルトは瞳を悪戯っぽく細めると、歯を見せながらこちらにニッと笑ってみせる。
…そんな顔もできるのか。
ぐ、と息が詰まった理由が自分でも理解できなかった。

「…腹壊すなよ」
「甘いものは別腹なもので」
「そーですかい」

咥えていたフォークを口から離したハルトは、幸せそうに色付いた頬を膨らました。
というか別腹も何も、そもそも甘いものしか食ってねぇ。
そんなツッコミは真っ黒なコーヒーと一緒に飲みこんでしまった。
小さな口の中に綺麗に消えていく洋菓子を、肘をつきながらただ見つめる。
嬉しそうにはにかむその顏は正直見ていて飽きない。

「あれ?ケーキ食べないんですか?」
「んー…」

不意に彼の意識が目の前のケーキからこちらに向いた。
自分の前には、店員に勧められるがままに注文したケーキが1つ。
人気だということ以外は聞き流していたので、これが一体なんの味なのかも正直分かっていない。
とりあえずフォークを持ち上げてみる。柔らかいスポンジは、簡単に切ることができた。

「キバナさん?」

フォークの上に乗ったひと口分のケーキとしばらく見つめ合う。
それから何となく、本当にただの思い付きで目の前の青年にそれを差し出してみた。

「ほら、食うか?…なーんて…な」
「…ン」
「へ…?」

冗談めかして差し出したケーキ。
それが、ぱくり。そんな効果音が聞こえそうなほど軽々と小さな口の中に消えていった。
まるで恋人同士でやるようなその行動をなんの恥ずかしげもなく受け入れたことに、一瞬思考が止まる。
フォークを持ったまま固まる俺を放置したまま、ハルトはこれでもかと瞳を輝かせた。
それからその目を細めながら幸せそうに頬を押さえる。
開いた口が塞がらないとはこういうことを言うのだろうか。

「これ…めっちゃ美味い!」
「あ、…そう?」
「キバナさんも食べてみてくださいよ!紅茶の味がする!」

言われるがまま何とも言えない気持ちで目の前のケーキを切って、同じように自らの口に運ぶ。
口の中に広がる甘みを感じながら、子供のようにはしゃぐそいつを眺めた。

「んー?砂糖の味しかわかんねぇ」
「えー!うそぉ」

俺の答えを聞いた瞬間、その眉が吊り上げられた。
彼は持っていたフォークを丁寧に机に置いてから、真剣な顔で身を乗り出す。どうやら、ヘンなスイッチを入れてしまったようだ。

「ちゃんともっと味わって食べないと!勿体無いですよ」
「ハルト」
「ン、」

興奮気味に喋っている途中で名前を呼んで、フォークに乗ったケーキを差し出す。
すると、意識を一瞬で切り替えた青年が小鳥のように食いついた。
ケーキは再びその小さな口の中に綺麗に消えていった。
正直、面白い。新しいおもちゃを見つけた俺はニヤける口元を片手で隠しながら、もう一度ケーキを持ち上げる。
目の前の小鳥は、俺が差し出していくケーキを何の疑問もなく次々と吸収していった。
その小さな体の何処にしまわれていくのか不思議に思いながら、作業のように自分のケーキを相手の口の中に運んでいく。

「ほら、クリームついてるだろ。落ち着いて食え…よ」
「へへ…」
「あ…」

一旦フォークを置いて肘をついたまま、口に着いたクリームを親指で拭ってやる。
そこで初めて、ざわついた店内に気が付いた俺はふと我に返った。
恐る恐る周りを見れば、あの男の子は誰だろう。キバナ様とどんな関係?と少し不審そうにこちらを見る女性客たち。
しまった。面白がって自分たちのいる場所をすっかり忘れていた。
バンダナ越しに頭を掻いて、がくりと肩を落とした。

その時にはすでに、目の前の皿には何もなくなっていた。

「でも不思議だなぁ…俺、甘いもの好きだけどこんなに食べたことないよ。キバナさんと一緒にいるからかな?」

目の前を見ると、何も気にしていない様子で幸せそうにクリームソーダに乗ったアイスを掬うハルトの姿。
嬉しそうで何よりだ。
けれど、周りの状況に気が付いてしまった今、正直居心地が悪くて仕方がない。

「はぁあ…おい。休んだらすぐ出るぞ」
「え…?はい」

ぱちぱちと瞬きを繰り返す青年の瞳と同じように、テーブルの上に置かれたクリームソーダが弾けた。


「なんか、美味しかった。それに、楽しかった…」
「ほー。なら良かった」

支払いを済ませて逃げるように店を飛び出した俺たちは、特にやることもなく街をぶらついていた。
こちらの気も知らずにふわふわと笑う青年にため息を一つ。
まぁ、楽しめたなら良かったけれど。

それからしばらく、何も喋らずにただ歩いていた。美しい街の景色を見ながら新鮮な空気を吸い込む。
雲一つない空にはのびのびと飛びまわる鳥ポケモンの姿。
この後、どうしようか。そう思考を巡らせて隣の青年を見ようとした。
その時。
唐突に、何の前触れもなく服の裾を強く掴まれた。

「ねぇ、キバナさん」

驚いて隣を見ると真剣な顔で真っ直ぐ前を向いたままのハルトが、俺の名前を小さく呟いた。
ただならぬ様子に心臓が嫌な音を立てる。

「な、んだよ?」
「俺、いっぱい考えたんだ」
「うん?」
「キバナさん、俺なんかとは住む世界が違うなって。だから、ずっと我慢してたの。…遠すぎるよ」
「おい…何の話だ?」

一体、こいつは何を話し始めたんだ?
理解できずに斜め下の頭を見ると、帽子を被ったハルトがどこか虚ろな様子で下を見ながら歩いていた。
覚束無い足元。ふらふらと左右に揺れるその様子に、なんだか違和感を覚える。
何となく目線をやった首元がほんのり赤くなっているのを見て、胸がざわついた。

「ハルト?」

やけにテンションが高いのも、ずっと気になってはいたのだ。
慌てて腕を引いて青年の動きを止める。
触れたその指先は酷く冷たかった。

「おい、こっち見ろ」
「へ…?何?」
「…触るぞ」

腰を曲げて、相手に目線を合わせてやる。
目元まで赤らんだ頬。潤んだ瞳。
正直、前に会った時より血色が良いだけだと思っていた。
けれど明らかにこの様子はそれだけではない。
そっと手の甲で触れたその首は一般的な平熱よりも明らかに高くなっていた。

「馬鹿お前…熱あんなら早く言えよ!辛いだろ?…というか、ケーキ。吐くなよ?」
「え…?何の、話?…熱?」
「まさか…気が付いてなかったのか?」
「ン…ぇ」

重そうな瞼がゆっくりと降りて潤んだ瞳を隠していく。
目の前の体から完全に力が抜けて胸に倒れてくるのが嫌にゆっくりと感じられた。


四歩目で見た夢