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★ ☆ ★




シャンプーがない。
いくら押しても出てこないボトルに向かって意味のないため息を吐いた。
景光のやつ、昨日使い切ったのに取り換えなかったな。
たまに抜けている恋人に文句でも言ってやろうと、シャワーから出続けていたお湯を止めて乱暴に頭を拭った。
下着とズボンだけ履くとすっかり歩きなれた廊下を大股で歩く。
髪の毛から垂れる水滴が点々と廊下を濡らしていくけれど、後で拭けばいいだろう。
恋人がいるであろう部屋の前で一度息を吸ってから、勢いよく扉を開け放った。

「おい、景光!シャンプー…切れて…」
「お、おい…健人」
「…へ?」

慌てた声を出す恋人の声につられて前を見る。
そこには景光と、見たことのないイケメンが座っていた。
自然光で透ける綺麗な金髪と、シミ一つない綺麗な褐色の肌、長い睫毛。
知らない人だけれど一目見て分かった。
恋人がいつも喋っていた、幼馴染の…。
呆けたまま立ち尽くす俺に、恋人がやってしまったとばかりに顔に手を当てて、大きくため息を吐いた。

「あ…すいません…こんにちは…?」
「初めまして。お邪魔してます…」
「あ、えと…初めまして…」

髪の毛から滴る水が頬を滑って、床に落ちる。
控えめにお辞儀する彼の真似をして頭を下げると、恋人が慌ててこちらにやってきて俺の腕を掴みながら廊下に引っ張っていく。

「ゼロ、ごめんちょっと待って」

部屋の扉を閉めた景光は、俺を壁に押し付けるように立たせる。
それから肩にかけていたタオルを取ると、優しく頭を拭い始めた。
まだシャワーは浴びるのだからそんなことしなくてもいいのだけれど。
壁に背中をつけて俯いたまま、目だけを動かすと恋人がいつの間にか部屋着から着替えていることに気が付いた。
さては、あの人が来ること、俺に黙ってたな。

「健人…あのなぁ…まさか裸で出てくるとは思わなかったんだけど?」
「人呼ぶなら…俺のいないときに呼んでって言ったのに」
「紹介したくて。あいつも健人に興味持ってたし」
「俺がそういうの苦手だって知ってるくせに…」

小さく呟くと、頭を拭いていた恋人の手が止まって俺の顔を覗き込んだ。
膨れたまま睨んで我儘を言う俺に困ったように眉を下げて、優しい両手で俺の頬を包み込む。
恋人の顔が近づいて来て、額に柔らかい感触。
それから、すべるようにその唇が瞼に触れた。
俺が拗ねた時にする恋人の癖のようなものだ。

「それにあいつ…」
「…ん?」
「この間の香水の奴…だろ…」
「…っ…な、んで…」
「なんとなく…なんだけど…」

どうやら俺の直感は当たっていたらしい。
驚いたような声を出した恋人は俺の体を押さえつけるように、壁に手をついた。
知られてはまずいことなのだろうか。
これ以上関わるつもりはないし、言いたくないのなら言わなくてもいい。
目を逸らしたままの俺に小さく息を吐くと、恋人は優しく頬を撫でた。

「健人」
「と、にかく…俺は部屋に戻るから、後は勝手に…」
「…いつまで待たせるんです?」
「っわぁ!!」

いつの間にかドアを開けてこちらを見ていたらしいイケメンの声に、驚いて肩を震わせる。
こいつ、いつから見ていたんだ。
今の自分たちの体制を思い出して恋人の胸を押した。
扉にもたれ掛かった彼が呆れたような目でこちらを見るので、じわじわと顔に熱が集まって、恥ずかしさに視界がぶれた。
分かってる。
幼馴染のいちゃつく姿を見せられたこいつが一番の被害者だ。
それなのに冷静なままのその澄んだ紺碧を見ていたら、俺の方が動揺してしまった。

「君が…春木健人くんですか?」
「えと…は、い…」
「降谷零です」

自己紹介の後、降谷は俺の方に手を伸ばしてまだ湿ったままの髪に触れた。
綺麗な長い指が髪を撫でて、そのまま頬に滑る。
曇りのない紺碧の瞳が真っ直ぐこちらを見るから、振り払うこともできなかった。
彼の自然なその動作に動揺して、口から漏れるのは小さな吐息だけ。

「健人」

聞きなれた声に名前を呼ばれて我に返った。
ずっと黙っていた景光が降谷の手首を掴んで俺から離すと、気の抜けた俺の体を引き寄せた。
バランスを崩した足がよろけて、背中が恋人の胸に当たる。
恐る恐る見上げるといつもの笑顔が嘘のように無表情の恋人が幼馴染を見つめていて、じんわりと背中が冷たくなっていった。
怒ってる時の顔だ。

「ひろ…?」
「健人、ほら。風邪引くぞ」
「え?…あぁ、うん…」

服を引っ張りながら、名前を呼んでやる。
すると瞬きの間に恋人は笑顔を取り戻していて、いつもみたいにふざけた様子で俺の体を抱きしめた。
なんか、調子狂う。
勝手に幼馴染なんて招きやがって。俺がいるときは嫌だってあんなに言ったのに。
それからしばらくして、俺たちを眺めていた降谷の大きなため息で現実に戻された俺は、密着して頭に髭を擦る恋人の胸を押した。

「俺、部屋戻るから。…え、と…降谷」
「…はい?」
「…よ、ろしく」

昔から初対面の人間と話すのは苦手なんだ。
しかもそれが恋人の幼馴染なんて言われたら、どんな顔をすればいいかわからない。
赤くなった耳を見られないように俯きながら大股で濡れたままの廊下を戻っていく。
シャンプーを詰め替えたら、またシャワーを浴び直そう。
廊下を拭くのはその後になりそうだ。


毎日一つの花束を