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「#エロ」のBL小説を読む
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★ ☆ ★




「ただいま。健人」
「おわっびっくりした!」

後ろから急に抱きしめられて、力の抜けていた体が強張った。
ソファーに座ってテレビを見ていた俺は、景光が帰ってきていることに気が付かなかった。
膝に乗せていたクッションが床に落ちて転がっていく。
俺が集中していた。というより、こいつが気配を消していたのかもしれない。

「ひろ…おかえり。もっとわかるように帰ってきてよ」
「うん、ごめん」

クッションを拾おうとしたけれど、痛いくらいに抱きしめられているせいで動くことができなかった。
何か嫌な事でもあったのだろうか。
そう思って振り返ろうとしたその瞬間、違和感に気が付いて思わず動きを止めた。
俺達に纏わりつく、いつもと違う香り。

「景光…」
「ん?」

首筋に頭を擦られるたびに、知らない香りが自分の周りをふわふわと漂っていく。
一緒に出掛ける時にいつもつけている香水ではないし、それに俺が選んだものとも違う。
言ってしまえば、嫌いな匂い。
知らない奴が後ろにいるみたいだ。
胸の辺りがもやもやして不快で、眉間に皺を寄せた。

「それ、やだ」
「え…?」
「いつもの匂いじゃない。…仕事?」
「…」

そう言うと、一瞬だけ俺を抱きしめる力が強まった。
いつもより口数の少ない恋人が、少しだけ心配になる。
やっぱり仕事で何かあったんだ。
そう思っていると、わざとみたいに頭を動かすから、香りがまた強くなった。
誰といたのかは知らないけれど、早く流してきてほしい。
抵抗の気持ちを込めて恋人の頭に自分の頭をこすると、頭同士がぶつかって髪の毛が擦れる感覚。

「いって…痛いって」
「その匂い、ヤダってば。はやく風呂入ってきてよ」
「健人…?」

急に機嫌が悪くなった俺を不思議に思ったのか、景光が優しく俺の名前を呼んだ。
大きな温かい手が頭に乗って、少しだけ乱暴に髪の毛を掻き回した。
シャワーを浴びて少しだけ湿った髪の毛からシャンプーの香りがする。
せっかく体を洗ったのに、香水の匂いをつけられたらたまったものではない。
抵抗する俺を気にする様子もなく、背凭れ越しに抱き着いたまま動こうともしない恋人は俺の耳元に口を近づけると楽しそうに笑った。

「嫉妬してくれてんの?」
「は…?」
「俺から違う匂いがするから怒ってくれた?」

一瞬、囁かれたその言葉の意味が分からなかった。
頭の中が全部真っ白になって。
ずっと聞こえていたはずのテレビの音が急に聞こえなくなった。

「えっ…!?は…っ!?」

うまく動かない脳みそを使って、ゆっくりとその言葉の意味を理解した。
その途端だった。
視界が揺れて、テレビ画面の映像すらも意識の中から消えてしまった。
なんだこれ。
全身の血液が一気に顔に集まってきてしまったのかと思った。
熱くて、恥ずかしい。

「違う!景光がくさい!くさいから!」
「えっ!照れ隠しでもそれは傷つくって」
「照れてない!」
「健人」

暴れるのを押さえつけるように、恋人の腕が強く強く俺を抱きしめる。
なだめる様なその声を聞いていると、いつもの困ったような笑顔が簡単に想像できて、心臓が苦しくなった。
傷つけてしまっただろうか。
ほんの少しだけ足先に力を入れた。
俺がその顏には弱いって知っていて、わざとやっているのだろうか。
下がった眉を見てしまうと、いつも言うことを聞かされてしまうのだ。
今だって、酷いことを言ってしまったのをとても反省させられている。

「違う嫉妬じゃない…それに臭くない…けど、いつもの匂いの方が、すき」
「…、…」
「ひろ…?わ、ぁ…!?危なっちょっと!おい…やめろ!匂いが付く!」

俯きながら小さく呟く。
一瞬の間があった。
反応を示さないのが不思議で振り返ろうとしたその瞬間。
何を思ったのかソファーの背凭れを乗り越えてきた恋人に、勢いよくソファーに押し倒された。
突然のことに抵抗する暇もなく体が傾いた。
付きまとってくる香りに頭がくらくらする。

「ぁ…ぇ…?」

そうしている間に手首が握られて、一気に我に返った。
どうしよう、顔見られた。今、絶対真っ赤だ。
それに気が付いた俺はぼんやりしていた頭を動かすと、すぐに掴まれていない方の腕で顔を隠した。

「見、んな…」
「真っ赤」
「うる、せ…」

景光の温かい指が頬に触れる。
その指は俺の熱くなった頬をするすると優しく撫でた後、耳たぶを人差し指と中指で挟んだ。
変な触り方するな。
そう抗議しても、手が止まることはない。
そっちの動きに気を取られていると、大きめの部屋着から滑り込んできたもう片方の手が腰を撫でる。
驚いて、目を見開いた。
視界に映った恋人は、俺を見ながら嬉しそうに微笑んでいた。

「おい、何してんだよっ!風呂入れって」

匂い移るから。
服に侵入した手を思い切り掴んでやる。
待ってましたとばかりにその指が絡め取られて、そのまま自分の口元に持っていった恋人が俺の手の甲に唇を落とした。
テレビが付いているはずなのに、小さなリップ音が煩いくらいに耳に届いて、再びじわじわと顔に熱が集まっていく。

「なぁ、だめ…?」
「だめ…」
「どうしても…?」
「今日は騙されないから…」
「…?」

迫ってくる恋人の肩をやんわりと押した。
その困り顔には、もう屈しない。
目の前でこれでもかと下げられた眉が憎らしくて指でぐりぐりと押してやる。
俺の言葉の意味が良く分かっていないのか、景光が不思議そうな顔をしながら首を傾げた。
子供みたいなその仕草も愛らしくて、なんだか腹がたつ。
でもまぁ、元気が出たみたいだし許してやるか、なんて。やっぱり俺は景光に甘すぎるのだろうか。


危害は無いから