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「#エロ」のBL小説を読む
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感情の名前は

「お、ライ。帰ってたのか」
「…ん?あぁ…」
「何飲んでるんだ?俺にもくれよ」

なんとなく部屋に戻るとライがソファーに座っていて、久しぶりに見る顔に思わず嬉しくなった。
仕事が長引いてたみたいだったけれど元気そうでよかった。
近づいていって話しかけると少しだけ鬱陶しそうにこちらに視線を向けた後、すぐに目を逸らされる。
相変わらずの冷たい対応に口をとがらせた。

「バーボンはどうした?お前の教育係だろ」
「逃げてきた。面倒くさいし」
「…そうか。だが、あまり煩くするなら出ていけよ」

つれないなぁ…そう言いながら、ライの持っていたマグを奪い取って口を付ける。
コーヒーの苦味が口の中に広がって眉を顰めた。
文句を言いながら持っていたそれを返すと、あからさまに嫌な顔をされたので少しだけ笑ってしまった。
なんだかんだで優しいからいつもからかってしまうのだ。
横に腰を下ろしてすぐにライから石鹸のいい香りがしたので少しだけ顔を近づけた。
いつもの煙草の香りはどこにいってしまったのだろうか。

「ライ、シャワー浴びたのか?」
「あぁ」
「煙草の匂いしないの、珍しいな」
「おい、あまり近づくな。面倒なことになる…」
「ライ。コードネーム見ませんでし…何してるんです?」

嫌がるライに絡んでいると、部屋のドアが開いて最近よく見る人物が顔を出した。
それと同時に横から聞こえてくる大きなため息。
気怠そうに部屋に入ってきたバーボンは、俺達の姿を見て眉間に皺を寄せた。
いつもそうだ。厳しいし、すぐに怒るし。
そんなに俺が嫌いなら初めから教育係なんて引き受けなければよかったのだ。
ジンも人が悪い。教えてもらうならスコッチが良かった。優しそうだし。

「バーボンが厳しいからライに慰めてもらってた」
「すぐ何処かに行くの、やめてくれません?面倒くさいので」
「ほら、な?笑顔が怖いんだよ…もっと優しくして欲しい」
「おい、くっつくな」

どうやら相当お怒りの様子だ。
睨むどころか完璧な笑顔を向けてきた教育係様は、相変わらずの口調でこちらに文句を言い続けている。
ふざけてライの腕にしがみつくと、その笑顔の裏に黒いものが見えた気がして背筋に冷たいものが走った。
巻き込まれるのはたまったものではないとばかりに立ち上がろうとするライの腰に全力で抱き着いて動きを阻止する。
するとあからさまに聞こえてくる舌打ちは誰のものだったのか。

「行くなよライ、置いてかないで」
「あのな…お前」
「僕のこと無視するのやめてくれません?」

ライは諦めたのか、ソファーに再び腰を下ろした。
動くたびにいい香りがして心地がいい。
腰に抱き着いたままライのことを見上げている俺に痺れを切らしたのか、バーボンはすたすたと歩いてきてこちらを見下ろしながら眉間に皺を寄せた。
これ以上煽ると後が怖いのでゆっくりと体を起き上がらせてバーボンと視線を合わせた後、手を伸ばしてライの髪の毛に指を通す。
さらさらと指の間を流れていく黒髪がとても綺麗だった。

「おい、触るな」
「バーボン、俺に何か用?仕事?」
「別に…ほら、行きますよ」
「何もないのかよ…教えるならもっと使えること教えてくれよ。例えば…女の口説き方とか」

せっかく顔が良いんだからさ。
そう言いながら立ち上がって大人しく付いて行こうとするけれど、俺の言葉を聞いた途端目の前を歩いていたバーボンが動きを止めたのであと少しでぶつかりそうになって慌てて歩みを止めた。
なんだっていうんだ。急に立ち止まるなよ、危ないだろ。
俺の文句を無視したバーボンが振り返って、俺の顔をまっすぐに見つめる。
無駄に整った顔に見つめられるとなんだか気まずくなって目を逸らした。
すると急に手を取られたので思わずもう一度目の前の人物を見てしまう。

「な、んだよ…」
「教えて欲しいんですか?口説き方」
「は、え?べ、つに…すぐ本気にするのやめろよ」

急に真剣な顔をするものだから、何て答えたらいいかわからなくて口籠る。
すると持ち上げられていた手の甲におもむろに唇を近づけたバーボンが、わざと音を立ててキスをした。
突然手の甲を襲った柔らかい感触とくすぐったさに驚いて思い切り手を引く。

「な、な…え?」

あまりのことに思考が付いて行かなくて、相手から距離を取るために覚束無い足取りで数歩後ろに下がる。
すぐにソファーにぶつかってそのまま倒れるように腰を下ろした。
完全に逃げ道を塞がれた。
縋るようにライのことを見上げると、呆れたように顔に手を当てながら首を振っている。
助ける気も起きないといった様子だ。

「どうしたんです?」
「ひ、触るな…」
「お望み通り優しくしてあげますから」

心から楽しそうに口角を上げるバーボンに、ぞくぞくと背中に寒気が走った。
嫌がる俺なんて気にしていないみたいに俺の座るソファーに乗り上げると、背もたれに手をついて思い切り顔を近づける。
今にも触れそうな、吐息のかかる距離にある整った顔は、もう近すぎて焦点も合わせることができない。
伸びてきた綺麗な手が頬を撫でたかと思うと親指で唇をなぞられて、ぴくりと肩を揺らすと気を良くしたとでも言いたげに笑う声が聞こえた。

「おい、やめ…ン…っ!?…っ…」

いい加減にからかうのは止めろ、そういう意味を込めて肩を押した瞬間。
顎を持ち上げられたと気が付く前に唇を塞がれて、口に出していた文句は相手の口の中に吸い込まれていった。

「ん…ぅ…」

抵抗するために足を振り上げたり胸を叩いたりしていたけれど、何度も下唇を甘噛みされると、そのうちに段々と思考がゆったりとしてきた。
もう、このままでは自分が自分ではなくなる。
そう判断して縋るようにライの方に伸ばした手は、そうはさせないとばかりにバーボンの手に絡められた。
指の間を撫でられる刺激に驚いて口を開いたせいで舌の侵入を許してしまった。

「ンっ…う、ぁ…やっ…」

抵抗するために伸ばした舌を絡め取られて、何度も吸われながら上顎をなぞられると体中から力が抜けていく。
もう、バーボンに腰を支えられていないと体制を保っていられない状態だった。
キスの間に耳を撫でられるのが気持ちいい。
いつの間にか視界がとろとろしてくるのと同時に、抵抗していた手から力が抜けていく。

「ぁっ…ん…ぅ…」
「いつまでやってる気だ?」
「んっ!ン、っや、め」

横から聞こえてきた声に、一気に現実に引き戻された。
こいつ、人前でなにやってやがる。
ぼんやりしていた思考が急にはっきりして、必死になって胸を押した。
そもそもライも見てないで助けてくれ。絡められている手を伸ばすのを諦めて足でライの脛を蹴ると、大きなため息が聞こえてきた。

「おい、バーボン。いい加減にしろ」
「…チッ」
「は…ぁ…この…」

ライのその一言で、名残惜しむようにゆっくりと唇が離された。
2人の口を繋いでいた糸がやがてぷっつりと切れるその様子を見つめながら刺激の余韻で震える体をソファーに預けた。
くそ、腰抜けた。
乱暴に口元を拭って睨み上げると、楽しそうに笑うバーボンと目が合う。

「気持ちよかったですか?」
「な、にしやがる…」
「お望みどおりに優しくしてあげたじゃないですか。我儘ですね」
「このやろう…」

ライもなんか言ってやれよ。そう話しかけると、俺に振るな。と面倒くさそうに肘をついたまま目を逸らされてしまう。
すると、何が不満だったのか。
わかりやすく眉間に皺を寄せたバーボンがこちらに手を伸ばして頬を撫でた。
刺激の蓄積された体に、急に触られたせいで喉が震える。
思わず漏れた声が恥ずかしくなって誤魔化すように大きな声を出した。

「…んっ…っ、もう、触んなよっ」
「…?気持ちよさそうだったじゃないですか」
「ライ、俺もうこの人嫌だ!」
「そこまでされて気が付かないお前も大概だぞ。コードネーム」
「…は?何、言って…わ、わっ触んなって」

ライから引きはがすように両手首を掴まれたかと思うと、そのまま背もたれに押し付けられる。
もう付き合いきれないとでも言いたげな顔をしたライはソファーから立ち上がってしまった。
この…裏切者が。
思い切り睨みながらライを見上げると、それも気に食わないのか無理矢理顎を掴まれて前を向かされた。
痛いし、何を考えているのか分からなくて怖い。
これから解放されたら、ジンの所にいって教育係を変えてもらおう。
そう思っていたところで部屋のドアが元気よく開いて、この場の雰囲気に合わない陽気な声が聞こえた。

「おーい!ライ!いるか?…お、なんだ皆集まって何やってるんだ?」
「…スコッチ」
「帰ってたんですか…って、こらコードネーム!」
「スコッチ…!助けて!俺の教育係代わって!お願い」

部屋に入ってきた救世主を見た途端、バーボンからの拘束を振り払った。
がむしゃらに走って思い切り飛びついたのにしっかり受け止めてくれたスコッチを見上げると、にっこりと微笑みかけられて安心感が心を満たしていく。

「お、コードネームか。どうした?ちゃんとやれてるか?バーボン厳しいだろ」
「うん…もう嫌だから、スコッチが良い」
「はは、そうか。俺は良いんだけどなー…」

言いにくそうに言葉を濁したスコッチの言葉に誘われるように後ろを振り向くと、本当に見たことがないくらい綺麗な笑顔を張り付けた教育係が立っているのが視界に入ってしまった。
漏れそうになった悲鳴は喉に突っかかって音になることはない。
背中に回した手に力を込める。
流石のスコッチも怖いのか、俺を支える手に同じように力が籠った。

「スコッチ、こっちに渡してください」
「やめて!離さないで、スコッチ!」
「あー…、えと…」
「くそ、走るぞ!」

俺は咄嗟に、何も考えずにスコッチの手を握ると走り出した。
その時聞こえてきたライのため息は、いったい何度目だったのか。
バーボンから必死に逃げる俺達には、幸せが逃げるぞ。なんてそんな冗談言っている暇もなかったのだ。