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君という宝物

朝。
カーテンの隙間から差し込む光で、ゆっくりと意識が浮上する。
丸くなっていた俺が目を開けると、隣で大好きな零くんが気持ちよさそうに寝息を立てている。
やっと、お仕事から帰ってこれたんだ。
疲れているだろうからなるべく起こさないように彼に近づくと、その体にぴったりと寄り添った。

俺は、降谷零という主人に飼われている犬。
所謂ペットというやつらしい。
らしいと言うのは、実は俺には前世の記憶があるのだ。
人間の高校生をしていたはずの俺は、ある日突然意識が浮上するとこの姿になって道の上で寒さに震えていた。
瞼がどんどん重くなっていって、生まれて初めて死というものを覚悟したその時。
捨てられて汚くなっている俺のことを助けてくれたのが零くんだった。
だから俺はこの大好きな命の恩人を守るために毎日を過ごしている。
何度も人間に戻りたいと思ったこともあったけれど、彼と過ごす日々はなかなか楽しくて、犬の生活も悪くない。
問題があるとすれば、俺が小型犬だということだ。
前世の時からコンプレックスだった小さな身長をそのままうつしたようなこの姿がどうにも気に食わない。
どうせなら大型犬になって零くんを守りたかった。

「ん…なまえ…」

名前を呼ばれて反射的に反応するけれど寝言だったようで、主人は目を閉じたままだった。
久しぶりに会うのに少し寂しいし、それにそろそろお腹がすいてきた。
零くんは仕事が忙しいみたいで家に帰らないことが多い。
だからいつもは彼が置いてくれている、タイマーで自動的に餌が出る仕組みの機械からご飯を食べている。
けれど、彼がいる時くらいは出してもらったご飯が食べたいというのが俺の我儘だ。
起こしてしまうのは申し訳ないけれど、そろそろ構ってほしくなった俺はゆっくりと彼の上に登った。
そして、彼の手の甲を舌で舐める。

「…ん…あれ…、なまえ…?どうした?」

俺が一生懸命存在をアピールしていると、瞼を持ち上げた零くんが寝起きのせいでかすれた声で俺の名前を呼んだ。
疲れてるのに起こして、ごめんね。
申し訳ないのだけれど嬉しくて、思い切り尻尾を振りながら擦り寄る。
すると愛おしそうに目を細めた彼はいつものように、その大きな手で俺の頭を撫でた。
彼の温かくて大きな手で包まれるこの時間が、小型犬で良かったと思える唯一の瞬間だ。

「なまえ、おはよう。久しぶり。ごめんな、毎日会えなくて」
「わん!」

起き上がった彼の膝に乗せられたまま、何度も頭を擦り付ける。
申し訳なさそうにこちらに謝る零くんに、気にしないでという気持ちを込めて一声鳴いた。


「どうだ?美味しい?」

零くんは自分も朝ごはんを取りながら、一生懸命ご飯を食べる俺を楽しそうに眺めた。
拾われてすぐの時は、犬用のエサを口に入れることがどうしてもできなくて。
人間なのだから、人間のご飯じゃないと食べたくなかった。
なかなか口を付けない俺を見て、本を片手に持った零くんが心配そうに眉を下げていたのが思い出される。
「こんなに痩せてるのに」とか「どこか悪いのか」とか、あたふたしながら泣きそうな彼を見ていたら、心配させているのが申し訳なくなった。
命の恩人にそんな顔をさせるくらいならば、自分のプライドなんてどうでもよくなってしまって。
初めてご飯を食べた時に彼が見せた安心したような笑顔は、いまでも俺の記憶に焼き付いている。
それから零くんは今でも、俺がご飯を食べるたびに嬉しそうに微笑むのだ。
食べ終えた俺はありがとうという意味を込めて、寝起きでラフな格好のままでいる彼の足元で飛び跳ねる。

「こら、俺のは食べちゃダメだぞ」

そう言いながらわしゃわしゃと体を撫でられると、気持ちが良くて尻尾を振るのが止められない。これが動物の本能というやつなのだろうか。
主人に大事にしてもらっている俺は、自分で言うのもなんだけれど毛並みには自信がある。
零くんは、しばらく楽しそうに俺の毛並みを堪能していた。
それから彼がご飯を食べ終えて少ししてから、俺はリードを咥えてきて彼のもとに走る。
どこかにお出かけしたい。零くんと一緒に。
これも俺の我儘。きっとお仕事で疲れてるのに、ごめんね。

「散歩か、いいな。行こうかなまえ」

そう言いながら我儘に答えてくれる零くんは、俺の一番の宝物だ。


いつも家にいる俺にとって、外の世界はいつ見ても新鮮だった。
小さな俺に歩幅を合わせて歩いてくれる優しい零くんを見上げると、疲れてないか?と挑戦的にこちらに笑いかける。
こんなことで疲れていたら君のボディーガードは務まらない。
何かあっても守って見せるから、そう意味を込めて吠えると満足そうに彼は頷いた。

「…安室くん?」
「赤井…」

誰だろう。
向かいから歩いてきた初めて見るその男の人は、俺たちを見るなり少し意外そうな顔をして零くんに話しかけた。
全身真っ黒な装いに、高い身長、綺麗なグリーンの瞳。
一目見てイケメンだと認めざるを得なかった。
零くんとはまた違ったタイプのそのイケメンは鋭い瞳で俺を見据えると、ゆっくりと屈んでこちらに手を差し出した。
珍しい人物に夢中になっていた俺は、零くんの表情が険しいのにも気が付かずにその人に近づく。
そしてその指先のにおいを嗅いでから、恐る恐る舌で舐めた。

「安室くん、君の犬か?」

そう零くんに質問しながら、骨張った大きな手は俺の頭を乱暴に撫でた。
いつもと違う撫でられ方も悪くない。これはこれで気持ちがいい。
煙草臭いというところには目を瞑ってやろう。
それにしても「安室」って誰だろう。俺の主人は「降谷」のはずだけれど。
撫でられる気持ちよさに夢中になりながらも疑問に思った。
もしかして人違いでもしているのだろうか。

「人懐っこいな」
「…なまえ、」

その大きな両手で撫でられながら身をゆだねていると、零くんが名前を呼びながら素早く俺を持ち上げる。
突然の浮遊感に驚いている暇もなく俺は零くんの横に下ろされた。
急にどうしたんだろう。
そう思って見上げたけれど、主人はただ目の前の黒ずくめを睨んでいる。
いつもとは違う雰囲気に恐る恐る歩み寄って、安心させるように体をすり寄せる。
なのに、零くんは男の人になにやら文句を言っていてこちらを見てくれない。
2人の間に入れない俺は、まるで初めからここにいないかのようで。

「ワン!ワン!ワン!」
「わっ…なまえ!?」

必死になって吠える俺の声は、牽制というよりはまるで悲鳴のようだったと思う。
いつも優しい人をこんなに怒らせるなんて、きっとこの人は主人を困らせているに違いない。
今が、俺が零くんをまもるその時だ。
背が高いその人をまっすぐに見据えながら睨みつけた。
隣に立って死に物狂いで叫ぶ俺を見た主人は、急な行動に驚いたのか目を丸くしている。

「いつもほとんど吠えないのに…どうしたんだ」
「そうなのか?」

いつもと違う俺の行動を心配したらしい。
零くんは少しだけ眉を顰めるとしゃがみ込んで俺のことを抱き上げた。
温かい体温に包まれて安心する。
さっきまでとは一転してぴたりと大人しくなった俺を見て、零くんはほっと息を吐くと優しく俺を抱きしめる。
そこで初めて自分の行動が主人を守るためだけではなく、不安からくるものだとわかった。
零くんを困らせてしまったのは他でもない、俺だった。

「よかった…」
「ふっ…頼もしいボディーガードだな」

俺達のことをずっと黙って見ていたその人は、目を細めながら楽しそうに俺のことを見た。
そうだろう、という意味を込めて一声だけ鳴くと満足そうに笑ったその人に頭を撫でられる。そう言われて、俺も満足だった。
この人のことをまだ信じたわけではないけれど撫でられるのはやっぱり気持ちが良くて。
俺がまたされるがままになっていると、主人はその手から俺を遠ざけるように体をひねった。

「ちょっと、気安く触らないでください。それに、なまえは僕の大切な家族です」
「それはそれは、すまなかったな」
「謝る気あるんですか?」

俺が、家族?零くんの?
その言葉を聞いた瞬間、まるで世界から音が消えてしまったかのように何も聞こえなくなった。
零くんに拾ってもらったあの日から、ずっと恩返しするために寄り添ってきたけれど。
まさか家族だと思ってくれていたなんて。
嬉しくて泣きそうになった俺は零くんの体に頭をすり寄せた。
どうしよう。幸せで幸せで、仕方がない。
主人はその後もしばらくその男の人と話していたけれど、喜びでいっぱいの俺には何も聞こえていなかった。
たくさんの幸せをありがとう、零くん。
俺はこの日、何にも代えがたい大切な宝物を守ることを更に強く誓ったのだ。