×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -
見えないことでもきっと幸せ

「赤井さん、本当にいいの…?」
「あぁ。好きなものを頼むといい」
「うん、ありがとう。嬉しい」

ポアロのカウンター席に腰を下ろした俺は、隣の赤井さんをちらりと見上げた。
たまたま道端で会った赤井さんにせっかくだから食事でもしようと誘われて、断る理由もないのでOKの返事をしたのだ。
でも、本当に俺なんかで良かったのだろうか。
こんなにスタイルが良くて格好いいのだから、誘える人なんてたくさんいるだろうに。
そう思いながら、赤井さんと仲が良い安室さんが働いているポアロを選んだのだ。
俺と会話がなくなっても、安室さんと喋ることができるだろうから。

「甘いもの食べたいな。でもどれにしようか迷うなぁ…」
「…何があるんだ?」
「赤井さんはどれが良いと思う?」

美味しそうなものがたくさんあって迷ってしまう。
メニューを見ながら目を輝かせた俺を赤井さんが不思議そうに見つめた。
意見を聞くために体を寄せて彼にも見えるようにメニューを大きく開けば、ほんのりと香水の香りがした。
赤井さんから煙草以外の香りがするのはなんだか新鮮だ。
いつもは香水とかつけていなかったような気がするのだけれど、今まで気が付かなかっただけなのかもしれない。
鼻を掠めるいい香りに、思わず目を細めた。

「赤井さん良い匂いするね」
「…そうか?」
「うん。好きだな…」
「…、っ…」

笑いかけた俺の頭に赤井さんの骨張った大きな手が乗せられた。
真っ直ぐにこちらを見つめているグリーンの瞳と視線が交わる。
やがて髪の毛を撫でていた手が降りてきて優しく頬に添えられれば、赤井さんの香りが少しだけ強くなった。
低めの体温が気持ち良くて、いい香りにうとうとと微睡むような感覚がした。

「赤井、さん…?」
「なまえ」
「いらっしゃいませ。ご注文は?」

赤井さんの親指が頬を撫でたその時、俺達の間を遮るようにカウンターに水の入ったコップが置かれた。
荒々しい音が鼓膜を揺らしたことに驚いて咄嗟に前を向くと、カウンターの向こうに立った安室さんがいつも通りの笑顔でこちらに微笑んでいた。
今日もエプロン姿が似合っている。
優しい笑顔に、こちらも自然に笑ってしまう。癒されるとはこういうことを言うのだろうか。

「…安室くん」
「なまえくん、決まりましたか?」
「あ、そうだ。ケーキどれにしようか悩んでいたんですけど、オススメってありますか?」

赤井さんに見せていたメニューを安室さんの方に向けると、洗っていたお皿を置いた安室さんがこちらに歩いてきた。
隣に腰を下ろした彼は、カウンターに肘を置いて俺の手元を嬉しそうに見つめる。
しばらく真剣に考えていた彼の長い指がメニューの一つを指さした。

「これ最近できた新しいケーキなんですけど、美味しいって評判ですよ」
「本当だ、おいしそう。俺それにしようかな。ありがとうございます」
「お役に立ててよかったです」

やっぱり、安室さんに聞いてよかった。
そう言いながら微笑んでいると、メニューを見ていたはずの安室さんが俺の手を持ち上げた。
温かいぬくもりに顔を上げれば、長い指が手の甲を撫でる。
安室さんのさらさらの髪の毛が店内の照明に反射して輝いた。
どうしたのだろう、俺の手に何か付いていただろうか。

「…?あ、そういえば、赤井さんすごく良い匂いがするんですよ。格好いいですよね」
「ほー…、でもなまえくんもいい香りがしますよ。シャンプーですか?」
「そうかな?…わ、くすぐったい」

首を傾げながらさっきまでの話を振ってみると、安室さんは何を思ったのか俺の首筋に鼻を近づけた。
柔らかい髪の毛が触れるのがくすぐったくて身をよじると、不意に赤井さんとは違った良い香りがする。
整った顔が近くにあると自分の平凡さが何だか恥ずかしくなってきて、思わず視線を逸らした。
先程出してもらったコップの周りに付いた水滴が、重力に逆らえずにテーブルに垂れていくのが目に入る。

「なまえくん、僕から目を逸らさないでください」
「あ、むろさん…?」
「おい、なまえ…いい加減に…」
「え、あ…赤井さん。ごめんなさい」

俺の顎を掬い上げた安室さんの指にゆっくりと撫でられると、なんだか気持ちが良くなって目を細めた。
すると、不意に腕を伸ばして俺の腰を引き寄せた赤井さんが、安室さんと繋いでいた俺の手を引き離すように手首を握る。
それですっかり現実に戻されたような気分になった。
安室さんとばかり話していたから赤井さんだけ仲間はずれにしたみたいで、申し訳ないことをしてしまった。
俺が一人で反省していると、一度離れた手を安室さんが掴み直した。
手首を赤井さんに掴まれて安室さんに指を絡められた俺は、二人に挟まれて身動きが取れなくなってしまった。

「安室くんはそろそろ仕事に戻ったらどうだ?」
「他にお客さんもいませんし、まだ大丈夫です。それより早くあなたも注文したらどうですか?」

2人は俺を挟んだまま会話を始めた。
腰に回された赤井さんの腕と首の後ろを撫でる安室さんの手が、少しだけ苦しくて身をよじった。
それにしても、やっぱり二人とも仲が良いのでポアロに来て良かった。
今度は俺が仲間はずれになってしまったから少しだけ寂しいけれど。
こうなってしまったらケーキはしばらくお預けだな。そう思いながら少しだけ息を吐いた。

「安室さん」
「はい、何ですか?なまえくん」
「赤井さんも決められないみたいだし、安室さんが選んであげるっていうのはどうです?」

こちらに微笑んだ安室さんの笑顔が、俺の提案を聞くと一瞬だけ固まった。
絡められた指に少しだけ力が入る。
動かなくなってしまった安室さんに首を傾げていると、赤井さんが少しだけ笑うのが聞こえた。

「…そうだな。そうしてもらおうか」
「ほら、赤井さんもこう言ってるし!」
「冗談じゃ…いや…はい。そうですね」

安室さんの返事を聞いた俺がメニュー表に手を伸ばすと、触れていた手が自然に離れていった。
今度は二人に見えやすいようにメニューを開いた俺の肩に、二人の顔が近づいてきた。
両側から良い香りがして少しだけ幸せな気分になる。
2人ともいつも俺と遊んでくれるけれど、恋人とか作らないのだろうか。
せっかく格好いいのだから勿体ないけれど、我儘を言うならもう少しだけそのまま独り身でいてくれた方が嬉しいかも。
急に構ってもらえなくなったら寂しいし。
2人の会話を聞きながら、ほんの少しだけメニューを持つ指に力を入れた。
しばらくそうしていると、店内のベルが心地いい音を鳴らした。
反射的にそちらに視線を移すと、小学生の男の子。コナンくんが入り口に立ち尽くしている。
こちらを見て少しだけ眉を寄せてからゆっくりと近づいてきた。

「あ、コナンくん。こんにちは」
「…なまえお兄さん…大丈夫だった?」
「…?なにが?」

何故だか俺のことを心配そうに見上げるコナンくんに首を傾げた。
俺は何か心配させるようなことをしただろうか。
こちらに伸びてくる小さな手を握り返した。
コナンくんの大きな瞳が、赤井さんと安室さんを順番に見ていく。

「安室さんに意見聞きながら、何を頼むか決めてたんだ」
「…腰を撫でられながら?」
「え…?」
「ううん。なんでもないよ」

コナンくんが小さく呟いた言葉をうまく聞きとることができなくて聞き返すと、にっこりと笑ったままはぐらかされてしまった。
首を傾げたまま固まっていると、小さな手が俺の服を握って控えめに引っ張った。

「じゃあ、ボクはお兄さんに決めてもらおうかな」
「え、本当?俺、結構ポアロ来てるから詳しいよ。張り切っちゃおうかな」
「あっちで決めよう!」

コナンくんに手を引かれるままに席から立ち上がる。
無邪気に笑う姿が可愛くて頬が緩んでしまうのを一生懸命耐えた。
本当に俺たち以外お客さんがいないようで、席は選び放題だ。
なんだか少しだけ得したような気分。

「お、おい…」
「え、ちょっと…なまえくん?」
「あっ二人は気にしないでお話してて!隣同士で座ってもいいからね!」

驚いてこちらを振り返る二人に、小さく手を振って笑いかける。
きっと俺がいない方が話せることもあるに違いない。
その間コナンくんの面倒を見るのが俺の仕事だ。
向かいの席に座ってメニューを広げるコナンくんに微笑むと、嬉しそうに笑い返してくれた。

「お兄さん、もっと警戒しないと駄目だよ」
「…ん?何の話?」
「…これからは、出掛けるならポアロにした方が良いと思う。ボク、お兄さんにもっと会いたいな!」
「え、本当?俺も会いたいからそうする!」

やっぱり小さい子は素直で可愛らしいな。
頭を撫でるとコナンくんはくすぐったいと嬉しそうに笑う。
本当はその柔らかそうな頬っぺたに触りたいのだけれど、そんなことをして嫌われてしまったら困るので我慢した。
羨ましそうにこちらを見る二人分の視線を感じながらコナンくんがため息を吐いていることに、真剣にメニューを見ていた俺は気が付くことができないでいたのだ。