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瞬きと秘密

「はーい、どちらさまですか。……げっ…兄貴。」
「なんだその反応は。…弟の様子を見に来ただけだぞ。」

朝、目を覚まそうとキッチンでコーヒーでも飲もうかとしているところで、玄関のチャイムが鳴った。
完全に緩みきった気持ちで誰かも確認せずに扉を開けると、良く見知った人物。
兄がそこに立っていた。
思わず、目を見開いて固まる。
どうしてこの人は、このタイミングで来てしまうのだろうか。

過保護で頑固な兄に頭を下げまくって、大学に入ると同時に一人暮らしを許可してもらってから早数年。
最初は寂しかったけれど、心配性な兄がこうやってたまに様子を見に来てくれていたおかげですっかり慣れてしまった。
すごく感謝している。
…けれど今日は。今日だけはまずい。

「ん…?どうした?早く中に…」
「まって。今日はダメ…支度するから外に行こう。」
「…。おい。何を隠してる。そこをどきなさい。」
「やだ!だめ!絶対に無理!」

無理矢理ドアを開けようとする兄に、こちらは中から全力で抵抗する。
全身に力を入れるけれど、兄の力には勝てるわけもなくすぐに腕の筋肉が悲鳴を上げ始めた。
前を見ると、まだまだ余裕なのかにっこりとこちらに微笑みかける兄がそこにいて。
本当にまずい。冷や汗が背中を滑り落ちた。
今、この家の中には俺の恋人がいるのだ。
そしてさらに都合の悪いことに、その存在をまだ兄に打ち明けていない。
今まで恋人と言えるような関係の人がいなかったのでわからないけれど、過保護な兄貴が無条件で人と付き合わせてくれるはずがないということは簡単に想像できることだった。
しかも、相手は同性であり兄貴よりも年上の人。こんなに条件の悪いことはない。
本当はもっと計画を立てて言い出すつもりだったのに。

「友達!友達だから!本当に!」
「……おい、まさか、恋人でも連れ込んでるのか!?そんなのいるなんて聞いてないぞ!」
「兄貴!俺の話聞いてよ!違うから!」
「だから…嫌だったんだ…一人暮らしなんて…」

俺の必死の抵抗もむなしく、人の話を全く聞く気のない兄貴が簡単に俺の嘘を言い当てた。
そんなに俺は分かりやすいだろうか。
瞬間、兄はこの世の終わりかのような絶望的な表情をしたまま動かなくなった。
俺はそんなこと一言も言ってないけど。そう話しかけたけれどその声は全く耳に入っていないようで。
俯いたまま一人でぶつぶつとなにか呟いている兄貴が心配になった。
可愛そうだけれど。
それでも、ゆっくりでいいから俺たちの関係を認めてもらわないと。
取り乱した兄を落ち着けるために腕を掴んで顔を覗き込むと、泣きそうな顔で縋るようにこちらを見てきて。
不覚にもきゅんときてしまった。

「兄貴。あのね、聞いて。俺、兄貴のこと本当に大好きだし、大切に思ってるよ。」
「なまえ…!」
「でもね…、」

今まで俺には見せたことのない、取り乱した様子の兄を見てこちらも混乱してしまっていたけれど。
兄貴が俺を大事にしてくれているように、俺だって兄貴の事が大好きなのだ。
俺に恋人ができたことで、今までに築いてきた兄弟の関係を崩してしまうのが怖い。
今にも壊れてしまいそうな兄をすくい上げるように、ゆっくりとその手を握って持ち上げた。

「おい…なまえ、朝から何を騒いでるんだ…は?」
「あ…ちょっ…秀一さん!勝手に出て来ちゃダメだって!」
「…ぇ…!?っっ…!」

もう少しだったのに。その雰囲気をぶち壊すように。
今一番この場に来てはいけない人物がぺたぺたとこちらに歩いてきた。
いつも、ちゃんとスリッパをはいてください。と言っているのに気にせずに裸足でやってきた恋人が、俺の前にいる人物を見た途端にぴたりと動きを止めた。
対する兄貴は目を見開いて口を開けている。開いた口からは言葉も出ないといった様子だ。
全力で慌てていた俺は、二人の様子を見て明らかにおかしいことに気が付いて動きを止めた。

「…え?どうしたの…?もしかして、知り合い?」
「なまえっっっ!!!!」
「うわぁっ!?どうしたの兄貴!」
「かわいそうに。怖かったよな。今すぐ引っ越して二人で暮らそう。ごめんな。気が付いてあげられなくて。」
「え、…え?どうしたの?落ち着いてよ!」

きょろきょろと二人の顔を見比べていると、突然兄に抱きしめられた。
息継ぎを忘れてしまったかのように口からつらつらと言葉を漏らす兄貴が心配になって、無理矢理に引き剥がすともう一度顔を覗き込む。
現実が受け入れられませんという兄の顔に、こちらが混乱してしまう。
こんな兄貴、見たことがない。恋人ができた時は絶対に反対されるだろうとは思っていたけれど、まさかこんなに…。
縋るように恋人の方を見ると、どうしようもないというように肩をすくめて見せた。

「秀一さん。あの…兄貴の事、知ってるの…?」
「まさか、君がなまえと兄弟だったとは…」
「黙れ…絶対に認めないぞ…もうなまえには近づくな。」
「それは約束できんな」
「わ、わっ…」
「赤井!貴様っっ!なまえに触るな!」

兄の前に立っていた俺は急に後ろから抱き寄せられて、抵抗する余裕もなくその腕の中に閉じ込められた。
実の兄の前でこんなこと、物凄く恥ずかしい。
火照った頬を隠すように下を向いていると、兄が今までで一番大きな声を出して秀一さんに怒鳴りつけた。
そして、俺の腕を掴んで引きはがそうとしている。
一体二人はどういう関係なのだろうか。
兄貴をこんなに怒らせるなんて。
それに対して、秀一さんはものすごく余裕そうなのも気になる。
しかし、朝からこんなに騒がれたら周りの人に迷惑だ。
俺は急いで恋人の腕の中から脱出すると、怒り狂っている兄の両腕を掴んだ。

「と、とにかく!近所迷惑だから落ち着いて。とりあえず中に入ろう?ね?」
「なまえ…うん。赤井、貴様は出ていけ。二度と来るな」
「考えておこう。」
「っっ!今すぐだ!」
「兄貴!」

秀一さんは、一言だけ言い残すとすたすたと部屋の奥に消えていった。
おそらくベランダに行って煙草でも吸いに行ったのだろう。
何故かふらふらと覚束無い様子で歩いている兄が心配で、支えながらゆっくりと歩く。
何が起きているのか一番わかっていないのは俺なのに、二人は関係を話そうともしないし。
兄は完全に俺達を認める気もないようだし。
その間にも、俺の手を握って嫌だとか許さないとかうわ言のように繰り返す兄貴を見上げる。
これから一体どうしたらいいのか分からずに、一人ため息を吐いた。

「なまえ、落ち着いて聞いてくれ。」
「落ち着くのは兄貴だよ。」
「いいから。どこまで手を出された。本当にあいつのことが好きなのか…?脅されたとか…。」
「えっ…は、恥ずかしいよ」

部屋に入って、二人で向かい合って座布団に座った。
兄が優しく俺の肩に手を置いてそんな質問をするものだから顔が赤くなった。
今まで生きてきて、恋人なんてできたことがない訳だし。
好きとか、愛してるとか。そんなこと急に兄の前で言うのが本当に恥ずかしくてしかたがない。
そう思って発した言葉を聞いた兄貴が再び真っ青になったまま固まってしまった。
一体、今度は何を勘違いしたんだ…?

「そ、…そんな。なまえを守れなかった…」
「ねえ、兄貴。俺の話聞いてる…?」
「いいか、あいつだけは……、っ!?…おい、ちょっと、首…見せてみろ」
「えっ何、なにっ落ち着いてこわいって!」

ストレスからか、自分の髪の毛をぐしゃぐしゃとかき回していた兄貴がちらりとこちらを見た瞬間。
ぴたりと固まった後に、その目が急に冷静になったのがわかった。
俺が着ていたシャツの首元を広げると、そのまま動かなくなる。
腕を掴んで抵抗するけれど力の差がありすぎて全く動かなかった。
俺の知っている兄貴とは本当に様子が違いすぎる。いったい何がスイッチだったのだろうか。

「…っ…キスマーク…」
「…?どうしたの?」
「っっおい!!赤井!どういうつもりだ!」
「俺のだからな。」
「お前のじゃないっ!ふざけるな!」

ちょうど良く、ベランダから出てきた秀一さんに兄が全力で叫んだ。
勿体ないことをした。煙草を吸う秀一さんの背中、すごくかっこよくて好きなのだけれど。見逃してしまったようだ。
兄に寄りかかりながら恋人を見ると、少しだけ目を細めてこちらに微笑むのでドキリと胸が高鳴った。
やっぱり、かっこよくて、やさしくて。好きだ…。
こんなに人を好きになったことない。
兄貴にも、ちゃんと彼の良いところを知って欲しい。

「ねぇ…、兄貴。俺、秀一さんのこと、本当に好きなんだ…」
「っ…赤井。貴様…俺の大事な弟を…」
「…聞いてる?」
「どうやら、義兄さんに許可をもらう必要があるようだな。」
「誰がだ!いい加減にしろ。こっちに来い!外で話す。」

俺の心からの告白も今の兄貴には届かなかったようで。
熱かった頬も一瞬でさめてしまう。
完全に頭に血が上っている兄は立ち上がると秀一さんの前に立って睨みを利かせた。
どこのヤンキーだよ。恥ずかしいから本当にやめて欲しい。
それに対して秀一さんは楽しそうに兄貴を挑発する。
結局、兄貴は顎で玄関を指したあとにどすどすと歩いていってしまった。

「なまえ、出かけてくる。」
「え…でも。」
「大丈夫だ。行ってくる。」
「…ん、……わかった。いってらっしゃい。」

ばたんと大きな音を立ててドアを閉めた兄貴を確認した後、上着を羽織った秀一さんがこちらに声をかけた。
床に座り込んだ状態で見上げると、立ったまま体を倒した秀一さんが俺の顎を指ですくい上げた。
ちゅ、と触れるだけのキスをされて顔に熱が集まる。
一瞬だけ愛おしそうに目を細めた秀一さんは俺の頭を撫でた後に廊下を歩いていってしまった。

その後、二人の間でどんな会話があったのかは全くわからないけれど。
結局俺たちの関係を認めてくれることのなかった兄は、今まで以上に俺に対して過保護になってしまった。
最近は口を開けば秀一さんの話ばかりしている兄を見ながら、時間が経てばどうにかなるだろう。と現状に慣れてしまった自分がいるのだ。