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君のために02

「聞いてよみょうじくん!またキッドが宝石盗んでいっちゃったの」
「そうなんだ…残念だね。中森さんのお父さんなら次はきっと大丈夫だよ」
「ありがとう!でもね、お父さんまた宝石をキッドから奪い返しちゃったんだ」
「へぇ、さすが中森さんのお父さん!すごいんだね!」

青子のやつ、またなまえに絡んでんのか…。
放課後。一日の授業も終わって賑やかな教室に、幼馴染の一段と騒がしい声が響いた。
昨日俺はまたキッドとして美術館から予告通り華麗に宝石を奪い取ってやったのだ。
結局それはまたハズレだったのですぐに返すことになってしまったのだけれど。
青子はそれに怒っているらしく、いつも通りなまえにぶつぶつと文句を言っている。
なまえはそんな青子を愛しそうにぼうっと見つめながら励ましの言葉をかけていた。

…気に入らない。
少し離れた席からその様子を伺っていた俺は、おもむろに立ち上がると2人の傍にずかずかと歩み寄っていった。

「おう、青子!相変わらず寸胴だなぁ!」
「きゃぁっ!ちょっと快斗!どこ触ってんのよ!」
「ちょ、ちょっと中森さん大丈夫?」

2人の雰囲気をぶち壊してやろうと、青子の腰を触る。
すると怒った青子が俺に向かって拳を振り上げたのでそれをさっと避けてやった。
俺たちのいつものやりとりにまだ慣れないのか、なまえはあわあわと喧嘩を止めようと必死になっている。

「おお、力も強い。やっぱ青子、お前男だな?」
「もう怒った!快斗なんて知らないもん。今日は青子、恵子ちゃんと帰るからっ」
「おうおう、勝手にしろ」
「みょうじくん、また明日ね」
「あ、うん。また明日。気を付けて帰ってね」

青子はひとしきり騒いだ後、帰るために鞄を引っ掴むとなまえに手を振って教室を後にした。
まったく、騒がしい奴だ。
結局ただ巻き込まれた形になったなまえは名残惜しそうに青子に手を振ると、悩ましそうにため息を吐く。
…そんなに俺よりも青子がいいかよ。

「中森さんは元気だなぁ…」
「おめぇ、本当に青子のこと好きだよな。」
「えっ…そ、そんな俺は別に…快斗君の方が好きじゃん。中森さんのこと」

机に肘をついて、むくれたようになまえが発したその言葉を聞いた瞬間、耳を疑った。
はぁっ!?と大きな声を出すと、なまえは驚いたのか肩を震わせた。
確かに青子は俺の幼馴染で、素直に大事に思っている。けど…、
こいつ、俺の気持ちに全く気が付いちゃいねぇ…。

「あの日のこと…気にしてねぇのかよ…?」
「え、なんか言った?」
「なんでもねぇ!」
「ふーん、変な快斗くん。」

近くの席から椅子を引き寄せると、なまえの隣に腰を下ろした。
なまえはそれを横目で確認すると、俺に向かい合うように体の向きを変える。

…そうだ。俺は確かに、あの日キッドとしてだけれどなまえの唇を奪ってやったのだ。
しかし次の日になってキッドについて話す青子に、いつもと変わらずの様子で相槌をうっているのを見て目を疑ったのを覚えている。
しかも、相変わらず中森警部を応援しているという始末だ。
気にしているのが俺だけみたいでなんだか気に食わない。

「なまえは」
「…ん?」
「キッドのこと、どう思ってるんだ?」
「…っ…べつに…」

そう直球で聞いてみるとなまえは一瞬だけためらった後、こちらに向けていた目を伏せ不貞腐れたように呟いた。
男にしては長い睫毛が彼の綺麗な瞳に影を作る様子に、俺の心臓はドキリと高鳴る。
しかしそれも一瞬のことでなまえはまっすぐにこちらを見返すとゆっくりと口を開いた。

「キッドに憧れてる快斗くんには悪いけど…あんまり好感は持てないよ」
「、…なまえ」
「だって、大事なクラスメイトの中森さんがあんなに悲しんでるんだし。」

クラスメイト、ねぇ。本当は一人の女として好きなくせに。
椅子に座っている自分の膝に肘をついた俺は、ふーん。と気にしていないふりをしながら返事をした。
すると、ちゃんと聞いてるの?と呆れたように笑うなまえがこちらを覗き込んでくる。
好きな奴が急に近づいてきたことに驚いた俺は、思わず体を引くとじわじわと顔が火照っていくのを感じた。

「なに?どうしたの?快斗くん?」
「っ…べ、別に……」

顔が赤いのに気が付かれないように必死になって顔を背ける。
しばらくして興味をなくしたのかゆっくりとなまえが離れていくと、ほっと息を吐きながら頭を抱えた。

「…ほら、支度して」
「…へっ」
「ぼうっとしてないで、一緒に帰ろうよ。」

気が付くとなまえは自分の鞄に荷物を詰めて帰る支度をしているようだった。
どうやらさすがにもう皆帰ってしまったようで、教室は先ほどとは打って変わって放課後特有の静寂に包まれていた。
また、今日も特に何も進展せずか…。
俺は心の中でがっくりと項垂れた。
自然に一緒に帰れるようになったのは良いのだけれど、全く意識してもらえないのは男としてどうなのか。
向こうも男だけれど。
俺はポーカーフェイスを意識し直すと、しかたなく帰る支度をするために自分の席に向かっていく。
こうなったらまた明日にかけるしかないようだ。

「この間、お前がキッドの予告現場近くにいたって中森警部に聞いたから心配してやったのに。その様子じゃなんにもなかったみてぇだな。」
「……っ…」
「…え。お、おい大丈夫かよ」

名前に背中を向けながら話しかけると、バサバサと大きな音が聞こえて思わず振り返った。
すると持っていた教科書を盛大に床にぶちまけたまま立ち尽くしたなまえが、呆然とこちらを見つめている。
教室の窓から差し込む夕日に負けないぐらい顔を真っ赤に染めたなまえを見て、俺は思わず思い切り目を見開いた。

「な、なんで知って…」
「え…、っえ」
「…ちょっと…快斗くん…待っ来ないで」

想像もつかない展開に頭がついていかない。
ふらふらとなまえに近づいていくと、顔を隠しながら向こうもゆっくり後ろに下がっていく。
そのやり取りがいい加減に煩わしくなった俺は一気に距離を詰めて手首を掴むと、そのまま腕の中に閉じ込めた。
無理矢理顔を覗き込むと目を潤ませながら顔を真っ赤にしたなまえと目が合って、くらくらと眩暈に似た感覚が全身を襲う。
おいおい、まじかよ…

「え、っお前キッドの事、好」
「っ、好きじゃない!」
「さいですか…」

相変わらず顔を真っ赤にしたなまえは、俺の腕の中で涙目になりながら見上げてくる。
つられて自分の顔もじわじわと赤くなっていって、ドキドキと煩く騒ぐ心臓の音が伝わってしまいそうだ。
けれど、せっかく腕の中に閉じ込めた好きな奴を離してしまわないように俺は無理矢理ポーカーフェイスを保ち続けた。

「…あいつ、俺のファーストキスを…」
「へっ…ファースト…初めてだったの?」
「悪いかよ…ばか…」

暫くすると、なまえはゆっくりと口を開いた。
その言葉が一瞬理解できなくて思わず聞き返すと赤い顔で睨まれてしまった。
もしそれが本当なら、俺とのキスが初めてということになる。
こいつには悪いけれどどうしても弾んでしまう心が抑えられなかった。
けれど、いつまでも喜んではいられなくて。
俺は腕の中のなまえの様子がおかしいことに気が付いて、そっとのぞき込むと「どうした?」と優しく声をかけた。

「怖かったんだ…」
「……え?」
「俺、思い立ってキッドを捕まえに行ったはいいけどあいつが犯罪者だってこと忘れてて…。それで、実際に奴を前にしたら怖くて…今日まで忘れようとしてたのに」
「っ、なまえ」

なまえは、我慢できなかったように少しずつじわじわと目に涙を溜めていった。
どうやら本当に怖かったようで、肩を震わせながら少しずつあの日のことを俺に打ち明け始める。
一生懸命に涙を拭っている姿を見ると、ちくちくと胸が痛くなった。
好きな子を泣かせてしまった罪悪感が一気に押し寄せて、俺は思わず思い切りなまえを抱きしめた。

「っわ、!?」
「そんな奴の事忘れろよ。」
「え、っえ…快斗くん…!?」
「俺が忘れさせてやる。だから泣くな」

なまえの腰と頭の後ろに腕をまわしながらそう囁いてやる。
キッドの正体は他でもない自分自身なのに、もう自分でも何を言っているのかわからなかった。
ただ、泣き止んで欲しくて驚いて固まったままの名前を無我夢中で抱き寄せる。
ふわり、となまえの頭からシャンプーの香りがするたびに俺の心臓は煩く主張し続けた。
暫くすると、俺の腕の中でおとなしくしていたなまえが俺の腰に腕を回してきて。
俺はそれに驚いて不覚にもびくりと肩を震わせてしまった。

「っふ、ふふ…」
「……なまえ?どうした?」

耳元でなまえが笑っているのが聞こえる。
どうやら泣き止んではくれたようだ。
けれどどうして笑い出したのかわからずに思わず聞き返した。
いったいどうしたというのか。

「…快斗くんはキッドと違って乱暴なんだ」
「…んな!バーロー。他の男の名前出すんじゃねー!」
「ふふ…ごめんって…」

キッドは自分のはずなのに、何故だか比べられるとイライラした。
こいつには黒羽快斗だけを見ていてほしいのだ。
一人で怒っていると背中をぽんぽんと叩かれて、それが離してほしいという合図だということに気が付く。
名残惜しく感じながらゆっくりと体を離すとすこしだけ目を赤くしたなまえと目が合った。

「慰めてくれてありがとう。」
「……青子には内緒にしといてやるよ」
「えー、快斗くん以外には内緒、だよ」
「…っ、そうだな」

人差し指を自身の唇に当てて微笑まれれば再び自分の顔に熱が集まっていく。
普段は見せないような一面を見せられて、自分自身がさらになまえに夢中にされるのを感じていた。
時間を忘れて夕日に照らされたなまえをぼんやりと見つめる。
けれど、下校時間を知らせるチャイムによってその雰囲気は壊されてしまった。

「さー、気を取り直して帰ろっか。」
「…家まで送ってやる」
「やっぱり、快斗くんは優しいんだね」

なまえは床に散らばった教科書をかき集め終わると鞄を掴んで教室のドアに向かって歩いていった。
俺は少し遅れてそれについていく。
後ろから見えるなまえの耳がほんのり赤くなっているのに気が付いて、俺はその時内心でガッツポーズをかましたのだ。


「ねぇ、みょうじくん!キッドがね、また予告状を出したの!」
「そうなんだ。今度はどんな宝石なの?」

数日後またキッドとして予告を出した俺は、今日も飽きずに繰り返されている青子となまえのやり取りを聞いていた。
結局相変わらずなまえは何を考えているのかわからなくて、あの日以来俺たちは全く進展していない。
そもそもあれが一種の告白だってことにも気が付いてなさそうだ。

「んで、なまえはどっちを応援するんだ?」
「もちろん俺は中森さんのお父さんだよ。」
「へいへい、そうですかそうですか。」
「みょうじくんがお父さん応援してるのに、快斗が怒らないなんてめっずらしー!」

なまえの意見に食いつかない俺を不思議に思ったのか、青子が目を見開いて俺を見る。
俺は頬杖をつきながら、窓の外を見るふりをしてその視線を無視した。
バーロー。…俺より進展しているキッドを応援されるなんてたまったもんじゃねぇっつの。
そう心の中で悪態をつくと、俺はいつも通り中森警部を応援しているその姿を愛おしく思いながら見つめるのだ。