はらはら、と。実際にそういった音がしたわけではないが、代わりにそんな音が聞こえて来る様な光景が、窓の外にあった。
確か昨日の天気予報で、日本のクリスマス寒波がどうのとかあった気がする。しかしここはフランスで、雪が降っている。
頬をひやりとした空気が撫でる。ローランはまだ明るさに慣れない視界をぼんやりと細めながら、布団を被り直した。外気と違って適度な心地に温められた布団の中は、冬における楽園である。そして俺の白い恋人である。
柔らかさに包まれた暗闇に身を委ねると、後は瞼を閉じて意識を手放すだけだ。しかし、二度寝に勤しもうと楽な体勢に身体を丸めた瞬間、暗い世界が一気に晴れた。同時に肌を這う冷気と眩し過ぎる光が感覚器官を刺激する。

「ローラン起きて!雪だわ!」

はぎ取った恋人もとい布団を乱雑に床に投げると、アイエルは甲高い声で子供みたいにきゃあきゃあと燥いで窓を指差した。呆れと苛立ちとすっかり覚めた眠気を隠すこと無く、だが落胆と諦めの勝った微妙な気持ちでローランは、で?と溜め息を吐いた。今日は何か特別な日なのかそうなのか?雪降ったぐらいで五月蠅えよばか。漸く働き始めた頭がまず最初に発した言葉を一通り並べる。しかし、今のアイエルに何を言っても通用しないのは明白だった。きらきらと硝子みたいな藍色の瞳を輝かせて、まるで宝物を見つけたみたいに喜々とした表情を、浮かべていた。こうなったらもう機嫌を損ねると面倒なのだ。
ローランは何となしに、今日は何の日だったかなー等と見当違いに考えて、止めた。今日が一年で一番嫌いな日であることを思い出したからだった。聖夜だか何だか知らないが、ここぞとばかりに戯れる恋人、浮き足立つ家族、全て鬱陶しく感じた。クリスマス限定!とでしゃばる出店の押し売り物品は結局クリスマスを過ぎればもうさよならなわけで、たかが遊んでご馳走やケーキを食べてプレゼントを貰うだけの行事に、そこまで意欲を注ぐ意味が分からなかった。誕生日と何ら変わりないではないか。
対してアイエルはこういった下界の行事にとてつもなく興味関心をかき立てられるようで(素姓が素姓なのでクリスマスぐらいなら知っていそうだが)、気分が右下がりのローランとは対称に、すっかり高揚しきっていた。確かに白いけど白くない、正反対の恋人はクリスマスに甘い想いを馳せ、そしてローランは気怠そうにまだ下ろしたままの髪を乱暴にがしがしと掻きながら、窓の外を見た。

「ホワイトクリスマスだよ、ローラン!」
「あーはいはい。で?」
「でって…外、出掛けないの?」
「やだ、死んでも出ない」

零を下回る空気が蔓延る真冬に外へ出掛けるなど、自殺行為以外の何者でもない。まだ真新しい黒のモッズコートがクローゼットに皺一つ無く眠っているが、やはり使う予定は余り無さそうだった。それよりも今、アイエルを宥める上手い言い訳が思い付かないのが一番の問題であった。わざわざ弁解するのも癪なので、結局遠慮はしないのだが。
しかしこうも寒い季節になると、あの煩わしかった夏がかなり恋しくなる。しかしあの夏の日からすると、きっと同じことを考えていたと思うと、おかしかった。人間って不条理。そしてクリスマスって理不尽。ただ寝たいと言う願望すら聞き届けてくれない。
窓の外は真っ白だった。はら、はら、と静かに降り積もる雪は窓に張り付き、柔らかく溶けた。硝子一枚隔てた向こうを白く霞ませながら、氷の粒がひたすら上から下へ落ちていく。
アイエルはローランのベッドに膝を立てて乗ると、うっとりとその情景に見入った。

「雪って綺麗ね」
「…俺は寒いから嫌いだけど」
「もう、ローランってば」

「そういうの、テイシュカンパクって言うんだからね」とアイエルは頬を膨らませて、それから、おずおずと指を絡めてきた。そんな風にするものだから、それなんか違うんじゃね?と出掛けた言葉は仕舞ったままになり、ローランは薄く目を閉じた。世の中の恋人達も、この様にしてクリスマスに想いを馳せたりしているのだろうか。いや、特に馳せる想いは無いわけだが、感傷に浸ったりなどするのだろうか。普通ここで何かしら格好をつけてみるものだが、砂糖菓子より甘い言葉なんか掛けたって無駄だし、そもそも思い付かない。アイエルだってそんなもの欲しいとは全く思っていないだろう。だから、ただ来年もこうして一緒に居ような、ぐらいで満ち足りてしまう関係が、文字通りいつまでも続けば良いと思った。クリスマスもサンタも雪も大嫌いだが、触れた指先がそれ以上に愛しかった。
このまま二人で寝入るのも悪くないと考えたところで、その計画はあっさり崩れることになる。そして、まだ使っていないモッズコートを使う予定が、この後直ぐに入ることになる。自分はアイエルが好きだと再確認したのと同じように、まだローランは、アイエルにプレゼントを買っていないことに気付いたからだ。






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縁のない話

title by「臍」様







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