穴を掘る。
人の気配が全く感じられないこの森で動いているのは私と、この土の奥深くに居る彼だけだろう。立入禁止区内に入り、そこを守る鹿と戦ったのが遠い昔のように感じる。どのくらいこの作業を続けているのかもう分からない。ただ土を退けるならまだしも、大穴に被さっている殆どが岩。掘ると言うより半ば岩を退かす作業。手の皮は捲れ所々血が滲んでいる。感覚が麻痺してきたのか、痛みは既に感じない。
空が随分と遠い。土砂を外に運ぶのに壁蹴りをして地上に出ていたがそれもそろそろ限界。ここまでか…と思うものの、手は止まらなかった。無意識に下へ下へと伸ばし続ける手。こんなところで諦めるわけにはいかない。

そうして漸く指輪の付いた手を見つける。冷たい。腐敗が進んでおり、見る人が見たら相当なショックを受けるであろう。鼓動が速くなる。それは悲しみからなのか焦りからなのか。こんなんじゃ、不死とは言え…。
それでも掘り続けた。手がここにあると言うことは、きっと近くに他のパーツもあるはず。死に物狂いで岩を退けると、そこには愛しい人の、顔があった。

「飛段…飛段!」

反応は、無い。最初に見つけた手ほど腐敗は進んでいないものの、埋められた時に岩が当たったのだろうか、片方の瞼が痣になって膨らんでいる。血色も悪く、普通であれば死んでいると言っていい状態だ。間に合わなかったのか。堪えきれない涙がぽろぽろと地面に落ちる。

もっと一緒に生きたかった。やりたいこともいっぱいあった。いろんなところに行って、いろんなことをして、笑って、泣いて、怒って、喜んで。同じ時間を共有していたかった。不死だなんて嘘ばっかり。私の方が早く死ぬって思ってたのに、逆じゃない。死なないなんて、嘘じゃない…。


「……っ…名前…」

死んだと思っていた彼が目を開けて、此方に語りかける。

「飛段、生きてたのね!ひだ…ん」

拭った涙がまた溢れ視界が歪む。生きていた。彼が生きていた。他の身体も探そうとしたのだが、何故か止められる。

「オレはもう、もたない。自分で分かる…」
「どうして?だって今、生きてるのに」

今まではすぐに身体を持ってこいとか早く繋げろとか言ってきたのに。まるで彼が彼でないようだ。覇気も感じられず、声も掠れて弱々しい。

「今からじゃ角都に繋げてもらっても無駄だ。角都は、どうした?」
「木の葉の忍にやられたわ。暁のメンバーはもう…」

ざまあねぇな、と飛段が笑う。どこか自嘲めいた笑顔で。

「暗がりの中に埋められて、動けねぇまま時間が過ぎて、やっとオレも死を理解した。もう二度と外に出ることはないんだって、悲しくなった」

いつまでも止まない涙をそのままに、消え入りそうな声に耳を傾ける。

「もっと名前と一緒に居たかったし、やりてぇこともいっぱいあったのになって思った。プロポーズの段取りも考えてたんだぜ。それが全部叶わないんだって思ったら、泣けてきてよ…涙流したのなんてガキの時以来だぜ」

泣いている。私だけではなく、飛段も涙を流している。初めて見た、彼の涙を。

「お前とずっと一緒に居るって約束、守れなくてごめんな。あの世でジャシン様に会ったら、生き返らせてくださいって頼んでみよう…かな」
「そんな…」
「でも最後に、名前の顔を見ることが出来て良かった。本当に良かった。生きてて、良かった」
「いや!飛段、死なないで!」

飛段の目は殆ど動いておらず、呼吸も浅い。

「空…見てみろよ。真っ青だ。木の葉の連中と戦っていた時も、綺麗な青空だったんだぜ」

顔を上げると高く高く澄み渡る青空が見える。余計なものが何一つない、青。

「名前、愛してる。これからも、ずっと…」
「私も飛段のこと愛してるよ。死ぬまで、死んでもずっと好きでいるよ!」
「そっか。ならオレは、幸せだ…」

口付けを交わす。冷たい彼の唇。笑顔を見せる飛段は、そのまま動かなくなった。本当に、死んでしまった。開いたままの彼の目を伏せる。

「っ…。まだ22年しか生きてないじゃない!何が幸せよ。何が…!」

声にならない叫びを上げ、泣き崩れる。一番愛していた人がこの世から消えた。大好きな彼が、飛段が。
ふっと身体の力が抜け、その場に倒れこむ。穴を掘ってからずっと、食事を採ることも寝ることもしていない。自分の体力も限界だった。
先に眠りについた彼の隣。追う様に私も、眠りについた。






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