「ただいまー」
部屋の明かりは灯されておらず返って来る筈の返答も無い。リビングに向かうと、ソファーに座るマリクが月明かりに薄く照らされていた。
「何してるの?」
「テレビ見てる」
素っ気ない返事が返ってきたがテレビの電源はついていない。
「テレビついてないじゃない」
「だから言っただろ。テレビを見てるって」
暗闇の中ただテレビの四角い箱を見ていたとでも言うのだろうか。マリクの隣に座りその頭を胸元に引き寄せ静かに抱き締めた。柔らかな髪の毛の肌触りを楽しんでいると、マリクが消え入りそうな声で呟いた。
「俺はここに居ていいのだろうか」
耳を疑った。思わず髪を撫でる手を止めその声の主を見つめる。その時のマリクは今まで見たことがないような辛い顔をしていた。
「俺は今、幸せだ。隣に名前が居て、こうして愛し合うことが出来る。こんな気持ちが俺にあるのかって驚いたくらいにな」
いつもより低いトーンでゆっくりと話す。
「だが、時々不安になる。俺のことをよく思わない奴は山程いる。俺を倒せば他の奴らの命は助かる。もし俺が封印されたら…どうする?」
まさか彼の口からそんな言葉が出てくるとは思わなかった。私が彼を愛し彼も私を愛したせいで、いつも残虐だった彼の心にこんな気持ちが宿ってしまったのだろうか。
心なしかマリクの肩が震えている気がして、抱き締める力をぐっと強めた。
「らしくないわね」
「え?」
「あなたが消えるわけないわよ。だって強いもの。強くて逞しくて、それでいて優しくて…」
「父親を殺すような人殺しでもかぁ?」
マリクが口を挟む。抱き締めていた腕を緩め、彼の目を見て微笑む。
「主人格サマを守るため、でしょ?」
マリク自身を守るにはそうするしかなかった。なのに彼に全ての罪を押し付ける人たちが居て、私はそれが許せなかった。
「マリクは偉いよ。何も言わず罪を背負ったんだもの。誰にも押し付けることなく。でも、今は…」
今は、私にもその罪を背負わせて。涙を流しながらそっとキスをする。月明かりに照らされた彼の顔を見たら、彼もまた、泣いていた気がした。
消させはしない。マリクのことも、私たちの気持ちも。