※vsカイト後



「明日は学校来るの?」
「行かない」

何度このやり取りを交わしただろうか。初めのうちは毎日来ていた連絡も次第に来なくなる。それは自分が彼女を突き放したからであり、彼女はただ自分の言うことに従っただけだ。悲しくはなく、寧ろ笑えた。名前にまで見放されてしまう自分を笑うことしか出来ない。
退院してから名前とは会っていない。負けた自分のことを哀れんでいるような気がして。慰めや同情は今の自分にとっては苛立ちの原因でしかない。魂が戻ってきたはずなのに、何をする気も起きずただぼうっとする毎日。


今日もまた、午後になって目を覚ます。いくら寝ても寝足りない。いつ起きても起きた気がしない。携帯に手を伸ばすと名前からのメールが入っていた。

「凌牙に話があるから学校に来てって先生が言ってた」

淡白な文字列。そこに存在していた暖かさを、今はもう感じることもない。彼女の暖かさが消えたからなのか、自分の心が冷え切ったからなのか。わざわざ学校に行って担任と話すなんて馬鹿馬鹿しいと思いつつ、メールを読み進める。

「来なかったら私が怒られるから、出来れば来てほしいんだけど」

理不尽な話だ。これで行かなかったら俺のせいで名前が怒られる。行っても行かなくても面倒だが、彼女が怒られるのは気に喰わない。目覚めたばかりの気だるい身体を起こし、支度を済ませて外に出た。


学校に着いたのは生徒がぞろぞろと門から出て行く頃だった。流れに逆らうように校舎に入ると、見覚えのある顔が此方に向かって歩いてくる。

「やっぱり彼女のお願いは断れないのかな」
「名前に頼んだのはお前か。随分と賢いやり方をするじゃねぇか」

担任の呼び出しかと思っていたが、声を掛けてきたのは右京だった。そしてその後ろに隠れていたのは、

「久し振り、凌牙」
「…あぁ」

名前だった。久々の再会に思うように言葉が出てこない。

「右京先生との話が終わるまで待ってるね」
「いや、先に帰ってていい」
「でも久し振りに…」
「俺に構うな」

弱い自分を見られたくないが故に、突き放すような言葉しか出てこない。右京が先に教室に行き二人きりになるものの、先に帰れとだけ言い自分もその場を後にした。


教室に着くと案の定出席についての話をされた。皆言うことは同じだ。だが、何故担任ではなく右京が自分を呼び出したのかが疑問だった。コイツもまた、誰かに頼まれて話しているような気がしてならない。問い質すと困ったよう顔をして目を逸らされたが、やがてゆっくりと話し始めた。

「実は名前ちゃんにお願いされたんだよ。彼女、キミが学校に来なくなってからずっと元気が無くて。先生からの指導だったら学校に来てくれるハズだからって頭を下げてお願いしに来たんだ。まぁ、キミが来なかったら彼女を叱るって言う案を出したのは俺なんだけど」

別に言うなって言われたわけじゃないからいいよね、と笑う。自分を呼び出した本当の人物は名前だったと言うことか。

「でも、とても心配していたよ。待つことしか出来なくてずっと辛そうだった。だから、なるべく彼女のところに顔を出してあげな。キミが学校に来てくれたらきっと喜ぶと思う」

あれだけ突き放したのにそれでも俺のことを待っていたと言うのだろうか。言いようのない気持ちに囚われたその時、外から轟音が響き渡った。
雨だ。しかも土砂降りの。恐らく通り雨だろうから帰る頃には止んでいるだろう。
ふと、名前の影がよぎる。自分がこの教室に来てから10分も経っていない。普通に帰ったとしても名前はまだ外を歩いている筈だ。慌てて席を立ちドアに向かうと、右京が俺に呼び掛ける。

「傘も持たないでどうするんだ。二人とも濡れたら仕方ないだろう」

俺の考えていることが分かっていた右京は、教室の端にある傘立てに向かう。

「この前名前ちゃんが相談に来た時、傘を忘れていったんだ。丁度良かったからそのまま渡してくれ」

投げられた傘を受け取り、急いで校舎を出た。


降りかかる雨に眉を顰めひらすらに走る。渡された傘を差すことはなく、握り締めたままで。叩きつけるような雨は気持ちを洗い流してくれるものではない。雨が罪を洗い流すなど戯言に過ぎず、寧ろ罪が降りかかるかのように身体へ重みを与える。
どれだけ突き放しても名前は自分の後ろに付いてくる。それが当たり前だと思っていた。近すぎず遠すぎず。その距離が丁度良く、彼女の言うことを素直に聞き入れることは殆ど無かった。それでも名前は嫌な顔一つせず付いてきてくれた。俺が立ち止まった今、彼女は同じく立ち止まって待っている。差し伸べた手を振り払われようとも、いつ進むのか分からない俺を。そうか、俺はいつも彼女を待たせてばかりだ。後ろを歩いていたのは他でもない…

「名前!」

声を張り上げる。振り返った彼女は目を見開き、その場に立ち止まる。

「傘持ってるのに差さなかったの?」
「あぁ」
「馬鹿じゃないの?風邪引いちゃうじゃない」

名前に馬鹿だと言われたのは初めてだった。そう言う名前も風邪を引くだろう。十分に水を含んだ衣類からは、何処かで雨宿りをすることもなく歩いていたことが窺える。行き場を無くした雫が髪から滴り落ち、顔に伝う。黙り込んでいた名前がそっと口を開く。

「私は、凌牙と一緒に居れて楽しいよ。一緒に居ることが楽しいの。だから多くは望まない。自分に対しても他人に対しても優しさが苦手だってこと、知ってるから」

声が少し震えている。それがどの感情から来るものなのか、俯く彼女から読み取ることは出来ない。

「でもね、きっと凌牙なら来てくれると、思ってたよ」

屈託のない笑顔でそう言われ、俺は彼女を目いっぱい抱き締めた。

「おまたせ」

気が付けば水たまりに青空が光っていた。
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