愛を告げずに逝ったあなたへ


7月。ようやくホグワーツは夏休みに入る。休暇は他にもあるけれど、彼が長期間職場を空けるのは夏くらい。私と言う恋人がいながらなんて薄情なやつ。

恋人だと思っているのは私だけで、向こうはそのつもりがないんじゃないかって思ったこともあった。でも極たまに、本当に本当に稀に、顔に似合わない甘い言葉を言うものだから、今じゃその心配はしていない。

それに、その分わりと態度には出ている。


『7月15日に返る』


たったそれだけの手紙に私は大喜びをして、慌てて仕事に精を出し、可能な限りの連休を取る。冷やかしてくる仕事仲間に頬を緩めて惚気れば、胃がもたれると追い払われた。


そして当日になって気づくのだ。彼は今日のいつに帰ってくるのかと。朝なのか、昼なのか、晩なのか、私はどこから二人分の食材を用意すればいいのかと。


朝が過ぎ、昼が過ぎ、ティータイムにはカップに残った茶葉で彼の帰宅を占ってみたりした。結局何も分からずじまいでため息つくのも初めてじゃない。


バチンッ


突然真後ろで乾いた音がした。飛び跳ねて何事か確認しようと身体を捻るが、それが叶う前に後ろから抱き締められる。

ふわり、と私の好きな彼の香りに包まれる。


「たまには驚かせてやろうと思ったのに、音のことを失念していた…」


情けない声でついたため息が首筋に当たりくすぐったくて身を捩る。逃がすまいと腕に籠る力が幸せでクスクスと笑うと、それに抗議するように耳を甘噛みされた。


「おかえり、セブルス」

「ただいま、リリー」


うちとは別に、彼には彼の家がある。それでも彼が帰ってくるのはこの場所で、『おかえり』と『ただいま』がある。それが私はたまらなく嬉しい。


「セブルス、そろそろ顔を見せて私にも抱き締めさせてほしいんだけど?」

「もう少し」


子供のようなわがままに、よしよしと頭を撫でる。今年は相当お疲れのようだ。腕をほどくようにするりとなぞり、彼の指に自分のそれを絡ませる。すると片腕の拘束が外れ手をぎゅっと握られた。

リリーが握られた手を引き寄せスネイプの甲にキスをする。お返しにとスネイプはリリーの首筋にちゅっと音をたてた。


「そろそろ気は済んだ?」


肩に残されていた片腕もするりとほどける。自分で言っておきながら寂しくなって、リリーは二人の隙間を埋めるように立ち上がって抱きついた。

より一層強くなる彼の匂い。


「待たせたな」

「本当にね」


待たせ過ぎだと抗議の意味を込めて力強く抱き締める。細いくせにしっかり筋肉はついていて、私の力くらいじゃ動じない胸板に顔を埋めた。大きく深呼吸をして胸一杯に彼を取り込む。

そろそろ離してやっても良いかと思い始めた頃、意思が通じたように背中をポンポンと叩かれる。力を緩め顔を上げると、私だけが見ることを許された優しい微笑みがそこにあった。

私は自然と微笑んで、誘われるままに目を閉じる。何度か啄むようなキスをして、次第に深まる。もっと彼を感じたくて引き寄せるように彼の頭を抱えれば、クスリと笑って腰を引き寄せられた。

本当はいつまでだってそうしていたいけど、お互いの寂しいと嬉しいが緩和されると渋々溶け合うのを止める。そうしないと夕食を食べ損ねてしまうし、明日の予定がすべて消し飛んでしまうのだ。


「学校で会えてた頃が恋しい」

「だが今のように公にして受け入れられてはいなかった」


頼りがいのある胸板に身体を預け、トクトクと心地よく打つ心音を聴く。ただの戯言に正論をぶつけてくる彼が悔しくて、ペチリとお尻を叩いてやった。クツクツと笑う声が胸板に響いて私の身体にまで伝わってくる。

あぁ、なんて温かい。


「ませた生徒に言い寄られたりしてない?」

「君みたいな、か?」

「もう!」


尚も笑う彼が愛しくて、好きだなぁって改めて自覚してしまう。拗ねたふりして胸板を押せば、すぐに腕を引かれ元の位置に戻された。


「私は君の心変わりなど心配していない」


離さないように抱き止められ、宥めるように一定のリズムで背を叩かれる。トントンと心音と合わさって心地が良かった。それはもうグズグズと溶けてしまいたくなるほどに。


「私だって、そんなつもりで言ったわけじゃない…」


ただちょっぴり、セブルスを信頼する気持ちがセブルスを魅力的に感じる気持ちに負けてしまっただけ。こんなに繊細で可愛い素敵な人が他の人の目に止まらないわけがないって。


「好きよ、セブルス」

「あぁ」

「会いたかった」

「あぁ」


私を抱き締めたまま離してくれないくせに、肝心なことはなかなか言わない。「あぁ」って何よ!と突っかかったのは最初だけ。こんな風だから、私は不安になってしまう。

いつか、私の元から去ってしまうのではと。ハッキリ言葉にしたがらないのはその準備なんじゃないかって。

世界の情勢は私だって知っている。彼の左腕だって見た。だからこそ、こんな馬鹿げた考えに至ってしまう。

でも彼が何でもない振りをするから、私も知らない振りをする。いつしかそれが暗黙のルールになって、私たちの間に居座った。


確かなのは今この腕にある温もりだけ。






料理は二人で。

それがもう一つの私たちのルール。私が買っておいた食材とにらめっこして、食べたいものを言い合う。


「セブルス、そのスープの味をみてくれる?」

「…君がするべきだ」

「美味しければ調整の必要はないから、ね?」

「…分かった」


火の扱いもナイフ捌きも彼の方が数倍上手い。でも家事の呪文が得意なのは私の方。


「どう?」

「足りない、気がする」

「何が?」


味付けだって、彼はお手上げ。分かっていながら尋ねる私に、セブルスはムッとしてスープを移した小皿を寄越す。

いつだったか、魔法薬の絶妙な匙加減は容易いのに、味の計算は理解できないとぼやく彼はとても悔しそうだった。


「セブルス、私今とっても幸せ」

「そうか」


素っ気ない返事だけど優しく上がった口角が、彼もそうなんだと教えてくれる。




「ん〜美味しい!」

「何度も味見していれば当然だな」

「私が、責任持つんだもの。仕方ないわ」


嫌味には誠意をもって嫌味で返す。


「そう言えば、同室だったマリーが在学中から付き合ってた彼と結婚するんだって」


セブルスの手がピクリと跳ねる。


「そうか…」


セブルスは未来の話を嫌がる。それは分かっているし私も重たくどうこう言うつもりなんてないのに、こうして機敏に反応されてしまうと困る。


「ただの世間話で他意はないから、そんなに構えないでよ」

「いや、そうではない…」


珍しく動揺する彼に意地悪な心がむくむくと出てきてしまって、食事を保留に身を乗り出す。


「じゃあどうだって言うの?」

「……」


でた。黙殺。口の上手い彼はぐちゃぐちゃと自分の中で纏まらないことに対しては無言を貫く。私が告白したときだってうんともすんとも言わないで、ぎゅっと真横に口を結んでた。

こうなってしまえばもう私が折れるしか道はない。楽しい休暇のためにも殺伐とした食事は流してしまいたい。

けれどそれを育ちきった意地悪な心が邪魔をする。


「スープに真実薬を入れておいたら良かった」

「…どのような真実を期待している?」


お。黙殺モードの口が緩むとは珍しい。


「未来を約束されたいわけじゃないの。愛してるとか、会いたかったとかを、年に一度くらいは言われたいだけなのよ」


じっとこちらを見てくるセブルスを無視して、つんと澄まし顔でスープを含む。反応が気になってチラリと視線だけを上げると、彼はクツクツと声を押し殺して楽しそうに笑っていた。少なくとも、私にはそう見えた。


「何よ」


声が低くなってしまったのはセブルスが悪い。不満だらけの声色にも彼は臆さず笑みをニヤリと意地の悪いものへと変えた。


「それが真実だと分かっているなら、わざわざ飲ませる必要もあるまい?」

「だーかーらー!言葉にしてほしいの!」


私はまた拗ねた振りをして、子供っぽく口を尖らせる。その中に大人の打算を潜ませて、和やかな空気に肩の力を抜いた。









一年後、彼は一方的に別れを告げた。


そのまた一年後、彼はこの世を去った。


危惧したものがすべて現実になった。


『最も勇敢な男』


彼の墓標に刻まれた言葉がこんなにも似合わないと思うのは私くらいだろう。


「好きな女に愛してるの一言も言えなかったくせに」


今も、昔も。


「一生許してあげない」


それは彼の嫌った未来の話。


手向けの白百合は彼への宣戦布告だ。
新しい愛を見つけられたら私の勝ち。
あなたが命を懸けて守った場所で、あなたなしで生きる私を見てるがいいわ。


「愛してたよ、セブルス」


『愛してる、リリー』






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